436 “人間性”
......それは、赤青コブダイ連合軍が休憩地点を去ってから、しばらく経った後のことだ。
コブダローズの決死の体当たりで崩れた、崖の残骸......岩石の山が、ガタリと震えたかと思うと、次の瞬間。
ドオオンッ!!
そう、轟音を鳴らしながら、爆発が起きたかのような勢いで、吹き飛んだのだ!
「............」
霧に混じりもうもうと土煙が立ちこめる中、ゆっくりと爆心地から進み出てきたのは、旅人エミー・ルーンである。
そのどす黒い鎧や白く美しい肌には傷跡一つ残っていない。
結局のところ、コブダローズの体当たりは、隙をついてエミーに一撃を与え時間稼ぎには成功したものの、特筆すべきダメージを与えるまでには、至らなかったのだ。
さて、自分の上に降り積もった岩石から解放された彼女は、首や肩をぐるぐると回してから、頭や肩の上の土埃を払い......その右手に掴んだ獲物をぷらりと持ちあげて、じっと見つめた。
その獲物とは......群れのためにその身をはって、エミーの足止めを行った勇敢なる戦士、コブダローズである。
彼は白目をむき意識を失った状態ではあるが、まだ生きている。
今もまた、痙攣するようにその体をビチッと震わせた。
「............」
ぐううううう......。
エミーの腹が鳴る。
口からよだれがあふれ出して、たらりと一筋こぼれ落ち、ジュッと音を立てて地面を溶かした。
そして、両手でコブダローズを抱えなおしたエミーは大きく口を開け、その腹の肉あたりに思いきり、かじりつこうとした。
しかし、その時だった。
<<<ううん......コブダリオン......>>>
コブダローズが【念話】で、うわごとをつぶやいたのだ。
<<<守る......私が......コブダリオン......>>>
「............」
そのうわごとを聞いて、エミーは思わず動きを止めた。
『コブダリオン』。
その名前には、憶えがあった。
確か先ほど対峙した、でかくて少し焦げ臭いコブダイが、そう名乗っていた。
「............」
さて、どうしたものか。
エミーはひとまずコブダローズを地面におろし、顎に手を当て考えた。
この目の前のコブダイ。
敵対はしたが、別に嫌いではない。
自分の身を挺して仲間を守るなど、なかなかできることではない。
それを、目の前のコブダイがやったのだということを、彼らから漏れ聞こえてきた【念話】を把握していたエミーは、理解していた。
その上、うわごとですら仲間を気遣うのだ。
エミーにはこのコブダイが、まるで聖人君子であるかのように感じられた。
それを、ただ食欲にまかせて食べてしまうのは、いかがなものか?
エミーは悩んだ。
<いや、お腹が空いているんだから、食べましょうよ?>
エミーの魂の同居人オマケ様は、エミー以外の存在に対しては割と無慈悲なので、間髪入れずにそう進言した。
しかしエミーは、首を横に振った。
そして足元の石を拾いあげ、それをボリボリと嚙み砕き飲みこんでお腹をごまかしながら、オマケ様に頭の中で言ったのだ。
私は、獣じゃないんだよ、と。
エミーはよく、『バケモノ』と評されるだけの行動をするし、その評価にふさわしい身体性能も持っているけれども。
それが己の生き死にに直結するならばいざ知らず。
そうでもないのに。
尊いと思ったものを平気で踏みにじることができる性格を、しているわけではないのだ。
だからエミーは、本能的には目の前のコブダイを食べてしまいたいけれど、心情的には生かしておいてあげたいのだ。
なんなら、このコブダイが気にしているコブダリオンのことも、代わりに少しなら守ってやっても良いとすら思っていた。
現在彼女はラストドリーム捕食の影響で、食欲が増しに増している状況ではあるが。
このような状況は二度目であり、前回と比べれば、今の彼女は比較的理性を保てている。
それは、慣れもあるし、既に大分食べているからでもあるし、エセレム大霧海の空気中に含まれる魔力が、常時彼女に取りこまれ続けているからでもある。
とにかく、少なくとも今の彼女には、分別も見境もなく目の前の生物を殺戮するだけのバケモノに、成り下がる気はなかったのだ。
これが、数日前であれば、エミーは間違いなくコブダローズを殺して、すぐに食べていたことだろう。
だからコブダローズは、とても運が良かったのだと言える。
<でも、コブダイたちはあなたのことを、敵だと認識しています。目の前でのびているこのコブダイも、目が覚めればあなたに襲いかかってくるのでは?生かしておいて、良いのですか?>
エミーのこの考えに、オマケ様は不満そうだった。
未だにコブダローズの捕食を推奨してくる。
しかし、エミーはやはり、首を横に振った。
その時は、その時だ、と。
だって、この目の前のコブダイは相当頑張っていたけれど。
それでも、『あの程度』なのだから。
こいつらコブダイは、決して敵にはなり得ない。
エミーはそう、確信していた。
もし、また戦うことがあれば。
その時は容赦なく、皆殺しにすれば良いのだ。
だから、今は目の前の、この勇敢な戦士に免じて。
あの『連合軍』だの何だの言っていたコブダイの群れが、何と戦うつもりなのかは知らないけれど。
少しくらい、手助けしてやろうじゃないか。
そのくらいの“人間性”が、自分にもあるのだから。
そう、今後の方針を定めたエミーは、くんくんと匂いを嗅いだ。。
そして特徴的な、コブダリオンの“焦げ臭い匂い”の残り香を探り当て。
未だに意識が戻らないコブダローズをその場に置いたまま。
赤青コブダイ連合軍が向かった先へと......駆け出し始めたのだ。
◇ ◇ ◇
なお。
手助けして“やろう”。
“また敵対すれば、皆殺しにすれば良い”と、軽率に考えてしまえる、その傲慢さ。
それが果たして、まっとうな“人間性”であるのだろうか?
そんなことを指摘してくれる存在は、彼女の近くにはいない。
エミー・ルーンはどこまでも、転がり続けていく。




