444 【Small Mouse Flying In The Sky】今度はオレが、助ける番だ!
第20章、始まります。
パララ、パララ、パララ......。
エセレム大霧海北部、第四居住台地『ファーム・フォー』と第五居住台地『マイン』のちょうど真ん中。
通常飛空艇の航路には使われないこのルートを、軽快なプロペラ音を響かせながら飛ぶのは、おんぼろの小型貨物輸送船。
青空の下、霧に半分身を沈めるような形で姿を隠しながら進むこの小さな飛空艇は概ね円錐形をしており、その先端部分には大きなアンテナが二つついている。
そのフォルム、塗装もされていない鉄色の外観、一般的な飛空艇と比べると小さなそのサイズ、そして......そのパイロットの種族と年齢を理由に、この機体、飛空艇乗りたちからは、からかいまじりにこう呼ばれている。
『子鼠号』と。
◇ ◇ ◇
「ついに......この日が、来た......」
その子鼠号の、内部にて。
緊張した面持ちで舵輪を握りしめながら、誰に聞かせるでもなく......小さな少年はぽつりと、そうつぶやいた。
この少年、薄茶色のパイロット帽とゴーグルを装着し、これまた薄茶色のパイロットジャケットを羽織っている。
その髪色は灰色であり......何より特徴的なのは、パイロット帽に開けた穴から二つ飛び出す、丸いネズミの耳だ。
そう......この少年は、獣人なのだ。
細かく言えば、鼠族である。
鼠族と言えば、そこからさらに数えきれないほどの氏族に分かれているのだが......この少年に関しては、見た目以上の出自が明らかではない。
本来エセレムは彼ら鼠族が多く住んでいる地域ではないため詳しい者がおらず、そのうえ彼の両親は既にこの世を去っており、聞く術がないからだ。
「......引き返すなら今じゃぞ、タカタカ」
タカタカ......つまり少年のつぶやきを聞き、そう声をかけたのは、腕組みをしながら計器を睨みつけていた小柄な老人だ。
彼は鼠獣人であるタカタカ少年の後見人であり、この子鼠号の船長だ。
かつては天空王国空軍にて飛空艇整備技師をしていた経歴もあり、その名はずばり、ギシ。
へそまで届く豊かな白髭と、尖った鼻と耳、そして緑色の肌が特徴的な、鋭い目つきの男である。
しかしその意地の悪そうな顔つきも、今は心配そうに歪められている。
「ガッハハハハハッ!何、坊主もジジイも心配するこたぁねえよ!何せ、このオレ様が用心棒、請け負ってんだからよお!」
一方で、能天気に大声で笑うのは、操舵室と区切りの無い貨物室......本来なら居住台地で生産された野菜を積みこむその場所に、窮屈そうに体を折り曲げながら座る、大男だ。
空の上を飛んでいるため船内はそれなりに寒いにも関わらず、この男は上半身が裸であり、筋骨隆々たるその肉体を惜しげもなくさらしている。
その肌色は赤であり、短く刈られた頭髪は、白。
額からは、二本の角が伸びている。
「ユーヒ!貴様はまた、適当なことばかりぬかしおって!」
「適当なものかよ!オレは、強い!それは揺らがない事実なのだ!ガッハハハハハッ!」
豪快に笑う大男、ユーヒを睨みつけながら、ギシはその無責任にも思える発言を咎めた。
一方のユーヒは、どこ吹く風。
いつものケンカである。
「はは」
そのケンカを見て、タカタカ少年の緊張が、少しほぐれたらしい。
タカタカは少し微笑んでから、横に座るギシの方を振り向いた。
「じいちゃん、オレは、引き返さないよ。もう決めたんだ」
そして強いまなざしで、彼のことを見つめた。
「......!!」
そのタカタカの顔を見て、ギシは思わず言葉を失った。
何故なら、その顔は。
その強い決意に満ち溢れた瞳は。
かつて伝説の飛空艇乗りとまで謳われた、彼の父に......そっくりだったからだ。
「エアは......オレの、友達なんだ。エアはオレのこと、助けてくれたんだ。だから......だから」
そう、静かに言葉を紡ぎながら、タカタカは視線を前方に戻す。
すると視界に映るのは、遠方に浮かぶ巨大な浮遊物体。
「今度はオレが、エアを助ける番なんだ!あの子のことを......生贄になんて、絶対にさせない!」
霧の海の上に浮かぶそれは、タカタカの大切な友達、エアが捕らえられている場所。
......『ネバーフォール天空王国』だ。
「ねえ、イジョーキスさん。あなたはエアの監禁されている部屋への道のりは、ばっちりわかるんでしょ?」
「それはもちろん。おまかせください」
次にタカタカが声をかけたのは、ユーヒと同じく貨物室に座っている侍女姿の女性、イジョーキスだ。
彼女はエアの専属侍女であり、エアとともにネバーフォールの王宮から、タカタカたちが住む居住台地へと逃げ出して来た。
それが、物語の始まりだった。
「なら、大丈夫!反宰相派の起こす騒ぎに乗じて、こっそり潜入する......こそこそするのは、得意だからね。なんたってオレは、『子鼠』だから」
「ああ?坊主、お前『子鼠』呼ばわりされるのが、嫌いじゃなかったか?お前は『狼』なんじゃ、なかったっけかー?」
ここでユーヒがにやりと笑い、からかうようにタカタカへと声をかけた。
しかしタカタカは静かに首を振り、はっきりと。
自信に満ちた声で。
「オレは、『子鼠』で、良いんだ。『子鼠』だからこそ、できることが、あるんだ!」
そう、言いきった!
「へっ!」
「............」
その言葉を聞いてユーヒは嬉しそうに笑い、ギシは無言で涙をぬぐった。
鉄面皮のイジョーキスの口元も、微かにゆるんでいる。
「言うじゃねぇか!」
「男をあげたな、タカタカ!」
「絶対に姫さん、助け出してやろうぜ!」
ヌーイ、ルサ、リットも嬉しそうに笑いながら、騒ぎ立てた。
「と、とにかくっ!」
船内の暖かな空気が少し恥ずかしくなったのか、タカタカは顔を赤らめながら場を仕切りなおし、これからの行程についての再確認を始めた。
「この後、当機は少し迂回してから、他の貨物船に紛れてネバーフォールの第三発着場に着陸するよ!ギシじいちゃんは、そこで留守番!それ以外の皆は、イジョーキスさんの案内に従って、エアを助けに行くんだ!異議ありますか!?」
「異議なーし!」
「それじゃあ、頑張ろう......皆の健闘を、祈る!」
「「「まかせとけ、船長ーーーッ!!」」」
「船長はワシじゃ、バカ者どもがーーーッ!」
わいわいと騒がしい船内に背を向けて、改めて舵輪を強く握りしめながら、タカタカは前方を睨みつける。
エセレム大霧海の上に浮かびながら、古より悠久の時を刻んできたネバーフォールの巨大な姿が、徐々に徐々に、タカタカたちに迫ってくる。
ごくり。
タカタカは思わず、喉を鳴らす。
しかし、その威容も、タカタカの熱い心を折ることはなかった。
絶対に、エアを助ける。
その一心で、タカタカは前に前にと、進み続けた。
彼らの挑戦が、一体どのような結末を迎えるのか?
そんな未来のことなど、当然、彼らは知らない。
しかし、だからと言って逃げ出したいと思う者は......この子鼠号の中には、誰一人としていなかったのだ!
◇ ◇ ◇
さて。
『未来のことなど、彼らは知らない』。
先ほど、そう述べたが。
彼らには他にも、知らないことがあった。
それは。
「............」
今、この時、子鼠号の船底に!
黒髪黒目の少女......即ち、エミー・ルーンが!
まるで、フナムシのように、ぺったりと!
はりついているという、事実だった......!
飛空艇!
天空王国!
そして(人型をした)異種族!
間違いない......これはファンタジーだ!




