431 大穴の底で
破竹の勢いとは、まさにこのことだろう。
その後もコブダリオンが率いる赤青コブダイ連合軍は、凄まじい勢いで禁足地を奥へ奥へと進んでいた。
散発的に黒コブ戦士が現れては連合軍に襲いかかるも、彼らはその全てを蹴散らした。
黒コブ族は、数をそろえ集団で戦うことを得意としている。
準備が整わないところを精強な戦士たちに奇襲されては、そもそも戦いにならないのだ。
故に、赤青コブダイ連合軍の部隊の損耗は、ほとんどない。
彼らは狭いドントゴ谷を、一気呵成に泳ぎ抜け。
広い......おそらく広いと思われる空間に、たどり着いたのだ。
◇ ◇ ◇
<<<ここは、一体......?>>>
両側に崖が迫る細長い谷底の道を抜けたコブダリオンは、思わずそうつぶやいた。
何故ならその場所は、あまりにも、霧が濃かったからだ。
エセレム大霧海の底で生まれ育ち、霧に慣れ親しんでいる彼らコブダイですら、困惑するほどの見通しの悪さだ。
この場所が広い空間であることはなんとなく感じとれるのだが、霧のせいでその全容が全く把握できない。
<<<この霧......つまりは、おそらくここが、エセレム大霧海に漂う全ての霧の発生源、なのだろうね>>>
そうつぶやいたコブダクレバの姿すら、至近距離であるにも関わらず、ぼんやりとしたシルエットでしか捉えることができない。
<<<ということは、つまり>>>
<<<ここが災厄の発掘現場と、言うわけさ>>>
<<<なるほど......ふんッ!!>>>
それを聞いたコブダクレバはその身にまとっていた【猛炎】を一旦解除してから、軽く気合を入れて、魔力を放出した。
すると彼の体を中心として球状に風が発生し、周囲の霧を吹き払っていく。
そして彼らコブダイ戦士の目の前に......すり鉢状の、大穴が姿を現した!
それはあまりにも巨大な大穴であり、底の方は未だ濃い霧に覆われ、詳細を視認することができない。
<<<は......なんという、でたらめな力だ......さすがは若くして族長になるコブダイは違う>>>
コブダクレバは、己の膨大な魔力をあてにしたコブダリオンの力任せで常識外れな霧の晴らし方を目の当たりにし、苦笑した。
<<<おべっかはやめろよ......この底にコブダロックが......そして災厄が、いるんだな?>>>
<<<そのはずだね>>>
コブダリオンとコブダクレバは互いに頷きあい、未だに霧の残る穴の底を睨みつけた。
<<<ならば......行くぞ!禁忌を破りし邪悪なる黒コブ族との、決着の時だッ!!>>>
<<<うおおおおおおーーーーーーッ!!>>>
そしてコブダリオンはそう宣言すると、その後も断続的に魔力を放出し霧を晴らしながら、勢いよく穴の底へ向かって泳ぎ始めた。
赤コブ戦士たちも雄たけびをあげ、それに続く。
<<<............>>>
一方でコブダクレバと青コブ戦士たちは、それとは対照的に声一つあげずに頷きあいながら、静かにその後ろをついて行った。
◇ ◇ ◇
それから、数分後。
巨大な穴の底にたどり着き、そこからまっすぐに進んでいったコブダリオンたちは、ついにある物を発見した。
<<<こ、これは......!>>>
<<<間違いない、これこそが>>>
<<<災厄......!!>>>
口々に驚きの声をあげる赤コブ戦士たち。
そして族長コブダリオンもまた、霧の中から現れたその存在を目の当たりにし、思わず体を震わせた。
それは。
布や縄でぐるぐると縛られ、とめどなく恐ろしい気配を発し続ける、概ね三角の形をした物体であり。
その形状だけを見るならば、コブダイたちが日ごろ良く目にしている、とある生物の形と、酷似していた。
そう。
つまり。
“ヒュミダファイ”という名の、霧を生み出す災厄の正体は。
見えている殻の部分だけで三階建てのビルの高さを優に超える、超巨大な......サザエだった。
「ブシュウウウウッ!!」
<<<!?>>>
その巨大さに驚き、思わず呆けたようにそれを見上げていた赤コブ戦士たちであったが、次の瞬間!
超巨大サザエ......災厄ヒュミダファイから、そんな音が発せられた!
思わず身構えるコブダリオンたちだが......それはヒュミダファイの貝殻の先端部分に開いた穴から、勢いよく霧が吹きだす音であった。
ヒュミダファイ自体は、おそらく体の半分以上を地面に埋めたままの状態で、身じろぎ一つしない。
恐ろしい気配は感じるが......敵意や殺意などは、微塵も感じられないのだ。
<<<眠っている......?>>>
<<<まだ封印は解かれていないと、言うことだろうね。アレを見たまえ>>>
ぽつりとつぶやいたコブダリオンに対して、横に並んだコブダクレバが、サザエの殻の真ん中あたりを、顎で指し示した。
そこには、白く光り輝く、ヒトデが張り付いていた。
そしてどうやら、ヒュミダファイに巻きついている布や縄は、そのヒトデから伸びた物であるらしいのだ。
おそらくそのヒトデこそ、外なる神“封神”が施したという封印の、要となっているのだろう。
<<<ならば、オレたちは間にあったのか?しかし......まて、コブダロックはどこにいる?>>>
ヒュミダファイの正体を知った衝撃から立ち直ったコブダリオンは、ようやくここで、黒コブ族族長コブダロックの所在が明らかになっていないことに、気がついた。
それどころか、彼らはこの穴の底を進み始めてから、一切黒コブ族に遭遇していない。
これは、おかしい。
何かが、おかしい。
しかしコブダリオンは、この疑問について深く考える時間を与えられることは、なかった。
何故なら。
<<<グホホッ......このオレ様を、お探しだな?>>>
不気味な笑い声と共に霧をかき分け、巨大な黒いコブダイが悠々とコブダリオンの前に、その姿を現したからだ!
そのコブダイの体長は、コブダリオンを優に凌ぎ、3メートルほど!
漆黒の鱗はまるで岩のようにゴツゴツとしており、尋常ではない硬度を誇っていることが見てとれる!
間違いなかった。
見間違えるわけがなかった。
この、巨大な黒いコブダイこそが!
<<<黒コブ族族長、“黒岩のコブダロック”......!!>>>
コブダリオンはその身に【猛炎】の炎を再びまといながら、コブダロックのことを睨みつけた。
<<<グホホッ......おやおや若造、顔をあわせた途端に戦闘準備かな?さすがは愚かな赤コブ族の族長だな。その野蛮さ、同じコブダイであるというのに恥ずかしい限りだな。まぁ、もっとも......>>>
しかし対するコブダロックは、余裕綽々の態度を崩さない。
<<<今回はその愚かしさが、実に役に立ったがな!グホホッ!!>>>
そう言って獰猛に笑うと、コブダロックはちらりと傍に控える数匹の黒コブ戦士に目をやり、顎を動かして何かを指示した。
<<<はッ!!>>>
指示を受けた黒コブ戦士たちは、すぐに動いた。
彼らはびゅんとコブダロックの前に飛び出すと、まっすぐにコブダリオンに突撃......することはなく、途中で軌道を変え上昇し、コブダリオンやコブダロックの頭の上を、ぐるぐると泳ぎ回り始めた!
<<<これは!?>>>
<<<何をする気だ!?>>>
意味のわからぬ黒コブ戦士たちの挙動に、身動きがとれない赤コブ戦士たち。
そんな彼らの頬を、風がなで始めた。
<<<霧が......晴れていく!?>>>
次に誰かがぽつりと、そうつぶやいた。
そしてその、“風を起こす”という行為こそが、回転黒コブ戦士たちのやろうとしていることだった。
彼らはぐるぐるとその場で高速回転をすることで上昇気流を発生させ、大穴の底にたまった霧を上空へと吹き飛ばしていたのだ!
その結果として、数十秒後には大穴の底の霧は、すっかり吹き払われていた。
コブダリオンは視界が確保された大穴の底をぐるりと見回し。
<<<............>>>
無言で、冷や汗をかいた。
何故なら、彼ら赤青コブダイ連合軍は。
その、おそらく十倍ほどの数の黒コブ戦士たちに。
......囲まれて、いたからだ。
<<<グホホッ!!奇襲がうまくいったと、そう思っていたかな!?残念だったな!!>>>
動揺する赤コブ戦士たちを眺めつつ、コブダロックは涙を流しながら大笑いした!
<<<貴様らの作戦は、全て筒抜けだったんだな!貴様らはまんまと、この場におびき出された......オレ様の罠に、はまったんだな!!>>>




