434 コブダロックの野望
ひとしきり笑った後、黒コブ族族長“黒岩のコブダロック”は、大穴の底の戦場をぐるりと見回した。
もはや、戦の趨勢は決した。
未だに抵抗を続ける赤コブ戦士は、ごくわずかである。
<<<ぐ、は......あああ......>>>
今もまた、生き残りの赤コブ戦士が一人力尽きて、大穴の底にその身を投げ出した。
その衝撃で地面が揺れ、ドスンと音が鳴る。
<<<や、やったあああッ!勝ったぜえええええッ!!>>>
その赤コブ戦士の骸の横で、生き残りの若い黒コブ戦士たちが勝鬨をあげる。
しかしながらその勝利、決して一方的に掴み取ったものではない。
たった一匹の赤コブ戦士の骸の周囲には、数十匹の黒コブ戦士の骸が、積み重なっているのだ。
つまりは、戦闘能力に秀でた赤コブ戦士を倒すために、黒コブ族はその何十倍の犠牲を払っているということであり......もとは大勢いたはずの黒コブ戦士たちも、今ではかなり数を減らしていた。
これは、冷静に考えれば、黒コブ族にとっても危機的な状況のはずである。
この数の戦士では、野生の鮫等の危険生物の襲撃から里を守る事にも、支障をきたしかねない。
<<<グホホッ......!グホホホホッ......!>>>
だというのに、コブダロックは満足げに笑いながら、にんまりとその目を細め、頷いていた。
己の部族の戦士の死すらも喜んでいるように見えるその姿は、どう見ても異常だった。
<<<てめえッ......何で、笑ってやがるッ......!お前んとこの戦士も、大勢死んでんだぞッ......!?>>>
<<<グホッ?>>>
そんなコブダロックに向かって、地面の方から声が飛んできた。
じろりと見下ろすと、その声の主は満身創痍のコブダリオンだ。
この若造はビチ、ビチと力なく跳ねながら、しかし未だに闘志をその瞳に灯らせ、コブダロックを睨みつけていた。
<<<グホホッ!知りたいかな?まあ、教えてやっても良いな!何せオレ様は今、機嫌が良いからな!>>>
コブダロックはそう言うと、にやにやと笑いながらゆっくりと下降し。
<<<貴様ら赤コブ戦士も、黒コブ戦士、青コブ戦士だってな......その死は決して、無駄にはならないんだな>>>
コブダリオンのちょうど真上に到達すると。
<<<何故なら貴様らの骸は......皆、皆......災厄ヒュミダファイの、贄となるんだからな!>>>
その大きな腹を押しつけるようにして、コブダリオンのことを、踏みつけた!
<<<ぐええーーーッ!!>>>
そのあまりの重さに、コブダリオンは悲鳴をあげた!
<<<ヒュミダファイはな、この五千年間、封印され身動きが取れない中、大地の奥深くを流れる魔力を啜り続けることで、その命を繋いできたんだな!実はエセレム大霧海の霧は、その副産物......というか、排出物なんだな!>>>
コブダロックはにこにこと笑いながら、コブダリオンの上で飛び跳ねた。
コブダリオンの悲鳴や体の軋む音が聞こえても、彼は一切の躊躇を見せない。
<<<しかしながら彼奴は、本来草木や肉を食らい成長する生物なのよな!つまり、飢えているな!彼奴は死ぬほど、飢えているというわけだな!>>>
ビチビチ、ビチビチと。
遠目で見れば、大きなお魚が楽しそうに飛び跳ねているだけだが、間近で見るとその実態は悲惨なものだ。
踏みつけられ続けているコブダリオンはもはや悲鳴をあげることもせず、ただじっと歯を食いしばり、コブダロックの暴力に耐えた。
<<<そんな状態では、いかな災厄と言えども身動きがとれんのだな!故に、贄が必要と言うわけだな!貴様らのような身の引き締まった戦士であれば、きっとヒュミダファイも満足するんだな!>>>
すっかりぐったりしてしまったコブダリオンの様子を見て、ようやくコブダロックは踏みつけ攻撃を中断した。
そしてぐるりと、辺りを見回す。
もはや、戦は終わっていた。
宙を泳いでいるのは、コブダロックに与するものばかり。
<<<グホホホホーーーッ!!>>>
コブダロックは勝ち誇り、楽しそうに笑った。
<<<さて、若造......知っているかな?ウミは実在するのだと、な>>>
再度コブダリオンの横に下降してきたコブダロックは、もはや跳ねることすらしないコブダリオンに向けて、そう囁いた。
それを聞き、コブダリオンは無言のまま目を見開いた。
彼らエセレム大霧海に住まう浮遊コブダイ族にとって、ウミとは神話上の存在だ。
大きく、美しい、豊穣の世界。
飢えも争いもない、伝説の世界。
それが彼らにとっての、ウミだった。
<<<オレ様はヒュミダファイの力を使って......全てを自分の物にするんだな!!タイリクも!!ウミも!!全てをッ!!>>>
コブダロックはそうやって高らかに宣言すると、今度はまっすぐにヒュミダファイに向かって、悠々と泳ぎ行き。
<<<さあ、目覚めるんだなヒュミダファイ!!朝食を、用意してやったからな!!グホホホホーーーッ!!>>>
大笑いしてから、ヒュミダファイの殻に張り付いている白く光り輝くヒトデに噛みつき。
<<<全てを......食らえええええーーーーーーッ!!!>>>
そのヒトデを思いきり、ヒュミダファイから、引きはがした!
次の瞬間!
ヒュミダファイを縛りつけていた布や縄が、一度強く光り輝いてから、しゅるしゅるとコブダロックの持つヒトデに吸いこまれていき。
この超巨大サザエを拘束するものは......何も、なくなった。
そして、一拍置いてから。
ズズズ、ズズズズズズ、と。
不気味な音を、立てながら。
エセレム大霧海の底、全体が......大きく揺れ始めた!!




