448 天空王国空軍軍団長コーキアツ
「薄汚い鼠が......凝りもせず、まァだ生意気にも、空を飛んでおるようだなァ」
ここは、ネバーフォール天空王国の外壁近くに存在する、古代の鉄塔......その、最上階。
外壁に埋めこまれた“天使の瞳”から送られた映像情報を表示するモニタールームであり、現在は天空王国空軍の司令室として活用されている場所だ。
厚いカーテンに遮られ、日の光の入りこまないこの部屋の中心に......その男は座っていた。
年齢は、五十代程。
来ている服は、雲の色を思わせる真っ白な軍服。
モニターに青く照らされるその軍服には、じゃらじゃらと勲章が付けられている。
つまりは、軍人だ。
しかしながら、その肉体は、とても軍人のそれとは思えない。
ぶよぶよと肉が付き、ボタンがはじけ飛びそうな程に膨らんだその肉体は、彼の堕落の象徴だ。
今だって彼は、戸を閉めきり、匂いがこもりやすい司令室内だというのに、一人だけ。
......彼の好物である、浮遊タラを使ったフライフィッシュフライサンドを、延々と貪り続けている。
そんな彼の名前は、コーキアツ・カコーキリュ。
なんともまあ、その見た目からは信じがたいことかもしれないが......このネバーフォール天空王国空軍の、軍団長である。
「はむ、はむはむ、むぐ......むぐん」
コーキアツは右手に持っていたフライフィッシュフライサンドの残りを口の中に放りこむと、急いでそれを咀嚼し、嚥下した。
そして右手の指先についたソースと油を丁寧になめとってから、にやりとその口元を歪め、邪悪で醜悪な笑みをこぼしながら、残酷な命令を下した!
「あの鼠を......撃ち落とせ」
......と!
「そ、そんな!?」
あまりにも無体な命令に、司令室に動揺が走る!
「あの小型貨物輸送船は、そ、その、ただ規定ルートに従って、飛行しているだけに見受けられますが!?い、一体、何を理由に、そのようなことを......!?」
モニターの前で機器を操作していた青年士官はたまらず立ちあがり、思わず声を荒げた!
「黙れェーーーッ!!」
するとコーキアツはその青年士官の数倍は大きな声で彼に怒鳴り返し、左手に持っていた新たなフライフィッシュフライサンドを思いきり、投げつけた!
べちゃり!
それは狙い過たず青年士官の軍服に命中。
雲の如き真っ白なその生地を、黒いソース色に汚した......!
「何を理由にだとォ!?貴様こそ何を理由に、ワシに歯向かっておる!?ワシは軍団長だぞォ!?上級国民だぞォ!?天空人だぞォ!?」
コーキアツは椅子に深く体を沈みこませたまま、ばたばたと足を動かして暴れ、怒りを露わにした!
彼の特注執務椅子はあまりにもフカフカであり、まるで雲のような座り心地!
だから太り過ぎたコーキアツでは、とっさに立ちあがることができないのだ!
ちなみに上級国民とは、コーキアツが所属する派閥の人間が良く用いる言葉であり、空飛ぶネバーフォール上に住まう権利を得た者のことを言う。
さらに天空人とは、その状態が数代続いた一族の出の者のことだ。
カコーキリュ家は過去五代にわたってネバーフォール上に住まい続けている他国で言う所の貴族のような存在であり、天空王国内では、それなりに大きな権勢を誇っているのだ!
「......そしてワシに逆らうということは、ナボコリス宰相様に逆らうということでも、あるのだぞォ?名前は知らんが......はむ、むぐむぐ......貴様ァ、一族そろって浮遊魚の撒き餌に、なりたいかァ?」
そしてコーキアツは青年士官を睨みつけながら、今度は静かな声で......椅子の横に置いた机の上のフライフィッシュフライサンドの山から、新たに掴み取ったそれを貪りながら......恫喝を行った。
ナボコリス宰相とは、政に興味を失った天空王に代わりこの国のほぼ全てを支配している大悪人である。
今やナボコリス宰相はこの天空王国のことを『己の国』と言って憚らず、天空王国は宰相派であるコーキアツのような俗悪で横暴な人間たちによって、好き勝手に食い散らかされているのだ......!
そしてナボコリス宰相は、敵対勢力に容赦をしない。
これまで“浮遊魚の撒き餌”にされた者たちをあげれば、枚挙にいとまがない程だ。
「も......申し訳、ございません......ご命令に、従い、ます......」
一族の命にまで言及されて脅されれば、青年士官はそれ以上、反論することができなかった。
彼はうつむき、震えながら......コーキアツに一礼してからモニター前制御パネルの前に着席し、操作を始めた。
「“蛇”を動かせェ」
「......はっ!」
遅れて出された命令にも反論せず、青年士官は歯を食いしばりながら操作を続けた。
プルルルルル......。
甲高い警告音を発しながら、司令室の下の階にある格納庫から『高速移動式魔導砲台“蛇”』が出動する。
ガタンゴトンと揺れながら、ゆっくりと山なりの形をしたレールを、登っていく。
レールの頂点に達し、その傾斜を下り始めた時......“蛇”の狩りが、始まるのだ。
「ぬはは!ぬはははは!ついにあの薄汚い鼠を、ぶち殺せるというわけだァ!実に気分が良いィ!!」
青い顔の青年士官とは対照的に、コーキアツは上機嫌だ。
口の中のフライフィッシュフライサンドをまき散らしながら、大笑いしている。
彼は以前、あの鼠のような飛空艇の乗員である少年と、市場の視察中に、出会ったことがあるのだ。
その時、野菜を運んでいたその少年は、地上に住まう下等な台地人には似つかわしくない程の美少女を連れていた。
だからコーキアツは、その美少女をもらい受けてやろうと考えたのだ。
しかし、少年は美少女を連れて、逃げ出した!
天空人である己に対して、下等な台地人が歯向かったのだ!
許せなかった。
それは、決して許されてはならない、大罪である。
あの時はとり逃がしてしまったが......ようやく罪に対して罰をくだすことができる。
そう思うとコーキアツの心の中は美しい青空のように清涼に澄みわたり......その顔面はさらに醜悪に歪んだ。
「捕捉......捕捉、完了。魔導砲発射準備......完了。発射します......三......二......一......」
一方の青年士官は、その瞳に涙をためながら、粛々と“蛇”の操作を行っていた。
そして彼が震える声で、魔導砲の発射カウントを数え始めた......ちょうど、その時だった!
「......は?」
コーキアツも、青年士官も、室内にいるその他の士官たちも。
司令室内に設置された巨大なモニターに映し出された映像を見て。
ぽかんと口を開け。
呆けた声を、出したのだ。
「......なんだ、アレはァ?」
見れば、わかる。
見れば、わかるのだが。
コーキアツは思わずそう、尋ねずには、いられなかった。
そして、そう尋ねられれば。
青年士官は、見たままの映像を......見たままに報告せざるを、得ない!
「少女です!どす黒い鎧を身にまとった少女が......突然あの、小型貨物輸送船から、その......飛び立ちました!」




