445 私の近況報告
私、エミー・ルーンがエセレム大霧海に飛ばされてから、半年ほど経った。
この半年は......今振り返ってみたら、概ね穏やかに過ごせた半年だったと思う。
<え、穏やか......?>
いや、オマケ様、そこそこ穏やかだったでしょ?
そりゃあ、初めの内こそ、なんかしゃべれるっぽいコブダイとか、やたらとでかいサザエとか、そういう生き物たちとの軋轢はあったけどさ。
その後は私、静かに過ごしてたじゃないの。
<ああ、まあ、はい、そうですね......当初に出会った、何故か復活していた災厄ヒュミダファイの印象が強すぎたもので>
まあ、確かにあれのインパクトは強かったけどね。
でもあのサザエ、土の中に潜って眠り始めてからは、もうただの魔力発生装置だったよね。
<あなた、ヒュミダファイの殻の先の穴に口をつけて、あれが放出する霧を直吸いしてましたもんね......>
ずっとね。
おかげさまで、魔力補充もばっちりで、空腹感もほぼ治まった。
ちょっとコブダイたちにも情が湧いちゃったことだし、これ以上あれらを殺さずに済んで、本当に良かったと思ってます。
で、だ。
とにかく平穏に半年間過ごした私だったんだけど、空腹感が治まるにつれ、だんだんと退屈を感じるようになってきた。
だから私がまず行ったのは、一応人類の未踏地帯扱いされているらしい、このエセレム大霧海の底の探検だ。
だけど......何分私、体力が有り余っているもので。
あっという間にその探検も、終了してしまったのだ。
どこを歩いても、ほとんど景色は変わらないしね。
霧、霧、霧......どこまで行っても、青い霧!
たまにぼろい遺跡があったり川が流れていたりしたけど、まあ、それだけだよね。
あのサザエみたいな危険生物もおらず、探検というか、結局はただのお散歩でしかなかったよね。
<襲い来る数百匹のサメの群れとか三つ首の巨大ヤツメウナギとかをなぎ倒していたあれが、お散歩ですか......?>
だけどこのお散歩、得るものがなかったわけじゃない。
エセレム大霧海の北部をお散歩している時に......私、気づいちゃったんだよね。
なんだか......人間の匂いがすることに。
で、オマケ様に聞いてみたら、エセレム大霧海周辺にも、ちゃんと人が住んでいるんだっていう事実を明かされたわけ!
なんでも、霧の海の上に頭を出している台地がいくつもあって、人々はそこで生活しており......さらにその人たちは『ネバーフォール天空王国』という空を飛ぶ国の支配下にあるんだって!
なにそれ!?
天空王国!?
なにその、おもしろそうな響き!?
なんでオマケ様、もっと早くにそのことを、教えてくれなかったの!?
まあ、その時はオマケ様とも、ちょっとケンカしたよね。
大霧海の底の探検なんて、どうでも良いだろって。
天空王国のこと、もっと早く教えろって。
<仕方ないじゃないですか。天空王国のことは、私はこれまで異世界転生配信で何度か視たことありましたけど、大霧海の底はないんですもの。視たことないものの方が、見たかったんですもの>
でもその結果、見るべきものは何もなかったじゃない。
<......それと、あの時点ではエミー、あなたまだ、ちょっとお腹空いていたじゃないですか。あの状態で人里に行けば、あなた、絶対襲ってましたよ、人間。それは嫌なんでしょう?>
むむ......。
<台地にある、とある村......この村では最近、夜が来るたびに、一人、また一人と村の住民が消えていく......その犯人は......肩から触手を生やした、少女の形をした何か......!!>
いや、なにその想定!?
ってか、『少女の形をした何か』ってなんだよ!
私は人間だよ!
<え、本気で言ってます?>
『え』って何さ、『え』って!?
私、明らかに人間から生まれてきたじゃないのさ!
つまり、人間以外の何者でもないでしょうが!
<............>
それと、私なら毎晩一人ずつ殺すとか、そういうまどろっこしいことしないから。
やるなら一夜で皆殺しにして、全部食べるから。
<なるほど、色々と流儀があるのですね>
そうだよ!
......うん?
なんだか、話の着地点がおかしい気もするけど、まあ良いや。
とにかく、ですよ。
私は、天空王国のことを、知った。
そしてそれから少し時が経ち、今や空腹感もさらに、治まっている。
と、なれば。
私がするべきことは、何か?
......そう!
観光だッ!!!
◇ ◇ ◇
そんなわけで、私は霧の海に垂直にそびえたつ壁を、【紙魚】を使ってペタペタと登っていた。
登れば登るほど強くなる、人間の匂い。
おそらくこの壁の上は台地となっており、人間の集落が存在しているんだろう。
楽しみだなぁ。
<でも、エミー、気配を消してこっそり観察するだけに、しましょうね>
まあ私、黒髪黒目だからね......。
どうせ嫌われちゃうんだし、それが妥当だね。
わかってるよ。
そんな風に、オマケ様とおしゃべりを続けていた......その時だった!
パララ、パララ、パララ......。
私のスーパー聴覚が、風の音に混じって響く、そんな聞き慣れない音を拾ったのは!
慌てて壁を駆け登り、霧の海から顔をだす。
すると、遠くの方に小さく。
霧をかき分けるようにして進む、鉄の塊が見えたのだ!
<あ!エミー、ずいぶんと小型ですが、飛空艇ですよ!飛空艇が飛んでいます!>
そう......このエセレム大霧海、北部上空には結構、ああいう飛空艇が飛んでいるんだ!
これまでも、遠巻きにちらっと見たことがあったので、それは私も知っていた。
何せこのあたりを支配しているのは、宙に浮かぶ『ネバーフォール天空王国』。
空飛ぶ乗り物がなければ、やっていけないもんね。
<飛空艇は超古代魔導文明時代に開発されたものであり、現在その製造及び使用は、神々によってある程度制限されていますが......エセレム大霧海周辺は特区扱いをされており、脈々と造船及び操縦技術が受け継がれているのです>
へー。
飛空艇って、なんで神々に制限かけられてるの?
<神々の利権争いとか、文明の発展阻害とか、理由は色々です。先ほど言ったようにこの周辺は例外ですし、さらにこの幻想大陸に限ってみれば、そこそこ飛んではいますけどね>
ふーん......?
ま、良いけど。
それにしてもさ、オマケ様。
<はい>
あの小さな飛空艇さ。
<はい>
鼠みたいな形で......おいしそうだよね。
ぐうう......。
あ、お腹鳴っちゃった。
<うーん、どうでしょう、同意しかねますが>
えー......?
あ、でも。
この気持ちには、オマケ様も同意してくれると思う。
......飛空艇、乗ってみたいよね......?
<......乗ってみたいですね......>
......よし。
私は近くにあった丈夫そうな岩の出っ張りにぴょんと跳び移ると、そこでまずは屈伸運動。
そして遠くを飛ぶ、鼠型の小さな飛空艇をじっと見つめ。
ぐぐっと......足に力と魔力をこめてから......。
跳躍した!
私の体はまるで砲弾のような勢いで山なりの放物線を描き、ぐんぐんと飛空艇との距離をつめていく!
でも......!
<あっ!目測を誤りましたね!?このままだと飛空艇を跳び越えて、またしても大霧海の底に真っ逆さまですよ!?>
ちょっと気合を入れて、ジャンプしすぎちゃったみたい!
でも、大丈夫。
私は飛空艇の上を横切るそのタイミングで、肩から【黒触手】を伸ばし......それを飛空艇に巻きつけた!
そしてそれから体を引き寄せて......飛空艇の船底に、ぺたりとはりついた。
無事、乗船成功!
<ふー......ドキドキしましたね!今の、もう一回やりませんか?>
機会があればね。
そんなことよりも、どうですかオマケ様、乗れたよ飛空艇!
<はい!エミー、乗り心地はどうですか?>
うーん、顔に霧と風がめっちゃあたって、寒いかな。
あと、椅子が欲しい。
<まあ、船底にはりついている状態ですからね......それは致し方ないことかと>
そんなことをしゃべりながら、しばらく私とオマケ様は、じっと飛空艇の船底にはりついていた。
でも船底はずっと霧の中だから景色もわからないし、そろそろ飽きてきたなと感じた、ちょうどその時。
鼠型の飛空艇が、ふわりとその高度をあげたのだ。
すると、私の視界に美しい青空がいっぱいに広がった!
<おお......!>
そしてその青空の中心には、巨大な何かが浮かんでいた!
良く見るとそれは、白い岩を積みあげてできた、町のような姿をしていた。
その中央には、立派なお城がそびえたっている。
もしかして、あれが......。
<そう、あれが、天空王国!『ネバーフォール天空王国』です!>
なるほど、あれが。
......ふふふ。
やる気が、高まってきた。
思わず、鎧の隙間からぶしゅうと、どす黒い靄も噴き出す。
ふふふ。
ふふふふふふ!
まっていろよ、天空王国!
思う存分......観光しつくしてくれるわッ!!




