443 霧底世界のエピローグ
さて......時は災厄ヒュミダファイが再封印された、その直後に遡る。
災厄が封じられた禁足地から、少し離れたエセレム大霧海の上空に。
霧の海から体の上半分を露出させ、日の光を浴びながら宙を泳ぐ......超巨大なコブダイの姿があった。
白色の鱗を神々しく煌めかせるそのコブダイの名前は、ゴッドコブ。
コブダイたちの“神”であり......エセレム大霧海にて悠久の時を生き続ける、伝説的存在である。
(全く......忌々しいなッ!!)
そのゴッドコブであるが......この時彼は、非常に苛立っていた。
何故か?
ゴッドコブは、コブダイ神話においては、ヒュミダファイが目覚めた場合、それを倒す役目帯びているとされる。
つまり......コブダロックによって封印が解かれてしまった現状に、苛立っているのか?
そう考えるのが......普通の思考であろう。
しかし、違う。
真実は、その真逆だ。
(せっかく、封印が解けたってのになッ!?なんで、すぐに再封印なんか、されてんだかなッ!?)
......この超巨大コブダイは、災厄の封印が解かれたことではなく......災厄が再封印されたことにこそ、怒りを感じているのだ!
(ようやく......ようやくだったのになッ!黒コブのバカをそそのかして、長い時間をかけて災厄を掘り起こし、ようやく封印を解かせたってのになッ!この私の計画が......これで全て水の泡だなッ!!)
そう......この、心の声を聴いてわかる通り。
この度の騒動......黒幕は、このコブダイなのだ!
黒コブ族を裏から操り、災厄ヒュミダファイを目覚めさせた張本人!
それは......浮遊コブダイ族たちの神、ゴッドコブであったのだ!
しかし、何故?
何故、災厄の封印を維持すべきゴッドコブが、それを逆に解かせるという暴挙を働いたのか?
それを理解するには......この超巨大コブダイについて、より詳細を、知らねばならない。
◇ ◇ ◇
そもそも浮遊魚とは、この世界においては、元は超古代魔導文明の時代に、人間たちによって作り出された魔導生物だ。
ゴッドコブも、そうだった。
彼は超古代魔導文明末期の時代に、会話が楽しめる高知能ペットとして開発されたコブダイたちの内の、一匹であった。
ただし......ロールアウト前に、人間たちの文明はすっかり滅んでしまったが。
彼は水槽の中に仲間の高知能浮遊コブダイたちと共にとり残され......徐々に彼らの水槽がある研究所に近づくヒュミダファイの体から逃れる術もなく、ただ、死を待つだけの状態にあった。
しかし、そこに、現れたのだ。
文字通り......救いの神が。
現れた神々は、二柱。
一柱は、魚神ウオギョットを名乗る神だった。
宙を泳ぎ、平らで、三角形の形をした、美しいヒレと縞模様を持つ、小さな魚の姿をしていた。
もう一柱は、封神エエを名乗る神だった。
忌々しい人間の姿を模しており、全身に縄や布をぐるぐると巻きつけるという異様な恰好をしていた。
彼らは言った。
『君たちの中に......守護聖獣になりたい者は、いないか』と。
今、この大陸では、神々がヒュミダファイと名付けた災厄が暴れている。
神々は、この災厄を地の底に封印するつもりである。
しかし事情があり、その封印は弱めの物にせざるを得ない。
ヒュミダファイの力を完全に、全て封じてしまうわけにはいかないから。
だからこれから長い間、神々の代わりに、封印の様子を見張り、いざという時には災厄と戦って時間稼ぎをする......守護聖獣となってくれる存在を探しているのだ。
神々の話は、要約するとこういう内容であった。
ゴッドコブはその話を聞き、すぐにヒレをあげた。
自分が、守護聖獣になりたいと。
仲間のコブダイたちは皆、神を前にして委縮し、震えるばかりで何か話そうともしない。
それは、とても愚かなことだと、ゴッドコブは思った。
これは、とてつもないチャンスであるとも、思った。
だって、守護聖獣になれば、老いることがないらしいのだ!
ずっと......ずっと、生きていられるのだ!
そんなうまい話、逃すわけにはいかないだろう!?
ゴッドコブは、人間どもの実験のせいで死んでいった仲間たちの姿を、よく覚えていた。
自分は、ああなりたくない。
死にたくない。
心底、そう思っていた。
<<<おお、素晴らしい!あなたのような献身的な魚に出会えたこと、嬉しく思います!>>>
魚神ウオギョットはころころと笑いながら、かわいらしい声でそう言った。
神様に褒められて、ゴッドコブは嬉しくなった!
「でも、ちょっと待ちたまえヨ、お魚くん。答えは、一旦冷静になってから出すべきだナ。これ、決して良い話ばかりでは、ないんだからサ」
しかし、忌々しい人間型の封神エエは、布に隠されその表情はうかがえないが......明らかに気乗りしていなさそうな声で、そう言った。
ゴッドコブはそれを、『魚類が守護聖獣という優れた存在になることを、人間型のこの神は、妬んでいるのだ』と判断した。
自然に、何の疑いもなくそう思ってしまうほど、ゴッドコブは人間が嫌いだった。
ともかく、ゴッドコブは封神エエの忠告など無視して、その場で魚神ウオギョットより力を授かり、不老の守護聖獣となった。
そして、その後すぐに封神エエが災厄ヒュミダファイに封印を施したので、仲間たちと共に封印の地......今で言うところのエセレム大霧海へと移動し、そこで生活を開始したのだ。
この生活は......ゴッドコブにとって、とても満足のいくものだった。
狭い水槽から逃れて、自由に宙を泳ぎ回る日々は、素晴らしかった。
そのうえ不老の存在となり、死の恐怖からも解放された。
守護聖獣となったゴッドコブは魔力さえ吸っていれば生きていられたので、慣れない狩りに苦労して飢えに苦しむ仲間たちとは異なり、いつだって満ち足りていた。
しかも災厄は地中深くに封じられており、いくら弱めの封印とは言え、わざわざ掘り起こさなければそれが解かれることもない。
つまり守護聖獣としての仕事など、あってないようなものだった。
この頃は......ゴッドコブは、本当に最高の毎日を過ごしていると感じていた。
もちろん、水槽時代からの仲間たちとの死別は、それなりに寂しかったが......。
思っていた程の辛さは、なかった。
だって、自分は守護聖獣なのだから。
連中とは、格が違うのだ。
上位存在が、いちいち取るに足らない連中の死に、涙を流すわけがないのだ。
もともとの仲間たちが全て死に、その何代か後の子孫たちが増え始めた頃には、ゴッドコブはコブダイたちの“神”としてふるまい始めた。
この世界における神とは世界の運営に携わる者たちであるので......彼は正確には神ではなく、正しくは“亜神”とでも言うべき存在であったのだが......。
コブダイたちから信仰の力を受け取り始めてからは、彼は本気で自分のことを、“コブダイの神”であるのだと誤認し始めた。
己は、守護聖獣から神へと、昇神したのだ!
そう、勘違いし始めた。
すると、ゴッドコブは徐々に、日々の生活に不満を抱き始める。
彼は、例え彼自身が忘れてしまったとしても、結局は守護聖獣である。
いくつかの枷を課せられた上での、限定的な不老存在である。
その枷の一つが、行動範囲の限定だ。
彼は災厄ヒュミダファイの封印を見張ることを目的として、守護聖獣に任じられている。
故に、ヒュミダファイから離れて行動することができない。
具体的に言えば、エセレム大霧海の外には、どう頑張っても出ることができなかった。
柱に散歩紐で縛られた、犬のようなものだった。
それが......たまらなく退屈で、嫌だった。
もっと、自由が欲しい!
これでは、水槽の中で飼育されていたあの頃と、何も変わらない!
そう思った。
その頃にはゴッドコブの体もかなり大きくなっており、他の浮遊コブダイ族と一緒に生活ができなくなっていたことも、彼の退屈に拍車をかけた。
まあ、己は神であるので。
下位存在と会話するなど、汚らわしくてやってられない。
そんなことを思い、自ら他の浮遊コブダイ族から離れていった側面も、大きいのだが。
とにかく、退屈だった。
毎日毎日、エセレム大霧海を周回すること以外に、やることがない。
ゴッドコブは次第に、自死すら願い始めた。
しかしそれは、許されなかった。
それも、守護聖獣として課せられた枷の一つだ。
ああ、なんで自分はこんな目にあっているんだ。
自ら希望して守護聖獣になったことなどすっかり忘れて。
封神エエから忠告を受けていたこともすっかり忘れて。
ゴッドコブは、己の不幸な境遇を嘆いた。
退屈を、嘆いて、嘆いて、嘆いて。
嘆いているうちに、五千年近くの時が流れた。
そして、ある時。
ゴッドコブの脳内に、とある素晴らしいアイデアが閃いた。
そうだ......災厄の封印を、解いてしまえば良いんだ......と!
ゴッドコブの行動は、どうやら災厄の所在を基点として制限されている。
ならば封印を解き、災厄が自由に動けるようになれば、己もある程度の自由を、確保できるようになる!
どうしてこの事実に、これまで気づかなかったんだろう!?
きっと封神エエが、怪しげな術で己の思考に制限をかけていたのだろう。
おのれ、封神!
しかし、今やその制限は取り払われた。
今こそ、行動の時!
そう考えたゴッドコブは自ら災厄を掘り起こそうとしたものの、守護聖獣としての枷に阻まれ、そのような行動をとることはできなかった。
やろうとすると、体が固まるのだ。
しかし、ゴッドコブは諦めない。
自分でできないなら、別の者にやらせれば良い。
己へ信仰を捧げてくる浮遊コブダイ族のことを思い出したゴッドコブは、目についた一匹の黒いコブダイをそそのかした。
災厄を解き放て、と。
それを制御する術があるのだ、と。
ウミを見たくはないか、と。
かくして、災厄は掘り起こされた。
封印は、解かれた。
ゴッドコブは、自由を手に入れた。
......そのはず、だったのに!
◇ ◇ ◇
(ああああああッ!!クソッ!!クソクソクソクソオーーーーーーッ!!)
ようやく手に入れるはずだった、自由!
それを目前にして計画は失敗し、“愚かな”一匹のコブダイによって、災厄は再び封印された。
ゴッドコブの気分は、最悪だった。
怒りで体が沸騰しそうだ!
(あのコブダイ......そしてあの人間も!絶対に許すわけには、いかないなッ!!)
ゴッドコブは悠久の時を経て優れた感知能力を獲得しており、災厄を再封印したのが赤コブ族の族長と、このところ大霧海をうろちょろしているわけのわからぬ人間であるということは、既に察知していた。
(殺してやる......絶対に、殺してやるからなッ!!)
激しく歯ぎしりの音を鳴らしながら、ゴッドコブはそう、かたく心に誓った!
(叩き潰してやるかな......いや、噛みちぎってやるかなッ!バラバラに、引き裂いてやるんだからなッ!!)
ゴッドコブの頭の中に、対象の凄惨な殺害方法が次々に浮かびあがる!
彼はこの時、まったくもって、冷静ではなかった。
怒りにのまれ、周囲の警戒を、怠っていた。
まあ、この五千年間、このエセレム大霧海において、彼に敵などいなかったのだ。
故に、慢心が生まれることも、致し方なしといった側面も、あるのだが。
とにかく、その慢心が......命とりだった。
ドスッ!!!
次の瞬間。
ゴッドコブの体の右側面に、凄まじい衝撃が加わった。
彼の巨体がくの字に折れ、少し左方向に押し出される程の衝撃だ。
そして遅れて、鋭い痛みが走る。
(......えッ!?)
慌てて目玉をぎょろりと動かすと......彼の美しい白色の鱗を貫き。
彼の体に。
......どす黒い、巨大な銛のようなものが、突き刺さっていた。
(い、痛いなッ!?これは......何なのかなッ!?)
その銛は、どうやらエセレム大霧海にいくつも屹立する......霧の海の上まで顔を出す程の高さの、石柱の内の一つから放たれたものであるらしい。
何故それがわかるのかと言えば、その銛のゴッドコブに刺さっている箇所と反対側の部分からは、これまたどす黒い紐のようなものが伸びており、その紐の行きつく先が石柱であったからだ。
(誰かなッ!?許さないぞ、神である私に対して、こんなことをッ!!不敬だなッ!?痛い、痛いなッ!?)
ゴッドコブは混乱し、心の中で悪態をついた。
しかし【念話】を使って、声をあげたりはしなかった。
このところ、そそのかした黒いコブダイを除けば、誰とも会話などしていなかったので......とっさにそういうことをしようとは、思わなかったからだ。
(ふざけるなッ!?痛いなッ!?不敬だなッ!?誰かなッ!?)
ビチビチッ!!
ビチビチビチッ!!
そしてゴッドコブは混乱しながらも、その銛を体から抜こうと、必死になって体をくねらせて暴れた。
しかし、だめだ。
このどす黒い銛の先端に形成されている邪悪なかえしが、暴れるほどゴッドコブの肉に食いこんで、離れない!
(あああああああーーーーーーッ!!!)
ゴッドコブは怒りと痛みのあまり、心の中で絶叫した!
(あ?)
しかしその絶叫、すぐに止まる。
シュルシュル、シュルシュルと。
銛の先に伸びた紐が、どんどん縮んで。
紐の先にいる、石柱の影に潜んでいた存在。
つまり、この邪悪な銛をぶん投げて、ゴッドコブを傷つけた犯人が。
凄まじい速さで、ゴッドコブに引き寄せられてくるのが、見えたからだ。
(あ)
それは、二本の脚と二本の腕を持ち、頭部から黒い毛を伸ばした、黒い瞳を持つ生物だった。
その、どちらかと言えば細身で小さな体は、トゲトゲとしたどす黒い鱗(とっさのことなので、ゴッドコブも、そのように認識した)によって覆われ、その鱗の隙間から漏れ出る蒸気のようなどす黒い靄が、青空と青い霧の間に、彼女の移動の軌跡を描きあげていた。
つまり、それは......。
先ほどゴッドコブが、殺してやると誓った片割れの、人間だった!
(あ......!?)
ゴッドコブの優れた視力は、凄まじい速度で己の体に引き寄せられてくるその人間の詳細な様子について、つぶさに把握することができた。
その人間の目は血走り、口からはよだれがあふれ、それが宙を舞い日の光を浴びて、きらきらと輝いていた!
ゴッドコブの優れた聴力は、その人間が発する“鳴き声”も、しっかりと認識することができた。
ぐぐぐぐぐぐぐうううううーーーーーーッ!
人間は腹のあたりから、大音量でそんな鳴き声を発し続けていた!
ゴッドコブの優れた知能は、その鳴き声の意味すらも、しっかりと理解することができた。
そう、つまり、あの人間は。
......腹を、空かせている!
(あ、ああ、ああああああッ!?)
生まれてこのかた五千年間、一度も味わったことのない本能的恐怖を感じたゴッドコブは、銛から逃れようと、さらに激しく暴れた!
ビチビチッ!!
ビチビチビチッ!!
しかし、だめだッ!!
かえしがッ!!
銛のかえしが、肉に食いこんで抜けないッ!!
神なのにッ!!
己は、神なのにッ!!
かえしを......!!
かえし一つを、どうすることも、できないッ!!
(嫌だッ......!!)
そしてついに人間は、ゴッドコブの体へと、到達した。
さらにどうやっているのか、重力などすっかり無視して、つるつると滑らかなゴッドコブの鱗にはりついた。
(死にたくないッ!!助けてッ!!)
ゴッドコブは必死になって、祈った!!
誰かに!!
しかしその祈り、残念ながら誰にも届くことは、なかった。
ゴッドコブにはりついた人間はおもむろにその腕を彼の鱗に突き刺すと、まるでそれを柔らかい紙か何かのように斬り裂いてしまった。
そして現れるは、ところどころ桃色がかった、美しい白。
くせの無い淡白な味が予想される、艶めく肉質。
「............」
人間は。
エミー・ルーンは。
その美しい肉を見て一度、ごくりと唾を飲みこむと。
......思いきりそれにかぶりつき、捕食を開始した!
(あああああああーーーーーーッ!!!)
ゴッドコブがどれだけ暴れても、エミーはその体から、決して離れることはなかった。
つまりは、この日が。
エセレム大霧海上空を悠然と泳ぐ、超巨大コブダイ。
そんな光景を見られた、最後の日であったのだ。
主人公、登場!!
......したところで、第19章はおしまいです。
お楽しみいただけたでしょうか?
せっかく第2部が始まったというのに、唐突にコブダイたちの物語が繰り広げられ、困惑された方も多かったことでしょう。
それでもここまで読み進めていただき、本当にありがとうございます!
もし私が読者なら、「おい、なんだこの展開は、ふざけんな!もっと主人公をだせ!」と文句の一つも言いたくなったかもしれません。
やっぱり、「主人公の活躍を読みたい!」っていうのは、物語を読み進めるための大きなモチベーションだと思いますからね。
長々と脇役(しかも初登場)視点のお話が続くというのは、作者的にはなかなかリスキーな選択ではないかと思うわけです。
それでも、紆余曲折を経て、気づけばこういう形になっていたんだなぁ。
『オマケの転生者』全体で見れば、それなりに特徴的な章にはなったかなと思うので、そこは良かったです。
「突然来襲する、理不尽なバケモノ役」をエミーにやってもらったという、そんな章でした。
さて、次章については、一部分を除いて、しっかりエミーが主役をやってくれるエピソードだと思います。
本章とはまた雰囲気を変えた、どちらかと言えば笑える章にしたいと考えています。
準備が整いましたら投稿いたしますので、お待ちいただきたく存じます。
それでは、また第20章でお会いしましょう!




