449 空飛ぶ密入国少女
「え、何?いや、何!?」
モニターに映し出された少女の姿を見て、司令室の中にいた誰かが、そうつぶやいた。
その声は室内に、存外良く響いた。
司令室内の人間は誰もが呆然とモニターに映し出された信じがたい光景を前に動きを止めており、部屋の中は静寂に包まれていたからだ。
この世界には、空を飛ぶための魔法があるとはいえ、それは習熟が難しい。
一般的に飛行魔法の使い手はかなり少なく、司令室につめる士官たちも、生身で空を飛ぶ人間を見たのは初めてだったのだ。
故に思わずぽかんとしてしまうのも、致し方ないことである。
とは言え。
「あれは、み......密入国......ですよね?」
「方向、割り出せ」
我を取り戻した順に、士官たちはやるべき行動をとりはじめた。
あの少女は、明らかに、無断で天空王国の壁を越えようとしている。
彼らは国境警備という役目を担っており、当然空飛ぶ少女を放置することはできない。
「方向、確定しました。あの少女は......ち、中央大通りを目指して、滑空しています!」
「何だと!?中央大通り!?」
「反宰相派......こほん、下等な台地人の味方を気取る連中の、デモ行進が行われている通りじゃないか!」
「あの少女は連中の、仲間なのか!?」
しかも、現在天空王国では、一つの問題が発生している。
それが反宰相派の人々が行っている、大規模な抗議活動だ!
そんな中、反宰相派の人々目がけて飛んでいく、少女がいる......。
士官たちが少女と反宰相派を結びつけて考えるのは、ある意味自然な反応であった。
司令室内に、混乱が広がる。
「ただちに、撃ちおとせェ!」
しかし、次に放たれたコーキアツ軍団長の慈悲無き命令により、司令室内は再び静まり返った。
このコーキアツという男は、宰相派だ。
悪徳宰相ナボコリスの威光を存分に活用し、好き勝手に過ごしてきた人間だ。
反宰相派に関わりのあると思しき密入国者を、放置するわけがない。
だから即座に、そんな命令もくだせるのだ。
士官たちは、そう思った。
「良く見ろ、貴様らァ!あのガキ、黒髪黒目だぞォ?呪い子だぞォ!?」
しかしながら......コーキアツがそのような命令をくだしたのは、全く別の理由からだった。
「そんな気持ち悪いもの、我らが誇り高き天空王国に侵入させて、なるものかァ!!」
コーキアツは口の中のフライフィッシュフライサンドを気持ち悪そうにぺっぺと吐き出しながら、モニターを睨みつけて、心底不快そうに怒鳴った。
黒髪黒目の子どもは、呪い子。
人々に不幸をもたらす存在。
その認識は......幻想大陸にもはびこっているのだ。
「さっさとしろォ!照準、あわせろォ!」
「......はっ!」
青年士官は遠隔操作を行い、先ほどタイミングを逃し通り過ぎていった『高速移動式魔導砲台“蛇”』を後退させることで位置調整し、砲撃の準備を始めた。
命令に歯向かえば、一族の命が危ない。
その状況は、変わっていないのだ。
本来であれば、砲撃の前に警告の一声でも、かけるべきであろうが。
彼は、コーキアツ軍団長に逆らうことが、できなかった。
「魔導砲台、準備完了......」
青年士官の声にあわせ、レールの上では蛇の体のように長く連なった十両編成の魔導砲台たちが、ガチャリと音を立てながらその砲身を一斉に空飛ぶ少女へと向けた!
「発射します......三......二......一......」
青年士官は、祈った。
先程と同じように、何かが起きて、くれますようにと。
撃たなくて、済みますようにと。
しかし、無情にも。
......何も、起きはしなかった。
マニュアル通りのカウントを行う三秒間は、あっという間に過ぎ去り。
彼が、勤めを果たす時が来た。
(許してくれ......許してくれ......!)
心の中で、誰にも届かない贖罪の言葉を叫びながら。
青年士官は操作パネル上に屹立するレバー上部の魔導砲台発射ボタンを......押した!
チュチュチュチュチュチュチュチュチュチュインッ!!
すると一瞬の間すら置かずに、“蛇”に設置された魔導砲台が甲高い音を鳴らしながら、一斉に黄色の光球......【黄色魔導光球】を射出した。
それらの光球は一斉に空飛ぶどす黒い少女に向かって殺到し......間違いなく、その全てが着弾した。
ズボボボボボボボボボボンッ!!
そして、瞬く間に少女は光球着弾後に発生した【魔導爆発】にのみこまれ、その姿は光の中にかき消された......!
「ぬははははは!ぬははははは!」
その様を見て、コーキアツは上機嫌に笑った。
呪い子など、いくら死のうが彼にとってはどうでも良いことなのだ。
「............」
一方で、発射ボタンを押した青年士官は、口を横にぐっと引き締め、努めて無表情作りながらも......青い顔で無言のまま震えていた。
彼とて軍人である。
殺す覚悟はあったつもりだし、これまでも賊の船を撃ったことだってあった。
しかし、生身の人間を撃ったのは、今日が初めてだったのだ。
......空を飛ぶ人間を見たのも、今日が初めてだったので。
「「「............」」」
司令室内にいる、他の士官たちも無言である。
彼らの中には、コーキアツと同じく宰相派に籍を置く者もおり、その胸中は様々だ。
だが、しかし、少なくとも。
コーキアツのように、人の死にざまを笑い飛ばせるほど腐りきった人間は、一人もいなかったのだ。
さて。
【黄色魔導光球】着弾に由来する黄色の【魔導爆発】が発生してから、数秒が経った。
球状に広がったその爆発は“天使の瞳”のレンズを黄色の光で埋め尽くし、司令室内のモニター画面を全て、一時的に使用不可能な状態にしていたが。
その黄色い光が、徐々に薄まり始めた。
空の青。
そして眼下に広がる大霧海の、霧の青。
この二つが、画面上に現れ始めた。
それだけが、画面上に現れる。
そう......司令室内部の人間は皆、思っていた。
故に。
「......は?」
コーキアツも、青年士官も、室内にいるその他の士官たちも。
司令室内に設置された巨大なモニターに映し出された映像を見て。
ぽかんと口を開け。
呆けた声を、出したのだ。
何故なら、そこには。
......そこには!
普通の人間であれば、食らえば間違いなくバラバラの焼け焦げた肉塊に成り果てるであろう【黄色魔導光球】が、確実に着弾していたにも関わらず!
ふらつき、その白い肌を黒く焦がしてはいるものの!
割と平気な顔をして空を飛び続ける、呪い子の少女の姿が......あったからだ!
その光景を見た司令室内部の人間の胸中はやはり、様々であったが!
とりあえず......まず一斉に口に出した言葉は、全く同じものだった!
「「「「「何で生きてんの!?」」」」」
それはね、彼女がただの空飛ぶ少女ではなく、とびきり丈夫な空飛ぶ美少女だからなんだよ!!




