457 【Small Mouse Flying In The Sky】衝撃的な事態
「一体全体、こりゃあ......どういうことだ?」
つまらなそうに、鼻を鳴らしながら。
しかしそれでいて、心底不思議に思いながら。
赤肌有角の大男ユーヒは、思わずポツリとつぶやいた。
「............」
イジョーキスは油断なく周囲に目を光らせ、このような状況に至った原因を推測するための、痕跡を探している。
「オレたちが......楽をできたってのは、確かだから。それは良かったよね......」
タカタカは楽観的な感想を述べつつも、ブルリとその身を震わせた。
それぞれの反応は異なれども、彼らが抱いている思いは同じ。
即ちそれは、困惑だ。
一体、タカタカ一行は、何故困惑しているのか?
彼らの身に、何が起こったのか?
簡潔に、述べよう。
......何も、起きなかったのだ。
◇ ◇ ◇
ほんの数分前、彼らはイジョーキスの案内のもと、実に驚くべき速度で迷宮を進み、ついには近衛三騎士が待つはずの試練の間まで、後一歩のところまで到達していた。
近衛三騎士。
天空王国が誇る、三人の英雄。
ただの小型貨物輸送船のパイロットに過ぎないタカタカにとって、この三人は雲の上の人だ。
数か月前までは、生きている内にその姿を見ることすら、ないと思っていた。
それなのに。
......まさかその三人と、戦わなくてはならない日が来るなんて!
タカタカの生来の気質である臆病さが首をもたげ、心が不安に覆われる。
(でも......!)
逃げるわけには、いかないんだ!
タカタカは、太陽のように笑うエアの姿を思い浮かべた。
エア。
タカタカの、大切な友達。
明るくて、お転婆で......気高き姫。
刃物を突きつけられたタカタカを助けるため......自ら生贄になることを承認し、王宮へと連れ戻されていった......タカタカの、大好きな、女の子。
(助けるんだ......エアを、助けるんだ!)
タカタカはそう決意を抱き、しかしながらはやる気持ちを抑え、慎重に迷宮を、先へ先へと進んでいた。
そんなタカタカ一行はそれからすぐに、試練の間へとたどり着く。
しかし......。
「扉が......破壊されている......?」
そこに待っていたのは、重く頑丈なはずの試練の間の扉が、すっかり破壊されているという異常な光景。
さらにその奥......試練の間の奥で、近衛三騎士の一番手、“風弓のビューン”が......既に倒されているという、衝撃的な事態であった。
さらに奥に進むと、同じように“雨杖のシトシトリン”、そして最強の近衛騎士団長“陽剣のニッコール”さえもが、そこに力なく横たわっていたのだ。
◇ ◇ ◇
「......確認、完了いたしました。どうやら三人とも、命に別状はありません。気絶しているだけのようですわ」
さて、現在タカタカたちがいるのは、最後の試練の間......陽剣のニッコールが守護していたはずの部屋である。
あれやこれやと探っていたイジョーキスは最後に三騎士の容態を確認し、そう結論づけた。
「全員、腹部のあたりに、よほど強い衝撃を加えられたのでしょう......鎧が粉々になっています。しかしそれでいて、鎧の他の部位は美しいままですので、つまりは......」
「腹にズドンと強いのを決められて、皆一撃でやられちまったってか?......かぁーーーッ、情けねぇ!今の近衛三騎士は、相当たるんでるなぁ!」
イジョーキスの分析を聞いて、ユーヒは舌打ちをしながら、そう吐き捨てた。
しかしすぐに、満面の笑みを浮かべる。
「だが......それをやった奴は、相当な手練れだなぁ!おもしれぇ......!」
満面の笑み......とは描写したが。
ユーヒの顔は、傷だらけだ。
彼にとってその傷は、戦いに明け暮れた自身の人生を象徴する勲章のようなものだが、もともと恐ろし気な顔つきをしているうえに、その傷である。
さらには、周囲を【威圧】する魔力すら放出しつつ笑うものだから......その姿は凶悪と言って差し支えない。
「おもしろくは、ないから!」
しかしそんなユーヒのことを、タカタカは遠慮なくポカポカと叩いた。
「大変だよ!つまり、その近衛三騎士を倒した何者かが......この奥に......エアのいる場所に向かって、進んでいるってことでしょ!?」
「......その通りですわ」
イジョーキスは静かに頷き、その言葉を肯定した。
ここまで来る道中の迷宮には、ところどころ何者かに開けられた穴が残っていた。
つまりは、その穴を作った犯人こそ、近衛三騎士を打ちのめした何か、なのだろう。
決して、油断できる相手では、ないはずだ。
「......急いで、進もう。エアに、姫贄の儀とは違う危機が、迫っているのかもしれない」
ふう、と静かに息を吐いてから、周りを見回して、タカタカは静かにそう言った。
ユーヒも、イジョーキスも......ヌーイ、ルサ、リットもタカタカの言葉に同意し、頷いて返事を返す。
「では、これまで通り、私が先行いたします。皆様、十分に体の疲れはとれましたね?」
イジョーキスはそう言うやいなや返事を待たずに歩き出し、試練の間の先にある廊下を進み始めた。
彼女は、エアの専属侍女である。
それどころか......父であるセキラン王に半ば放置されてきたエアのことを守り育ててきたのは実質このイジョーキスであり、彼女はエアに、母親のような情を抱いているのだ。
故に、彼女も焦っているのだ。
「あっ!」
「ちょっと待ってよ!」
「速い速い!」
そんなイジョーキスに、タカタカたちも慌ててついて行く。
殿は、ユーヒだ。
◇ ◇ ◇
(このオレを、叩くか。ずいぶんとまぁ、度胸がついたもんだな)
さて、最後尾を歩きながらユーヒは、以前であれば怯えていただけのタカタカが、自分の【威圧】こみの笑みを叩いて止めたことについて、感懐を抱いていた。
初めて出会った時、この少年は、ただ口だけで『狼』を気取る、『子鼠』だった。
少し【威圧】してやれば、それだけで腰を抜かして動けなくなる程の、軟弱者だった。
それが、どうだ。
彼は今では立派に、『強い子鼠』だ。
(大きくなったな、坊主)
もしかすると、この少年は。
さらに成長、するのかもしれない。
それこそ......『鼠の王』とでも呼ぶべき存在に、なれるかもしれない。
彼はそれだけの潜在力を、秘めている。
そのように、ユーヒは感じていた。
(でもまぁ、そのためには......一皮も二皮もむけてもらわにゃ、ならんがな)
そこまで考え......ユーヒはふと、首を傾げた。
今回の、エア姫奪還作戦において。
空軍とのいざこざは、起きなかった。
近衛三騎士との戦いも、起きなかった。
どちらも、本来であれば起こりうる可能性が、高かった事態であるにも関わらず、である。
なんだか......。
(あれ?これ、タカタカが成長する機会......奪われてねぇか?)
もちろん、スムーズに作戦が進行するのは、良いことだ。
良いこと、なんだけど......。
何故だかそんな考えが、ユーヒの頭を過った。
まぁ、とりとめもない思考の内の、一つの思いつきだ。
その考えはすぐに、その他の思考の奥底に深く沈みこんで忘れ去られ、再び思い出されることはなかった。




