452 【Small Mouse Flying In The Sky】迷宮の奥へ
チュイン、チュイン......。
バシュン、バシュン、バシュン......。
どこか遠くの方から届く謎の戦闘音を聞きながら、ギシを船に残したタカタカたちはイジョーキスの案内を受けて、ネバーフォール東区の下町を横切る裏路地を、速足で移動していた。
この細い裏路地は薄暗く、人通りも少ない。
道の左右には近隣住民の荷物やごみなどが雑然と置かれ、もともと細い道をさらに細くしている。
頭上を見あげれば、屋根から屋根へと紐が渡され、そこには洗濯物が干されており......。
要は、見通しが悪く、姿を隠しながら進むには最適な道なのだ。
さらにこの道は、治安維持のため街を回る警備兵の巡回ルートからも外れている。
そのような理由から、ネバーフォールの地理を熟知している侍女のイジョーキスは、この道を移動経路として採用していた。
さて、幸いなことに、これまでのタカタカたちの移動は非常にスムーズなものだった。
実は何一つとして、障害らしい障害は発生していない。
『もしかしたら、空軍が指揮する警備用飛空艇に行く手を阻まれ、ひと悶着あるかもしれない』。
タカタカたちはネバーフォールへの侵入に際しては、そのような事態も想定していた。
現在の天空王国空軍軍団長コーキアツはタカタカと因縁があり......さらには民間人に対する不当な弾圧なども平気で行う、宰相派の負の側面を煮詰めたような人物だ。
もしあの男に見つかっていれば、タカタカたちはここまで順調に、ネバーフォール内に入りこむことはできなかったはずだ。
しかし、そんなアクシデントは発生しなかった。
むしろ警備用飛空艇たちは小さな子鼠号などまるで無視して、慌ててどこかへと飛び去っていったのだ。
もしかすると、今も微かに聞こえてくる戦闘音が、関係しているのかもしれないが......。
タカタカたちには事態の真相は、わからない。
(いや、今はこの戦闘音のことは、置いておこう。エアを助け出すことに、集中するんだ......!)
考えても仕方がないことは、頭の隅においやって。
タカタカは改めて気を引き締め、気配を消しているが故にともすればすぐ見失いそうになってしまうイジョーキスのことを、必死で追いかけ続けた。
◇ ◇ ◇
「......こちらです」
さて、裏路地を進むこと、数十分。
イジョーキスがタカタカたちを連れて来たのは、細い道の奥の奥......人の気配が全くない、石材や木材が雑然と積まれた袋小路の最奥であった。
「あん?行き止まりじゃねえか。ボケたか、ババア?」
「だまらっしゃい」
角をポリポリとかきながら暴言を吐くユーヒのことなど無視をして、イジョーキス(少なくとも見た目は三十代後半の美女であり、ババアには見えない)は自分の体よりも大きな石材をひょいと持ち上げ、動かした。
すると......。
「あッ!扉だ!」
そう、石材を動かし露わにされた行き止まりの壁には、小さな扉が隠されていたのだ!
タカタカは驚きのあまり、その帽子から飛び出した耳をピコピコと動かしながら、思わず声をあげた。
日陰にひっそりと存在するその扉は金属製であり、その中央部には超古代魔導文字がびっしりと記されている。
「私は姫様の専属侍女。有事に備えて、“秘密の抜け道”を把握しておくことは、当然のたしなみですわ」
「年の功だろ」
立て続けに暴言を吐いたユーヒの腹を無言で殴り今度は胃液を吐かせると、イジョーキスはおもむろに取り出した鍵を刺しこみ扉を開いた。
「さ、人目につくと面倒ですわ。皆さま、お早く中へ」
そうしてイジョーキスは真剣な面持ちのまま、タカタカたちを部屋の中へと案内するのだった。
◇ ◇ ◇
こうしてたどり着いた隠し部屋。
その中にあったものは、ただ一つ。
地下へと続く、階段だった。
ためらいなく階段をくだり、薄暗い地下へと潜っていくイジョーキスを追いかけながら、タカタカはきょろきょろと辺りを見回した。
長い階段の先には狭い廊下が待ち構えており、その壁や床、天井は黒っぽい金属で作られていた。
歩くたびにカツンカツンと硬質な音が響く。
足元は青く冷たい色合いの魔灯により照らされているが、それも必要最低限の明るさだ。
薄暗く......かび臭いにおい、そして物々しく不気味な雰囲気が漂っており......タカタカはぶるりと体を震わせた。
「イジョーキスさん、ここは一体......?」
ちょうど二股の分岐に差しかかった案内役の侍女イジョーキスは、ここでようやく足を止めて振り返り、タカタカの質問に対して口を開いた。
「ここは......迷宮。“ネバーフォール天空地下大迷宮”です」
「えッ!?」
「おいおい、マジかよ!」
「実在したんだ!?」
「都市伝説だと思ってた!」
その回答に驚いたのはタカタカ、そしてヌーイ、ルサ、リットだ。
『ネバーフォールの地下には、大迷宮が広がっている』。
それはネバーフォールや居住台地に住まう人間であれば誰しもが聞いたことのある噂話だ。
「都市伝説ではございません。御覧の通り......事実として、ネバーフォール地下にはこのように迷宮が広がっており、ネバーフォールの街中には、先ほど私たちが潜ったような入り口が、そこかしこに巧妙に隠されているのですよ」
「あの......」
淡々と説明をするイジョーキスに対し、タカタカは猫背になり肩を落としながら小さく手をあげ、追加で質問を行った。
「なら、もしかして噂通り、この迷宮には人食いのバケモノがいるの......?」
『ネバーフォールの大迷宮には人食いのバケモノが住んでいて、迷いこんだ人間を食べてしまう』。
ネバーフォール天空地下大迷宮の噂話が語られるとき、必ずそれについて回るのが人食いのバケモノの噂だ。
人食いのバケモノが迷いこんだ人間を食べてしまうから、迷宮の存在は露見しない。
都市伝説が語られる際よく用いられる、ありきたりなロジックだ。
「いねえよ、そんなもん」
フン、と鼻を鳴らし、つまらなそうにその質問に答えたのは、赤肌の大男ユーヒだった。
いつもなら、こういう場合は嬉々としてバケモノ退治に行きたがるような好戦的な性格の彼にしては......どうにも冷めた反応であった。
その態度にタカタカは違和感を覚えたが、事情を問いただす前にイジョーキスが、ユーヒの言葉に続き説明を始めた。
「その通り、バケモノはこの迷宮には生息しておりません。しかしこのように......油断は禁物です」
そう言うとイジョーキスは目の前で左右に分かれる道の内の一方、右側に向かって、ポケットから爪ほどの大きさの小さな鉄球を取り出し、ポオンと放り投げた。
すると......次の瞬間!
グシャッ!!!
右側の道の天井が、突然落下!
イジョーキスが放り投げた鉄球を押し潰してしまったのだ!
その様を見て、タカタカたちは思わず息をのんだ。
「バケモノはおりませんが......この迷宮は罠だらけです。正しいルートを通らなければ、命はありません。必ず、私の指示に従って行動すること。良いですわね?」
タカタカたちは青い顔で、何度も何度も首を縦に振った。
「ガッハハハハハッ!こんな所でビビってる場合じゃねえぞ坊主!姫さん、助けんだろお!?」
そんなタカタカの頭を帽子越しに乱暴になでながら、ユーヒは豪快に笑った。
「む、もちろん!」
再びタカタカの瞳に闘志が燃え始めたのを確認すると、ユーヒは笑い声を引っこめて、神妙な顔を作った。
「......まあ実際のところ、迷宮を抜けることだけに関しては、心配はいらねえ。このババアについて行きゃ良いだけだからな。そして姫さんが捕らわれている『儀式の間』があるのは、この迷宮の最奥......だろ?」
「はい......しかし、問題は」
「近衛三騎士よな」
近衛三騎士。
その言葉を聞き、タカタカの表情が再び曇る。
この国で最も強い三人が指名される、王直属の最高戦力......それが、近衛三騎士だ。
ただでさえ強い彼らは王から王家秘蔵の強力な武器を賜っており、一人一人の強さは一軍にも匹敵すると言われている。
「確か、“風弓のビューン”、“雨杖のシトシトリン”、そして“陽剣のニッコール”......」
「お、良く知ってんな、坊主」
「当たり前でしょ、近衛三騎士はこの国の英雄だもん。誰でも知っているよ」
ぐりぐりと頭をなで続けるユーヒの大きな手を振り払って、タカタカはユーヒから少し距離をとった。
そしてイジョーキスを見つめる。
「その近衛三騎士が......敵になるの?」
その質問に、イジョーキスは静かに頷きながら答えた。
「はい。陛下は......セキラン王は、エア姫様の命をこの国へと捧げる、“姫贄の儀”を強行しようとしています。となれば、古くからのしきたりに従い、“儀式の間”へと通ずる三つの“試練の間”には、近衛三騎士が配置されているでしょう。戦いは......避けては通れません」
「............」
それを聞いてタカタカは、ごくりと唾を飲みこんだ。
しかし、その瞳には闘志が燃えたままだ。
王家の女性を生贄としてこの国の繁栄を願う儀式、“姫贄の儀”。
そんな悍ましい儀式を、実行させるわけにはいかない。
エアは、タカタカの大事な......。
大切な、友達なんだから。
「......へっ!そんな顔ができんなら、何も問題はねえな!」
改めて覚悟を決めたタカタカの顔つきを見てユーヒは満足そうに頷き、その背中をバシンと叩いた。
「うわっとと!?」
「ま、このオレ様が用心棒を請け負ってんだ!あのひよっこ三騎士共にも負けはしねえ!タカタカ、お前はうまく、逃げ回っとけよ?ガッハハハハハッ!」
涙目で背中をさすりながら、タカタカは近衛三騎士のことを『ひよっこ』と呼ぶユーヒの自信に、呆れてため息をついた。
しかしこのユーヒ、尋常ではないほど強いのも事実である。
己の過去のことは、決して明かそうとはしないが......きっと名のある武人であることは、間違いがないはずなのだ。
......タカタカが出会った時には、既にただの飲んだくれのおっさんに、成り下がってはいたが......。
「さ、休憩はおわりです」
ここでイジョーキスが、パチンと手を叩いた。
「これから私たちは、このネバーフォール天空大迷宮を奥へと進み、近衛三騎士を打ち倒し、エア姫様を奪還します。この先は休んでいる暇はありませんよ......覚悟は、よろしいですね?」
「......はいッ!」
「おう!」
「もちろん!」
「腕がなるぜ!」
イジョーキスはメンバーの威勢の良い返事を聞き頷くと踵を返し、前へと進み始めた。
「では、ついて来てください」
カツン、カツン、カツン......。
硬い足音を鳴らしながら、タカタカたちは薄暗くかび臭い迷宮の通路を、慎重に進み始めた。




