435 災厄の目覚め
ズズズ、ズズズ、ズズズズズズ......!
エセレム大霧海の底を大きく揺らしながら......災厄ヒュミダファイの体が徐々に徐々に、地上へとせりあがってくる。
<<<............!>>>
ゆっくりと時間をかけてついにその全容を現したヒュミダファイの真の姿を見て、コブダリオンは思わず息をのんだ。
それは......やはり、サザエだった。
しかし、思っていた以上に、巨大な。
これまで地上に露出していた貝殻はこの災厄のほんの先端に過ぎず、その全身は岩山と見まごう程の規模を誇っていた。
「「「ブシュウウウウッ!!!」」」
完全に地上へと進み出たヒュミダファイは、殻から飛び出した多くのトゲの先から一斉に、威圧的に霧を吹きだし、そして。
その本体を、殻の下から......コブダイ戦士たちの骸に向けて、伸ばし始めた!
その速度は、遅い。
しかし巻貝としては、速い!
ゆっくりと、押し寄せる波のように、ヒュミダファイの体はどこまでも伸び広がり、コブダイ戦士たちの骸を覆い隠していく。
そしてどうやらヒュミダファイは、獲物を体で包みこんだその場で消化吸収を行えるらしく、辺り一面からはコブダイ戦士たちの骸が消化されていくジュワジュワという音が響いている。
まるで地獄のカーペットだ!
コブダリオンはその恐ろしい光景に、思わず顔を青くした。
<<<グホホーーーッ!これはすげえーーーッ!>>>
一方で、生き残りの黒コブ戦士たちは大喜びだ。
族長コブダロックの作戦が完全に成功し、黒コブ族はヒュミダファイという超戦力を得た。
これで全ては思いのまま。
コブダイも、タコも、サメも!
全ては、黒コブ族にひれ伏すのだ!
黒コブ戦士たちはコブダロックを真似て下品に笑いながら、戦士たちの骸がジュワジュワ溶かされていく音を背景に、勝利のコブダイ舞踊を踊った!
しかし、次の瞬間だった!
ビュンッ!!
そんな、風を切る音と共に、地面を覆うヒュミダファイの体から銛のような部位が射出され、1匹の黒コブ戦士を貫いたのは!
<<<え......?>>>
ヒュミダファイの銛に貫かれた黒コブ戦士は、呆けた顔でただ一言、そうつぶやいてから。
凄まじい勢いでヒュミダファイ本体に引き寄せられ。
その場に開いた、口のような穴に放りこまれ、食われて死んだ。
この銛の名を、“矢舌”という。
イモガイの仲間が持っているこの武器を、ヒュミダファイは無数に操ることができるのだ。
<<<ひッ!?>>>
<<<そんなッ!?>>>
<<<嫌ッ......!!>>>
この恐るべき惨劇を目の当たりにした黒コブ戦士たちは、先程黒コブ戦士が食われたあたりからジュワジュワという音が聞こえ始めてようやく、その事実をのみこんだ。
そして恐怖に怯え、慌てふためいた。
しかし、遅い。
遅すぎた。
生きた黒コブ戦士すらも、ヒュミダファイにとってはただの贄である。
もっと早く、その事実に気づくべきだった。
ヒュミダファイは、見ていた。
体表に浮かびぎょろつく、数えきれない程の不気味な瞳でもって、宙を泳ぐ活きの良い鮮魚を、じっと見ていた。
彼らは既に......ロックオンされている。
ビュビュビュンッ!!
ドスドスドスッ!!
次の瞬間には、一斉に射出された矢舌によりほとんどの黒コブ戦士、そして青コブ戦士が貫かれ、ヒュミダファイの体に引き寄せられて、食われて死んだ。
<<<お、おかしいな!?これは、話が、違うな!?>>>
ヒュミダファイの食欲は、無尽蔵だ。
その無数の瞳に映った生物は、すべからくこの災厄の捕食対象である。
当然それは、今もヒュミダファイの矢舌をかわし続け、逃げ続ける黒コブ族族長コブダロックも、例外ではなかった。
<<<オ、オレ様はヒトデを持っているんだがな!?この災厄は、ヒトデを持つ者に、従う!そういう話だったでは、ないですかなああーーーッ!?>>>
ガキンッ!
ガキキンッ!
岩のように分厚いコブダロックの鱗は頑丈であり、災厄の矢舌すら弾き返すことができた。
しかしそれも、初めだけだ。
何度も、何度も矢舌で突かれている内に、ついには彼の鱗も砕けた。
そしてその身に、災厄の銛が突き刺さる。
ドスッ!!
ドスドスドスッ!!
<<<グホーーーッ......!?>>>
何度も矢舌が体を抉る痛みのあまり、コブダロックは大口を開けて叫んだ。
彼がくわえていた封印のヒトデが、ボトリと地面に落ちる。
<<<ホアッ!?アアアアアアーーーッ!!>>>
そしてそのまま彼は、他の黒コブ戦士と同じく、凄まじい力で地面へと引き寄せられていき。
<<<ウミ......ウミに、行きたかった、な......>>>
最後にそんな言葉を残して、ヒュミダファイに食われた。
◇ ◇ ◇
一方のコブダリオンであるが、彼はまだ生きていた。
どうやらヒュミダファイは宙を舞う黒コブ戦士たちを仕留めることを優先したらしく、地上に転がるコブダリオンたちの捕食は、後回しとなっていたのだ。
しかしその時間的猶予も、最後まで逃げていたコブダロックが捕食された今、なくなってしまったらしい。
再びヒュミダファイの本体がコブダリオンに向かって、じわりと伸びてくる。
<<<ぐ、ぎぎ......時間が、足りねえッ!>>>
コブダリオンは悔しさのあまり、歯ぎしりを鳴らした。
この間、彼は何も、無策でただ横たわっていたわけではない。
彼は必死で空気中の魔力を取りこみながら、それを使って己のケガの治癒を行っていたのだ。
しかしこの自己治癒、簡単にできるものではない。
魔力不足も相まって、多少は動けるようになるまで、あと数分は必要だった。
それなのに、ヒュミダファイの体は、彼の眼前まで迫って来ている。
<<<......これまでかッ!!>>>
コブダリオンは泣き叫びたくなるような死の恐怖に耐えて、ぎゅっと目を閉じた。
おそらく次に感じるのは、ヒュミダファイに溶かされて生じる、焼けるような痛みであろう。
そう思った。
しかし。
彼のその予想は、覆される。
バシン、と。
強い衝撃を受けて、コブダリオンの体は、数メートル。
たったの、数メートルではあるが。
ヒュミダファイの体から、遠ざけられたのだ。
<<<えッ!?>>>
驚き、目を見開くコブダリオン。
すると、その視界に映ったのは。
黒焦げの状態でよろめきながらも。
コブダリオンをかばう形でヒュミダファイへと向かいあう。
コブダクレバの姿であった。
どうやらコブダリオンの体は、彼がここまで体当たりで、弾き飛ばしてくれたらしい。
<<<何故......>>>
<<<............>>>
呆けた顔で問いかけるコブダリオンを、コブダクレバは振り返って、じっと見つめた。
コブダクレバは、コブダリオン以上に満身創痍だ。
宙に浮かぶことができているだけで、奇跡。
そんな有様だ。
言葉を話すことすら、億劫なのだ。
故に、コブダリオンの問いかけに対して、彼はいつものように理路整然と答えることは、できなかった。
それをするには、時間も、体力も、全てが足りない。
だから。
彼はじっと、憎しみと親愛と侮蔑と尊敬が入り混じったような、そんな複雑な感情を乗せた瞳で、コブダリオンを見つめてから。
一言。
<<<............お前は、生きろ>>>
ただ、それだけを言って、ドサリと地面に倒れ。
ヒュミダファイに、のみこまれていった。
<<<......難しいことを、簡単に言ってくれる>>>
こうして最後のコブダイ戦士となってしまったコブダリオンは、必死で体を回復させながら、ぽつりと独り言ちた。
そして、よろりと起きあがり、宙に浮かぶ。
それができるまでは、回復した。
しかし、それだけだ。
まだ、素早い動きは不可能。
矢舌を撃ちこまれれば、一発で死ぬ。
逃げきるだけの体力もない。
しかしそれでも、コブダリオンは諦めていなかった。
その瞳の闘志は、未だに赤々と燃えあがっていた。
何故なら、彼は戦士だからだ。
生きて、背負い続けなければならないものが、また一つ増えたのだ。
ここで無為に、死んでやるわけには、いかないのだ!
だがしかし、悲しいかな、そう決意を胸に抱いたとしても。
今のコブダリオンにできることは、何もない。
体力の回復に努めながら、できる限りのスピードで後退を行ってはいるが、すぐに息がきれて動けなくなってしまう。
<<<ちくしょうッ......ちくしょうッ!!>>>
どんどんヒュミダファイとの距離が、詰められていく。
コブダリオンは冷や汗を流しながら悪態をつき、そして。
<<<ちくしょおおーーーーーーッ!!>>>
叫んだ!
それと同時に、ヒュミダファイから矢舌が射出される!
ぐんぐんと、コブダリオンの頭部目がけて伸びるそれが、彼の命を奪い去るまで、あと数瞬......!
しかし!
......ちょうど、その時だった!
ズドンッ!
そんな音と共に。
矢舌を踏みつけて動きを止め、コブダリオンを守るような形で。
何か、黒い生き物が、コブダリオンの眼前に、降ってきたのは!
2本の脚と、2本の腕を持ち!
頭部からは黒い毛を伸ばした、黒い瞳を持つ、その生物は!
<<<バ、バケモノ......!?>>>
そう!
コブダローズがその命をかけて足止めをした、あの不気味な、人間型のバケモノであった!
<<<どうして、ここに......?>>>
「............」
思わずこぼれ出たコブダリオンの疑問に対して、バケモノは無言。
ただ、ブシュウと、どす黒い鱗(コブダイたちは、そのように認識した)の隙間から蒸気のようにどす黒い靄を放出させながら、じっとコブダリオンのことを見つめた。
そして、ひょいと。
<<<うわッ!?>>>
無造作にコブダリオンの巨体を持ちあげると。
それを思いきり、大穴の外に向かって......ぶん投げた!
<<<ああああああ......!?>>>
情けない声をあげながら飛んでいったコブダリオンの姿が、見えなくなったことを確認してから。
「............」
この、バケモノは。
いや。
旅人エミー・ルーンは!
どこまでも体を伸ばし広げ続ける超巨大サザエ、災厄ヒュミダファイに向かって......その両拳を構えた!!
◇ ◇ ◇
しかし何故、崖の下に埋もれていたはずのエミーがこの禁足地に現れ、コブダリオンを救ったのか?
それを語るため、次回は少しだけ、時間を遡ることにしよう。
主人公、登場!!




