450 ぶち抜け空軍司令室!
「え、えェい!貴様ら何を呆けておるか!もっと撃て、撃て、早くあの呪い子を爆散させろォ!!」
魔導砲台に砲撃されながらも割とピンピンしている飛行少女を前に唖然とする司令室であったが、すぐに正気......というかいつもの調子を取り戻し喚き始めたのは、軍団長コーキアツであった。
「『何で生きてるのか』!?そんなもん、魔法か異能か魔道具の力を借りたからだ!原因なぞ、どうォでも良いだろ!早く......撃てェーーーッ!!」
「は......ははッ!!」
フカフカ椅子に尻をめりこませながら足をバタバタやりつつ、凄まじい剣幕で怒鳴り散らすコーキアツ!
青年士官は感情の整理がつかずぼんやりとした頭のまま、青い顔で震えながら、コーキアツの命令に従った!
照準を合わせ、大きく息を吸ってから......“蛇”の魔導砲台を稼働させる!
チュインッ!!
チュイン、チュイン、チュインッ!!
ガタゴトとレール上を移動しながら、“蛇”から再度、連続して【黄色魔導光球】が放たれる!
「............」
しかし、当たらないのだ!
もはや油断を消し去った飛行少女......エミーは、その無感情な瞳で“蛇”を一瞥すると、どす黒い翼をはためかせて風に乗り、舞い上がり、左右に揺れながら、砲撃を次々にかわしていく......!
「くっそォーーー!なめるな、なめるなよ呪い子ォ!」
モニターに映し出されたその様を見て、コーキアツはさらに怒り沸騰だ!
彼は顔を真っ赤にして手に持ったフライフィッシュフライサンドをぐちゃりと握りつぶしてから、士官たちに新たな命令をくだした!
「“太陽”を動かせェ!警備用飛空艇も、全て集めろォ!何が何でもあのガキを、撃、ち、お、と、せェーーー!!」
「警備用飛空艇を、全て!?」
「しかし、それでは......!」
さすがにこの命令には、宰相派の士官ですらも、困惑せずにはいられなかった!
現在、天空王国内部ではデモの他にも様々な反宰相派の活動により、混乱が引き起こされている!
周辺空域の雲の中に敵対勢力の飛空艇が隠れている可能性は否定できず、たかだか少女一人に対して警備用飛空艇を全艦動員するのは、誰が考えても愚策以外の何物でもない!
しかし......!
「ははッ!『コーキアツ軍団長閣下』!」
「『コーキアツ軍団長閣下のご命令に従い』、“太陽”、稼働します!」
「外壁周辺で飛行中の全警備用飛空艇に告ぐ!『コーキアツ軍団長閣下よりご命令である』!現在、我ら天空王国空軍は謎の飛行少女と交戦中であり......」
宰相派士官たちがコーキアツを諫めるその前に、それ以外の士官たちが直ちに行動に移り、その命令を実行し始めた!
彼らはコーキアツに恫喝されている。
コーキアツの命令に背けば、自身だけではなく家族の命すら危うい。
従うほかない。
しかもその命令が、あまりにも愚かで。
やればやるだけ、派閥の力でその地位についた、大嫌いなコーキアツの失点が増えるというならば。
やはり、従う以外の選択肢はない!
「“太陽”、魔導砲台準備完了!発射します!三......二......一......発射!」
そして、次に空飛ぶ密入国少女エミーに襲いかかったのは、古代の観覧車だった!
バシュン、バシュン、バシュンッ!!
高速回転する古代の観覧車から、“蛇”から放たれたそれよりも巨大な【黄色魔導光球】が、連続してエミーに飛来する!
「............」
自分のすぐそばを通り過ぎて行った巨大な光球、そして古代の観覧車を横目でちらりと一瞥してから、エミーは飛行進路を変更した。
それまではまっすぐに外壁を越えネバーフォール国内へと侵入することを目指していた彼女は大きく左に曲がり、ネバーフォール外壁に沿ったルートを飛行しながら、観覧車から距離をとることを選択したのだ。
エミーの飛行技術はまだまだ拙く、“蛇”一つならともかく、もう一方向“太陽”からも狙われたならば、回避し続けることは難しいだろうという判断があったためである。
「ぬはは!逃げたぞ、追え、追え、撃て、撃てェーーーッ!!」
その様に気分を良くしたコーキアツは、士官たちに追撃を命じる!
チュイン、チュインッ!!
バシュン、バシュン、バシュンッ!!
ガタゴトとレール上を並走するような形でエミーを追いかける“蛇”が、そして後方にそびえたつ“太陽”が!
しつこくエミーを追撃していく!
しかし......!
「ええいッ!?全く、当たらんではないかァーーーッ!?」
エミーは不安定な気流に揉まれ、左右に揺れたり回転したりしながらではあるが、光球をことごとくかわしていくではないか!
コーキアツはその様を見て途端に機嫌を悪くして、フライフィッシュフライサンドを無茶苦茶にやけ食いしながら怒り狂った!
「............?」
だがこの、『砲撃が全く当たらない』というコーキアツの疑問。
実はエミーも、全く同じ感想を抱いていた。
現在エミーは追い風に乗って飛行することができており、かなり速度を出している。
しかしどうも、これだけが、回避がうまくいっている理由では、ないように感じていたのだ。
彼女は一応、気配、もしくは勘、あるいはちらちらと砲台を振り返り視認した砲撃の予兆......そのようなものを感覚で把握しつつ、回避行動をとってはいるのだが。
そもそも......今となっては。
魔導砲台の砲撃は、エミーのすぐ近くに飛んでは来るものの......なんだか、“当てる気”を感じられなかった。
エミーはわけもわからず、小さく首をひねった。
その様をモニターで確認してから、“太陽”を操作する士官はにやりと笑って、ウィンクをした。
ウィンクを送られた“蛇”を操作する真面目な青年士官は、青い顔で喉を鳴らしつつ、小さく頷いた。
コーキアツのあまりの横暴さに、ついに彼らの堪忍袋の緒は切れた。
もはや彼らは、コーキアツの命令には従うが、その命令を達成する気はなかったのだ!
もちろん、密入国を許すわけにはいかないので、エミーが外壁を越えようとするたびに威嚇射撃を行い追い払っているわけだが。
彼らはこの、わけのわからぬ空飛ぶ少女を撃墜する気など......さらさらなかったのだ。
◇ ◇ ◇
さて、ネバーフォール外壁沿いではそのような八百長空中戦がしばらく繰り広げられていたわけだが、事態は新たな局面を迎えることになる。
先ほどコーキアツが呼び寄せた警備用飛空艇たちが、エミーを捕縛すべく集まり始めたのだ。
こうなると、エミーにとっては、さらに状況は安全になる。
「撃て、撃て、撃てェーーーッ!!」
相変わらずコーキアツは喚いているが、彼が無思慮に全ての船を呼び寄せてしまったため、現場の空は超がつくほどの混雑状態である。
同士討ちを避けるために、警備用飛空艇も、“蛇”も、“太陽”も、魔導砲台等の兵装を用いることができない!
もはや何のために集まって来たのか、わからない状況だ!
そんな中をエミーはなんとか、飛空艇の隙間を抜けながら飛行を続ける!
そして。
「クソ、クソ、クソォ!何をやっておる無能共め!何故、これだけの兵力を結集して、あのガキ一人止められんのだァ!?壁を作れ、壁をォ!!」
この時、この状況、そしてこの場所で、コーキアツは、このような命令をくだした。
......これが、エミーとコーキアツ、その戦いの決着のきっかけとなった。
警備用飛空艇のパイロットたちは、決してコーキアツの言う通りに無能ではない。
むしろ、その操船技術は優秀である。
彼らは即座に命令に従い、エミーの飛行進路に船体を並べ、壁を作った。
エミーは小柄で小回りがきくが、それほど精密な飛行技術を持ち合わせているわけではない。
このままでは、飛空艇の壁に衝突必至である!
彼女は大きく羽ばたいて、一旦ネバーフォールから離れて広い空に出るために方向転換をしようとした。
しかし、その時だった!
「......!?」
ゴウウッ!!
そう、一際大きな音を鳴らしながら、エミーの体を上へ上へと噴き上げるような突風が、突然発生したのだ!
警備用飛空艇が壁を作ったからこそ発生した、気流の乱れだ!
コーキアツも士官たちも、そしてエミーも予想していなかったその強烈な上昇気流は、小柄で軽いエミーの体を、瞬く間に上へと運んでいく......!
「らッ......ああッ......!!」
風に翻弄されぐるぐると体を回転させながら、エミーは何とか体勢を立て直そうとあがいた。
しかし、うまくいかない!
ただただ、右へ左へと揺れながら、大いなる自然の力によって翻弄されるばかりだ。
「おォ!?制御不能か!?ぬはは、そのまま落ちろォ!!」
コーキアツはモニター越しにその姿を見て、足をばたつかせながら大笑いした!
「......ん?」
しかし一方で、青年士官は。
言い知れぬ......不安を感じて思わず腰を浮かべ、モニターを凝視した。
ここで一つ、新たな情報を開示すると。
警備用飛空艇が集合し、壁を作った場所。
それは、どこかと言うと。
実は偶然にも......この司令室が存在する、古代の鉄塔の目の前だった。
つまり、あの飛行少女は、風によって制御不能の状態で、鉄塔の最上階に位置する、この司令室まで、運ばれて来ていると、いうことで......?
いや、待て。
だから、なんだと?
青年士官は、己の本能が警鐘を鳴らす、その理由がわからない。
わからないが、なんだか、このままではまずい。
そんな気がした。
ちらりと部屋の中を見回せば、他の士官たちも同様に、不安そうな顔をしている。
コーキアツだけが、顔を醜く歪め、上機嫌に笑っていた。
『これから何か、起きる気がする』。
根拠のない、その士官たちの不安は......この数秒後に、現実のものとなる。
そして“それ”を引き起こしたのは......一吹きの、風だった。
「!?」
ビュウと、突然。
これまでは上へ上へと運ばれていた、エミーの体に。
強烈な横風が、吹いたのだ!
「あああッ!?」
それに抵抗することもできず、真横に吹き飛ばされるエミー!
飛ばされた先にあるのは、重厚な質感を誇る古代の鉄塔である!
その外壁上には何の意味があるのか、突き出したトゲが無数に生えており、そこに叩きつけられれば常人ならばまず間違いなく体を貫かれて死ぬし、エミーであってもきっと大分痛い!
「あああ......らあああああッ!!」
だからそれを視認したエミーは、防御を固めることにした。
【黒翼】を一旦解除し、鉄塔に向かって風に運ばれるまま......【黒腕】によって己の全身を包みこみ、どす黒い円錐状の、槍のような弾丸へとその姿を変えた!
以前舎弟のザラトプと共に、水巨人と化したフジツボを葬り去った時に変じた、あの形状である!
「らあああああーーーッ!!」
さらにエミーは内部ででくるくると回り弾丸を回転させながら、弾丸後部から魔力をジェット噴射させて、推進力を生み出した!
この形状になると、彼女は外部の様子を確認することができない。
もしかしたら突然風が止み、彼女は霧の海に真っ逆さまに落ちてしまうかもしれないのだ。
ここまでやっておいて、その結末はいただけない。
せめてあの鉄塔に、突き刺さる事ができれば。
エミーはネバーフォール内に侵入することができる。
そうすれば、観光の始まりだ!
......そんな、短絡的な思考から行われた、突撃行動だった。
「なッ、謎の飛行少女がッ!!こちらにッ!?し、司令室目がけて、突撃を開始しましたーーーッ!!」
「な、なんだとォーーーッ!?」
しかし、その進行方向にある天空王国空軍司令室からしてみれば、それは致命的な攻撃の一手に他ならなかった!
「ちゃ、着弾まで、五......四......ああ、もうだめだッ!逃げろーーーッ!!」
瞬く間に、モニターに映し出されるどす黒い弾丸の姿が、大きくなっていく!
ギュルルルルルルーーーッ!!
それに伴い司令室内にも、弾丸と化した少女が発する何やら恐ろし気な回転音すら届き始めた!
士官たちは本能的な恐怖に耐えきれず、大慌てで席を立ちあがり、室内の壁沿いまで転がりながら避難を開始する!
「おい、おい貴様らッ!?勝手に持ち場を離れるなァッ!?」
しかし、コーキアツだけは、逃げない!
いや、逃げられない!
何故ならば彼の特注執務椅子はあまりにもフカフカであり、まるで雲のような座り心地!
だから太り過ぎたコーキアツでは、とっさに立ちあがることができないのだ!
そして、次の瞬間!
ズガアアアアンッ!!!
思いのほか薄かった鉄塔の壁を突き破り、ちょうどモニターの中心から......どす黒い弾丸が飛び出した!
偶然に偶然が重なり飛来したこの破壊の弾丸は、これまた偶然進行方向に座り身動きがとれないでいたコーキアツに向かい、まっすぐに進んで行く!
「ぬァッ!?わ、『わが身よ鋼鉄と化し、全てを弾け!【アイアンボディ】!」
コーキアツはとっさに魔法を使い、自身の防御力を強化!
さらには全身に【身体強化】を全力で施し......。
「ぬわああああーーーッ!!なめるなあああああーーーッ!!」
飛び来る高速回転どす黒弾丸の先端を......その両手で拍手をするような形でがっしりと、受け止めたのだ!
しかし......!
「らあああああーーーッ!!」
コーキアツに受け止められて若干の抵抗を感じたエミーは、『今自分は、壁にぶつかったのだ』と判断した!
だから彼女は、遠慮も何もなしに魔力ジェット噴射の勢いを増して、推進力を増大させた!
「ぬぎゃああああーーーッ!?」
超重量を誇る肥え太りぜい肉で膨れあがったコーキアツの体も、その勢いを抑えこむことはできなかった!
結局弾丸の直進に巻きこまれたコーキアツは、弾丸もろともに司令室後部まで吹き飛んでいき、そこにあった壁を突き破った!
「らあああああーーーッ!!」
「ああああああーーーッ!?」
そしてしばらくコーキアツは弾丸の先端にひっかかり、その回転に巻きこまれたまま、なす術なくぐるぐると回っていたが。
ついには遠心力に耐えきれず、ぽぉんと。
ネバーフォールの街中の、とある場所に向かって......吹き飛ばされていった。
一方、弾丸と化したエミーは。
コーキアツという重しがなくなったことで、その直進の勢いを増しながら......ついにはネバーフォールの“地上”......人通りのない、細い通りへと落下!
ズガアアアアンッ!!
そして凄まじい轟音を立てながら、遊園地時代に敷かれた石畳、そしてその下の空中要塞時代から存在する金属板すらも突き破り、“地下”へ。
通常であれば人の入りこまない、ネバーフォールの内部へと......落下していったのだった。
◇ ◇ ◇
一方、司令室内では。
「「「「「............」」」」」
士官たちが、壁にあいた二つの大穴を眺めながら、呆然と立ちすくんでいた。
「ずいぶんと、その......風通しが、良くなりましたね......」
“蛇”を操作していた青年士官は、ひきつった笑みを浮かべながら、ぽつりとそう、つぶやいた。
それを聞いた宰相派の士官は、青年士官をじとりと睨みつけはしたものの。
すぐにため息をついてから。
「存外......気分が良いものだな、はは......」
そう言って、疲れのにじむ声で、笑った。
びゅうと風が吹き、彼らの頬をなでる。
室内にこもっていた油臭いフライフィッシュフライサンドの臭いが、あっという間に消え去っていく。
大穴の向こうには、美しく澄んだ青空が広がっていた。




