442 最後のコブダイ戦争
前話の最後の部分に、少しだけ書き足しています。
ご了承ください。
<<<......む>>>
さらりと風が頬をなでるのを感じて、コブダリオンは意識を覚醒させた。
そしてゆっくりと、その瞳を開く。
すると視界に入るのは、エセレム大霧海の日常的な風景。
即ち、あたり一面の霧だ。
ここは、“旧”赤コブ族の里を見下ろせる、彼のお気に入りの高台であるが......今は、残念ながら、その美しい風景を楽しむことはできない。
<<<目、覚めた?>>>
するとクスクスという笑いと共に、横からそんな声が聞こえた。
ちらりと目をやると、そこにいたのはコブダローズ。
あの戦争に参加した戦士であったコブダイであり......今ではコブダリオンの、生涯の伴侶だ。
そのコブは、戦争後すっかり縮んで小さくなってしまい......彼、いや彼女は、今ではすっかり女性に戻っていた。
浮遊コブダイ族の長い歴史の中で、男性から女性へと性転換を果たした例は少ない。
その原因は不明だ。
しかしながら、コブダローズは。
......コブダリオンも。
この結末に、とやかく言うことはなかった。
それは二匹共が、望んでいたことで、あったが故に。
<<<“大族長”様が、さぼって居眠りかしら?ふふふ、良いご身分よね>>>
<<<......ふん>>>
妻に、からかいまじりに居眠りを咎められ、コブダリオンはばつが悪そうに鼻を鳴らした。
コブダリオンはあの戦争後、目に見えて力が落ち、睡眠時間が増加した。
しかしそれでもなお彼は強かったし、何より彼は災厄と戦って生き残り......さらにはその災厄の再封印を果たした、英雄だった。
故に、戦争後、彼に与えられた役割は、“大族長”。
彼は赤、青、黒......それまで争っていた全ての色の浮遊コブダイ族たちをまとめあげる長へと、成長していたのだ。
<<<......夢を、みていた>>>
<<<夢?>>>
<<<“最後のコブダイ戦争”の、夢だ>>>
一つ大きくあくびをしてから、コブダリオンはぽつりとそう、つぶやいた。
そしてぼんやりと、再度あの戦争の結末について、記憶の整理を始めた。
◇ ◇ ◇
あの戦争の、最後。
バケモノと協力したコブダリオンが、封印ヒトデを災厄ヒュミダファイに押しつけた、次の瞬間。
封印ヒトデは突如として激しく発光を始めた。
それと同時に、ヒトデの裏側から布、そして縄がまるで植物の蔓のようにぐんぐんと伸び始め、岩山のごときヒュミダファイの殻に、ぐるぐると巻きつき始めた。
「「「ブシュウウウウウッ!?」」」
それが苦痛だったのか、そうでないのか......表情のない超巨大サザエから読み取ることは、できなかったが。
とにかくヒュミダファイは、慌てたように殻の先から空気を噴き出し、そして。
大穴の底全面に伸ばし広げていたその体を、まるで時を巻き戻すかのような動きで、あっという間に殻の中に引っこめてしまった。
ズズズ、ズズズ、ズズズズズズ......。
そしてヒュミダファイは、そんな轟音と土煙をあげながら、地面の中へと深く深く、潜り始めた。
しばらくすると、そびえたつ岩山のような威容を誇っていたヒュミダファイは、その殻の先端をわずかばかり地上に残すような姿となり......そこから音を立てて、霧を噴き出し始めた。
それは即ち、この災厄が再び眠りにつき、封印前の状態に戻ったということであり......それを確認したコブダリオンは緊張の糸が切れ、意識を失った。
その後コブダリオンは、先に目を覚まして彼を探しに来たコブダローズによって救助され、禁足地を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
本当に、大変な戦いだった。
しかしコブダリオンとコブダローズの戦いは、それだけでは終わらなかった。
災厄の、再封印は果たした。
しかし、このエセレム大霧海には、コブダイたちを狙う巨大で危険な生物がたくさんいる。
だというのに、この度の戦争で、里の防衛を担う戦士たちが、極端に少なくなってしまったのだ。
特に、黒コブ族は酷い有様だった。
コブダロックはあの戦争に、戦えるほぼ全ての戦士を投入していたらしく......コブダリオンたちが禁足地を出て、黒コブ族の里の近くを通りかかった時には......多くの戦えない女性や子どもたちが、里に襲来した巨大なサメの餌食となっていた。
ボロボロの体でありながらもサメと戦いそれを助けたのが、コブダリオンの“大族長”としての歩みの始まりとなった。
黒コブ族の生き残りを引き連れて赤コブ族の里へと帰還したコブダリオンは、そこで、体色にこだわらない、新たな里の運営を始めた。
もう、ほとんど戦士はいないのだ。
もはや、部族間で争っている場合ではない。
コブダイたち全てが、互いに協力しなければ生き残れない。
そういう時代が、やってきたのだ。
青コブ族も、その後すぐに少数の戦士が子どもたちを引き連れ、コブダリオンたちに合流した。
コブダクレバは、『もし己もコブダロックも滅んだ場合は、すぐにコブダリオンのもとにつくように』と、生き残り青コブ戦士たちに、厳命していたらしい。
それは、赤青コブダイ会談が終わった、すぐ後のことであったという。
その後も紆余曲折はあったが、幸いなことにコブダリオンの......“コブダイの里”のコブダイたちは、無事に生活を続けている。
コブダイどうしの争いのない、平和な生活を。
◇ ◇ ◇
<<<............>>>
しばらく沈黙して、これまでの道程を思い返していたコブダリオンの体を、今度は強い風が揺さぶった。
びゅう、と音を立てて吹いたその風は、周囲の霧を吹き飛ばして......眼下に広がる現在の里の様子をあらわにした。
そこでは、様々な色をした子どもたちが、一緒になって遊んでいた!
未だにぎこちなさは残るが......新たに生まれた若き戦士たちが、色に関係なくヒレをとりあい、里を守るべく周囲を警戒している!
それを見てコブダリオンは......険しい顔つきをした。
<<<何よ、その顔?平和で、素敵な光景じゃない?>>>
コブダローズが口を尖らせる。
<<<もちろん、そう思う>>>
コブダリオンが、険しい顔つきのままつぶやく。
<<<だからこそ、怖い。この平和を失うのが、怖い。オレが......大族長として、この平和を守っていかなければならないのが......たまらなく、怖い>>>
<<<............>>>
<<<前も言ったろ?『オレは強いコブダイを演じているだけだ』って。本当は......コブダリオンは、臆病者の、弱虫なのさ>>>
その独白を聞いて、コブダローズは。
<<<ふふ>>>
そう声を漏らして、優しく笑いながら。
<<<『本当は弱い』って自覚しながらも、それでもあんたは、大族長として戦い続けている。それができるあんたは......間違いなく、強いコブダイだよ>>>
コブダリオンに寄り添い。
<<<私が保証する!>>>
そう、力強く断定した!
<<<そうか......お前が保証してくれるか、コブダローズ!ははは、ならば、間違いはないな!>>>
コブダリオンはその言葉を聞いて顔を綻ばせ、大きな声で笑ってから空を見あげた。
そこに、彼らが神ゴッドコブの魚影はない。
あの戦争の後......ゴッドコブは、すっかりその姿を現さなくなった。
無事に災厄が再封印されたことで、彼の神の役割はひとまずなくなったので、神の世界に戻ってその身を休めているのだ。
そのように、コブダイの里では推測されている。
また、姿を見せないと言えば、あの二足歩行のバケモノも、コブダイたちの前には姿を現さなくなった。
ヒュミダファイの再封印後、コブダローズがコブダリオンのもとにたどり着いたその時には、既にバケモノはその姿を消していたらしい。
時折、岩陰から恐ろしい気配を感じることがあり......もしかしたらその時彼女は、そこに潜んでいたのかもしれないが......。
とにかくあの戦争以降、あのバケモノに襲われたコブダイはいない。
それでもその恐怖は未だに残っており、今では子どもたちは『悪いことをすると、二足歩行の黒いバケモノが現れて、頭からバリバリと食べられてしまうぞ』と脅されながら躾けられている。
ともかく。
戦争の時代は、終わった。
これからは、平和の時代だ。
しかしながら、平和を守ることも、コブダリオンにとっては戦いである。
これからも、己は戦い続けていくのだ。
戦士として。
愛するものを......守り続けるために。
再び霧に包まれていくコブダイの里を眺めながら、コブダリオンはそう決意を新たにして、その瞳に闘志を燃やした。
その顔つきを見て顔を赤く染めながら、コブダローズは。
<<<さ、休憩は、おしまいよ!>>>
そう言って、コブダリオンのことを尻尾でバシンと叩き。
<<<まずは勝手に抜け出してさぼっていたこと......皆に謝ってね!>>>
にこやかに笑いながら、そう言うのだった。
<<<............一緒に、謝ってくれない......?>>>
<<<嫌よ!>>>
もう少しだけ、続きがあります。




