429 コブダローズの奮戦
<<<うおおおおおーーーッ!!!>>>
野太い叫び声をあげながら、コブダローズはバケモノに向かって突進する!
凄まじいスピードだ!
薄い霧を裂き泳ぐ彼のことを離れて見たならば、きっとその姿は“弾丸”と形容できるに違いない!
「............」
もちろんバケモノとてこの突進、指をくわえて見ているだけではない。
彼女は肩から伸ばした触手をゆらりと動かしたかと思うと、コブダローズに向けて、それを槍のように射出した!
<<<どりゃあッ!!>>>
しかしその動き、コブダローズには見えている!
彼は現在、極度の集中状態にあるのだ!
バケモノの動きが。
そしてバケモノが放つ触手の軌道が!
ヒレにとるように、わかる!!
彼はかすかに体を反らし、最小限の動きでもって、触手の槍をかわした!
「............」
その様を見せられても、バケモノは無表情のままだ。
ただただ冷徹に、二射目、三射目の触手を射出する。
<<<ぜあッ!!あああッ!!>>>
それをコブダローズは避ける、避ける!
小さくぶれるように左右に揺れながら、間一髪触手をかわしていく!
だが、しかし!
「............」
次にバケモノは、複数本の触手を一斉に、コブダローズに向け射出したのだ!
面による制圧!
かわすための隙間など見当たらない密度の触手攻撃が、コブダローズを襲う!
万事休すか!?
<<<あああああああーーーッ!!!>>>
しかし、その時だった。
一際大きな絶叫をあげたコブダローズの全身が、まぶしいほどの赤い光に包まれたのは!
この光。
それは、全力を超えた【身体強化】を施していることの、証!
今、この時コブダローズは。
“妹分”を。
族長コブダリオンを守るため、限界を超えた!
誰に教えられるでもなく。
ただ......本能の赴くままに!
魂を削って魔力に変換し、その力を後先考えず全身に巡らせたのだ!
だがこれは、危険な行いだ。
そんな無理な強化に肉体は耐え続けることができるわけもなく、全身の骨や筋肉が悲鳴をあげる。
すり減り続ける魂だって、問題だ。
しかし、今のコブダローズは、そんなことを気にしない!
戦いが終わった後のことなど、考えずに!
ただ、敵を倒すために!
まっすぐ、まっすぐに泳ぎ続ける!
ガキインッ!!
ついにはコブダローズのコブと衝突したバケモノの触手が、そんな金属質な音を鳴らしながら、はじかれた!
ガキインッ!!
ガキキキインッ!!
それに続く別の触手たちもことごとくコブダローズの肉体にはじかれ、彼を貫くことができない!
コブダローズの体表には無数の切り傷が生まれていくが、そのどれもが致命傷には程遠い。
彼は、生きている!
<<<うおおおおおーーーッ!!>>>
横殴りの雨の如き触手の一斉攻撃を潜り抜け、霧を貫き、コブダローズが躍り出たのはバケモノの目の前だ。
「!!」
自らの触手で視界がふさがれていたバケモノは、それを突破してきたコブダローズへの対応に、遅れが生じた。
しかし、まだ多少の時間的余裕はある。
バケモノはこの勇敢なる戦士に敬意を払い一撃で殴り殺すため、その小さな拳に膨大な魔力を注ぎ、必殺の一撃......【魔撃】の準備を行った。
彼女はこの攻撃方法に熟達しており、この準備のための時間には1秒も必要としない。
そして彼女はコブダローズを迎え撃つため、殴りやすい姿勢をとろうと、右足を静かに後ろへとひいた。
この時。
そう、この時だ。
天が、コブダローズに......味方したのだ!
このエセレム大霧海の底は、湿っている。
霧で満たされた土地なのだから、当然である。
故に、その地面はいつも濡れている。
岩盤も、つるつると滑る。
だから。
「!?」
バケモノが、ちょうどこの時、思わず足を滑らせて。
バランスを崩してしまったとしても......何も、おかしなことはないのだ!
<<<おおおおおおらああああああーーーッ!!>>>
その隙を、戦士コブダローズは決して見逃さない!
彼はバランスを崩し、片膝をつきかけたバケモノの腹目がけて!
全力を超えた、彼の魚生最速最強の突進を!
......ぶちかましたッ!!
突進は、彼の得意技だ。
彼は立ちふさがるいかなる敵も、その頑丈なコブを突進してぶつけ、粉砕してきた。
故に彼は、“粉砕のコブダローズ”。
そんな彼の、全力を超えた突進である。
いかにバケモノとは言え......それをくらい、無傷というわけにはいかないのだ!
「ごッおッ......!?」
衝突の瞬間、バケモノの口からは、そんな苦悶の声が漏れ出たのを、コブダローズは確かに聞いた。
そしてその声と共に、おそらく胃液か何かであろう液体がコブダローズの背びれに降りかかり、じゅうじゅうと音を立ててそれを溶かしていく。
痛みが走る。
<<<あああああああーーーッ!!>>>
しかしコブダローズは止まらない!
何故ならバケモノは、まだ生きているからだ!
コブダローズは、敵を粉砕するまでは止まらない!
何故なら彼は、戦士だからだ!
“粉砕のコブダローズ”だからだ!
コブダローズはバケモノの腹に額のコブをめりこませた状態で、さらに突進を続けた。
バケモノの軽い体がふわりと浮き、くの字の形になって、赤く光り輝く弾丸によって霧の海を運ばれていく。
そして、その突進の先にあるものは。
......切り立った、崖である!
ズガアアアアンッ!!
次の瞬間、コブダローズはバケモノごと、崖に衝突していた。
ズガッ!
ズガガガガガガッ!!
そして、それだけではない。
崖に衝突した後もコブダローズは、突進を続けた。
コブダローズとバケモノの体が崖を粉砕し、奥へ奥へとめりこんでいく!
ガガガッ!!
ガガガガガガガーーーッ!!!
そして、その結果。
その崖は、崩れた。
次々と上から岩石が崩落し、コブダローズとバケモノがめりこんだあたりを埋めつくしていく。
<<<お、お姉ちゃん......!コブダロオオオオオーーーズッ!!>>>
ガラガラと音を立てて崩れ、コブダローズたちの上に降り注ぐ岩石を前に、族長コブダリオンは無力だった。
彼はただ、叫ぶことしかできなかった。
落石が収まったころには周囲の霧は再び濃くなっており、彼の瞳には辛うじて、すっかり崩れて形の変わった崖の影が、ぼんやりと映るのみ。
<<<あああ......あああああああーーーッ!!>>>
“強き族長”として、決して里の戦士たちには見せることのできない彼の慟哭する姿は。
その悲痛な叫び声は。
全て......深い霧が、覆い隠してくれた。
<<<ああああああッ!ああああああッ!!>>>
コブダリオンは、しばらく泣き叫んだ後に。
<<<ああッ!!>>>
近くに転がっていた大岩に、額のコブを思いきり叩きつけ、それを粉々にして吹き飛ばした!
そして。
<<<......ふーーーーーッ............>>>
深く、息を吐き。
<<<おお、我らが神、ゴッドコブ!勇敢なる戦士の御霊を、母なるウミへと導きたまえ......!>>>
崩れた崖に向かって、震える声で弔いの言葉を告げ、目をつむった。
そして、黙祷した。
深い、祈りを捧げた。
しかし、長い時間を祈りに費やすわけにはいかない。
彼は、族長だ。
今は、行軍中だ。
すぐに戦士たちの群れに追いついて、彼らを指揮しなくてはならない。
<<<......行ってくるぞ>>>
次に目を開いた時、コブダリオンの声は、もはや震えてはいなかった。
<<<強き族長“猛炎のコブダリオン”は、必ずや邪悪な敵を、討ち滅ぼすッ!!母なるウミで、待っていてくれ、コブダローズッ!!>>>
彼はそう宣言すると、崖に向かって厳かに一礼してからくるりとその体を反転させて、先行した戦士たちを目指して泳ぎ始めた。
その全身には気迫がみなぎり......その瞳には、闘志の炎が燃えていた。
漏れ出す魔力は火の粉と化してパチパチと弾け、周囲の霧を明るく照らした。




