455 歳若き近衛三騎士、“風弓のビューン”の覚醒!
『皆殺しだ』
侵入者の少女はそう言って戦闘態勢をとった、その次の瞬間から......凄まじいまでの【威圧】を放ち始めた!
「うぐッ......!?」
空気が、重い。
思わず膝をつき、無抵抗に首を差し出してしまいそうになる程の強大な魔力の発露にさらされ、冷や汗をかきながら必死でそれに耐えるビューンの口から、苦悶の声が漏れる!
「............」
対する侵入者......エミーは無表情。
涼しい顔だ。
彼女の【威圧】は確かに強力ではあるが、どうも殺気のようなものは、含まれていないようにも感じる。
つまり彼女は、まだまだ本気を出していないのだ。
「ち......」
その事実に思い至り、ビューンは思わず舌打ちをした。
(鎧さえ、着ていれば......!)
そしてそう、後悔した。
彼ら近衛三騎士の鎧は、古代より伝わる技術がふんだんに盛りこまれた、特別製だ。
ただ煌びやかであるだけでなく......着るだけで使用者の能力を何十倍にも引きあげてくれる、魔道具なのだ。
ふと視線を動かすと、紅一点のスウェット先輩女騎士シトシトリンも、苦しそうな顔をしている。
このままでは......まずい。
勝負になるかどうかすら、怪しい。
ついつい幼い見た目に惑わされてしまうが......冷静になって考えると、相手は破壊不可能と思われた迷宮の壁を、無理やり破壊してここまでたどり着く程の猛者である。
一体どうすれば良い?
ビューンは気を抜けばすぐに絶望に沈んでしまいそうになる思考の手綱を必死で握りしめながら、事態の打開策を考え続けた。
(......『鎧を着させてください』って、あの侵入者に頼んでみるか?はは......)
しかしながら、名案は浮かばない。
焦燥にまみれた思考では、まともな考えは浮かんでこない。
戦闘態勢に入った敵に、『戦闘準備をさせてください』と、頼む?
そんな願いを聞き入れる敵が、どこにいる?
馬鹿馬鹿しくて、試してみる気すら起きない。
しかし。
だがしかし、だ!
ビューンとシトシトリン......まだ歳若い二人の騎士が、強烈な【威圧】にさらされ、苦悶の表情を浮かべることしかできなかった、その時。
彼ら近衛三騎士のリーダー、陽剣のニッコールだけは......唯一、行動を起こすことができた!
彼は長く騎士として勤め、いくつもの修羅場を、潜り抜けてきた。
その経験が......彼の力となっていたのだ!
「ふ......『皆殺し』か。我らも、なめられたものだな」
大きく息を吸って吐き、不敵に笑ってから......陽剣のニッコールは静かにそう、言葉を発した。
(こ、この【威圧】にも屈しないとは......さすが、団長......!)
ビューンは、荒い息を吐きながら。
この事態を、近衛騎士団団長は......天空王国近衛騎士団最強の男は。
どのように、解決するのか。
学ばせて、もらおう。
そう思い、一挙手一投足も見逃すまいと、その頼もしい大きな背中に、羨望の眼差しを向けた!
「誇り高き王の剣、我ら近衛三騎士......」
その視線を知ってか知らずか、ニッコールは堂々たる立ち振る舞いを続け......宣言した!
「“この鎧”に刻まれし紋章にかけてッ!敗れるわけにはいかぬッ!!」
「「「「............」」」」
そして再び、控室が静寂に包まれる。
「............鎧?」
侵入者エミーは、無表情のまま首を傾げた。
だって目の前のおっさんは、“この鎧”がどうこうと言っていたけど......どう見ても、ジャージとタンクトップを着ているんだもん!
そしてビューンは、頭を抱えた!
(あああーーーッ!だめだ、団長......まだ、てんぱったままだーーーッ!!)
そう!
先ほどのニッコールの台詞......それはやはり、事前に決めておいた、敵と対峙する時にしゃべるはずの台詞だ!
相変わらずニッコールは、控室に侵入者が乱入してくるという不測の事態を前にして混乱し......考えておいた台詞しか、しゃべれなくなっているのだ!
「鎧............どこ?何も、見えないけど......?」
そしてエミーから静かに、つっこみが入った。
「............」
ニッコールは大きく深呼吸をしてから......言った。
「見えないけれど、大切なものがある。それは、夫婦の絆。新郎新婦はこれから長い時を......」
(団長ーーーッ!?それは半年前の、部下の結婚式の時の挨拶ーーーッ!!)
もうだめだ!
ニッコールの動揺はあまりにも大きく、もはや頼りにならない!
そう判断したビューンは、何とかならないかと、先輩女騎士シトシトリンに目配せをした!
シトシトリンはその視線を受け、小さく頷き......一歩前に進み出て、言った!
「あなた、強いのね......良いわ、先に進みなさい......」
(諦めたーーーッ!?諦めて、敗北後の台詞を言ったーーーッ!?)
しかしシトシトリンも、全く役に立たなかった!
「ええいッ!」
もはや、自分が行くしかない!
ビューンは意を決して、ニッコールを押しのけて一番前へと進み出た!
そして大きく息を吸い......困惑する侵入者エミーに対して、勢い良く言葉をまくし立て始めた!
「ああーーー、ちょっとよろしいでしょうか?お二人に代わりまして、これより僭越ながら私が、お話を引き継がせていただきます!あ、申し遅れましたが私、近衛三騎士が一人、“風弓のビューン”と申します!どうぞよろしくお願いいたします!」
「あ、ど、どうも......ご丁寧に......」
気迫をこめて、ビュンッと一礼するビューン!
その勢いにのまれて、思わず一礼を返すエミー!
「それでですね、現在の我々近衛三騎士の仕事というのはですね、この控室の隣にあります三つの試練の間という部屋でですね、侵入者の皆さまを待ち構えてボコボコにしてやることなんですがね!?」
「それはまた、大変なお仕事を......」
「お気遣い痛み入ります!それでですね、実はエミーさんとおっしゃいましたか?あなたも侵入者ですから、本来我々はあなたのことを、装備をしっかり整えた上で、試練の間で待ち構えていなくては、ならなかったわけです!ここまではご理解いただけましたか?ご不明な点等ございませんか!?」
「な、ないです......」
ビューンの言葉は、止まらない!
エミーもすっかり【威圧】をひっこめて、猛烈に吹き荒れる嵐の如く流れていくビューンの言葉を聞きながら、呆然としている!
「ご理解いただき、ありがとうございます!ということで繰り返しますが、我々としては万全の態勢を整え、エミーさんのことを迎撃したいところだったのですが、少し行き違いがございまして、我々、休憩中だったのですよ!あなたが侵入してきたこの部屋、控室なんですよね!もちろん、準備を怠った我らが責を負うべき点もあるかとは存じます!それについては、申し訳ございません!」
「はあ......」
ビューンはここで、またしても一度、勢い良く頭を下げた!
エミーもやっぱり、つられてペコリとした!
「しかし考えてもみてください?あなた、この迷宮、壁を破壊して先に進みましたね!?」
「道がいっぱいで、面倒で......」
「面倒!?天空王国中枢へと続く、祖先より受け継いできた伝統の格調高く古式ゆかしい遺産とでも言うべき我らが迷宮を、あなたはただ『面倒』という理由で破壊したというのですか!?正直言って、非常識も甚だしい!つまり、この事態の非はあなたにあることは一目瞭然だ!」
「ご、ごめんなさい......」
ここで、これまでの勢いのまま、突然自分の行いを責められ始めたので、エミーはびっくりした!
そして思わず謝罪した!
「ですので、あなたには私の指示に従っていただきます!我々はこれから装備を整え、試練の間へと移動します!そこで侵入者を撃退するのが、我々の仕事なのですから!準備が整いましたらあなたをお呼びしますので、ここで待っていてくださいね!?わかりましたか!?」
「わ、わかった......」
「はあ、はあ、はあ......」
再度静寂に包まれた控室に、勢い任せに己の要求をごり押したビューンの、荒い息の音だけが響く。
侵入者エミーは......どうやらビューンの要求を受け入れてくれたらしい。
トコトコと移動して控室内の椅子に腰かけ、その椅子の前の机の上に置かれた焼き菓子を、静かに貪り始めた。
と、ここで。
ポンと、ビューンの肩に手が置かれた。
誰かと思い横を振り向くと、それは先輩女騎士シトシトリンだ。
「ありがとう」
シトシトリンは微笑みながら、小声でビューンに礼を言った。
そしてタオルを差し出した。
ビューンは無言で軽く頭を下げてからそのタオルを受け取り、額に浮かんだ汗をぬぐった。
「ねえ」
そしてさらにシトシトリンは、小声のまま。
「ついでにメイクも直して良いか、聞いてくれない......?」
と、尋ねた。
「知るかーーーッ!!!」
ビューンはタオルを床に叩きつけながら、叫んだ!!




