453 近衛三騎士の控室
さて......『三つの“試練の間”には、近衛三騎士が配置されている』。
先ほどイジョーキスが述べたこの推測は、正しい。
ネバーフォール天空王国の最高戦力たるこの三人は、確かに門番として“試練の間”に配置され、挑戦者の来訪を待っている。
だが、しかし。
ここで少し、考えてみてほしい。
このような門番系ボスに任命された方々は......ずっと、ずーーーっと......持ち場を離れずに、敵を待ち続けているのだろうか?
その間、食事をとる必要もあるだろう。
眠くなることだって、あるだろう。
当然、トイレにだって行きたくもなる。
その一切合切を我慢して......門番系ボスの皆さんは、持ち場に縛られ続けるのだろうか?
結論から言うと、それは組織によって異なる。
ブラック悪の組織であれば、ボスと言えども戦闘員の人権は軽んじられるケースが多いので、自由がきかない場合も多い。
食事も睡眠も我慢し、トイレは部屋の隅で。
そのような、無理な勤務命令がボスにくだされる場合だってあるのだ。
しかしその結果、ボスのコンディションが悪化し、そのパフォーマンスが低下することは自明の理であろう。
酷い場合は、道中の攻略に苦戦したため予想外に時間がかかり、主人公がボス部屋にたどり着いた時には、ボスは空腹で動けなくなっていたという事例すら報告されている。
それでは、ネバーフォール天空王国はどうなのかと言えば......近衛三騎士への処遇に関して言えば、ホワイトだ。
地位が低い者は、コーキアツ軍団長のような宰相派の横暴によって苦しめられているが......。
近衛三騎士は王直属の戦士であり、エリート中のエリートである。
むしろそのご機嫌を、慮られる立場なのだ。
従って試練の間への配置についても、無理のない働き方が国によって定められており、そのおかげで彼らは万全の体調で挑戦者と戦うことができる、というわけだ。
......若干、話がそれた。
とにかく、何が言いたいのかと言えば。
ネバーフォール天空地下大迷宮の最深部近くに存在する、試練の間。
その入口の近くには......巧妙に偽装され周囲の壁に紛れた、隠し部屋が存在しているのだ。
そして、その部屋の名前は、“控室”。
つまりは、近衛三騎士は、自分たちの出番が来るその時まで......この待機場所で、割とのんびり休んでいるのだ。
◇ ◇ ◇
「本当にこれで......良いのでしょうか」
その控室の中で、ぽつりと。
部屋の隅に置いた丸椅子に腰かけ腕を組みながら沈痛な面持ちで......最年少で近衛三騎士に抜擢された天才弓術士、“風弓のビューン”はつぶやいた。
この青年はきっちりと、青と白で雄大な晴天を表現した煌びやかな近衛三騎士専用の鎧を着こみ、つま先から頭のてっぺんまで、そこには一分の服装の乱れもない。
まさに“真面目な騎士”を体現したかのようないで立ちである。
「姫贄の儀......に、ついてかしら?」
そのつぶやきを聞きとがめ声を発したのは、“雨杖のシトシトリン”だ。
彼女は艶やかな青髪、美しい顔立ち、そして抜群のスタイルを誇る、近衛三騎士の紅一点だ。
「胸糞悪いのは、同意よ。いくら国のためとは言え、まだ幼い姫を、生贄に捧げるなんてね......」
ふう、と。
シトシトリンは壁にもたれかかり、苦しそうにため息をついた。
「......二人とも、今の発言は、聞かなかったことにしておこう」
そして最後に、低く良く通る声で発言したのが、“陽剣のニッコール”だ。
彼は近衛騎士団長であり......つまりはこの三人の中でリーダーを務めている。
次第に目元などに皺が生じ始めた歳頃ではあるが......年齢を重ねてなおその端麗な容姿は衰えず、むしろ渋さが増している。
「我らは、王の剣。王の命を、全てを賭して遂行するが、我らが使命よ。気持ちはわかるが......私情を挟むな」
「「ははッ!!」」
ニッコールの言葉に、ビューンとシトシトリンは姿勢を正し、敬礼を行った。
「......って、違うんですよぉ!」
しかしすぐにビューンは敬礼をとき、何やら抗議を行った。
「む?」
「わ、私は王に対する不敬を働こうと、思ったのではなく!その、ですねぇ......」
そう言ってからビューンは、じとりと二人を睨みつけ......。
「いくら今が待機時間だからと言って!お二人はその、くつろぎすぎじゃないかと、思うんですけど!?」
思わずそう、叫んだ!
そう......真面目なビューンは、我慢ならなかったのだ!
憧れの先輩女騎士が、灰色でぶかぶかのスウェットを着て、だらしなく机に頬杖をつきながら、腹が苦しくなるほど焼き菓子を貪っているという姿が!
憧れの騎士団長が、ジャージの上にタンクトップを着て、休日のおっさん感満載で弁当をかっこんでいる姿が!
「あらぁ......ビューンくんは、試練の間への配置は、初めてだもの、ね?」
後輩が真面目な性格故に憤慨するその姿を見て、スウェット姉ちゃんはふふっと微笑んだ。
「むぐむぐ......緊張するのは、わかるがな、むぐ、力を抜け......我らの任務は、儀式が完了するまで続く。それでは、身がもたんぞ......むぐむぐ」
そしてタンクトップおじさんは口いっぱいに弁当の中身を頬張りながら、実にためになる、職場の先輩としてのアドバイスを行った。
「ですが......」
しかし、ビューンはそれでもまだ、納得がいかない様子だ。
ハンカチで額の汗をぬぐいながら、神経質に、ずり下がる丸眼鏡の位置を直している。
「むぐ、ごくん......良いか、ビューン。我らは王の剣。最優先は、王のお言葉。しかし王は、我らの行動全てについて、定めてくれるわけではない。王は我らの、お母さんではない」
なのでニッコールは、急ぎ口内の肉の揚げ物を嚥下すると、真面目な顔でビューンと向かいあった。
「故にこそ、我らの行動を規定する、受け継がれし掟がある」
「受け継がれし、掟......!」
「それが、就業規則」
「就業規則......」
「そして試練の間に我らが配置された際の待機方法については、この規則の第23条において定められている」
「第23条......」
「そしてこの第23条では、我らが楽な恰好で控室にて待機することが、認められているのだ」
「認められて......」
「そして就業規則に定められているということは、これは王にも民にも認められた、我ら近衛三騎士の権利である」
「近衛三騎士の権利......」
「ビューン!お前も、宮仕えの身なのだ!もっと規則を、重んじよ!」
「は......!?ははッ!!」
先輩二人のだらしなさを指摘したつもりが、なんかいつの間にか、自分が叱責される流れになっている......!?
その事実に慌てたビューンは、ごほんと咳払いをして、その流れを変えるべく口を開いた!
「で、ですが団長、私は不安なのです。こうして油断している間に、侵入者がやってきやしないかと......」
「ふふ、それは心配いらないわ、ビューンくん」
しかしそのビューンの発言を、シトシトリンは即座に否定した。
「この迷宮......知っての通り入口はいくつもあるけど、“中間地点”からは実質、一本道なの。そしてその中間地点を侵入者が通過した際には、この控室に警報がなる仕組みになっている......つまりは、警報がなってから戦闘準備を始めても、十分すぎるほど時間があるってわけ」
「ですが、もし......侵入者が、中間地点を経由しないでここまで、たどり着いたとしたら?例えば、壁を壊して進んだりして......」
「ふふふ!ビューンくん、それは現実的な想定じゃないわよ!この迷宮の壁、超古代魔導文明の技術で作られているのよ?団長だって、壊せないんだから!」
「その通りだ......さ、ビューン、お前も鎧を脱げ!楽な恰好になれ!」
「はあ......わかりました、わかりましたよ......」
結局、先輩二人にああだこうだ言われたビューンは、自分も鎧を脱ぐことにした。
この近衛三騎士の鎧、ネバーフォールに受け継がれた秘伝の技術によって作られており、軽量ながら頑丈、そして着脱も容易だ。
パチン、パチンと留め具を外し、鎧を脱いだビューン。
ビューンは鎧の中に......なんかお洒落な、艶々したスポーツウェア的なインナーを着ていた。
「「は?なんだ、テメエ......?」」
そのお洒落さに嫉妬した先輩二人は、理不尽にきれてビューンのことを睨みつけた!
「えええーーーッ!?」
ビューンはその理不尽さに思わず叫び......そして苦笑した。
この二人は、まだ経験の浅い自分の緊張に配慮して、わざと気安い会話を続けていることを、理解しているからだ。
ありがたい。
ビューンは心底、二人に感謝した。
今、この時。
この、控室には。
穏やかな......暖かい時間が、流れていた。
......しかし、次の瞬間!!
メギョオッ!!
穏やかな室内の空気をぶち壊す謎の異音が、控室に響きわたったのだ!
「「「!?」」」
すぐに三人は、音の発生源を振り返った!
一体、何が起きたのか?
何があの音を、鳴らしたのか?
......その原因の特定は、非常に容易かった。
一目見れば、すぐにわかった。
破壊不可能と思われた、超古代魔導文明の技術で作られた金属製の控室の壁から、なんと。
......真っ白な腕が、生えていたのだ!
つまりはあの異音、この腕が壁を突き破った際に鳴った音に、相違なし!
しかし、この白い腕は、一体何なのか!?
突然の事態に近衛三騎士が呆然としていると、この腕はぶんぶんと数回、探るように宙を切ってから。
メゴンッ!!
そんな音を立てて......壁に爪を突き立てた!
メギョッ......ギョギギギギギ......!!
そしてそのまま、その白い腕は、まるで紙でも引き裂くかのように......壁を破壊し、そこに穴を空けてしまった!
すると空いた穴の暗闇から、今度は二本の腕が飛び出し、穴の縁をガシッと掴むと......ぐいぐいとその穴を、広げ始めた!
ギョギギッ!!
ギョギギギギギッ!!
金属壁は哀れな悲鳴をあげるも、何者かは上下左右に、容赦なく穴を広げていく......!
そして、数秒後。
出来上がった穴の中から。
それを潜るように身をかがめながら、その何者かが控室へと侵入してきた。
......それは、黒髪黒目の少女だった。
不気味などす黒い鎧を着た、悍ましい気配を振りまく......類まれなる美貌を持った、呪い子の少女であった。
「............」
呪い子の少女は、かがめていた上半身を起こし、伸びをした。
そして、その時に、ようやく。
この部屋に......近衛三騎士の面々が待機していたことに、気づいた。
そして彼女は思わず、伸びの姿勢のまま......固まった。
一方の近衛三騎士たちも、呆然と固まったままである。
「「「「............」」」」
お互いにしばらく、沈黙が続いた。




