427 禁足地への進軍
翌日。
天気はいつも通りの、霧。
この地はいつだって霧だ。
晴れどころか、雨が降る事すら稀である。
そんなエセレム大霧海の底を、赤と青の体色をした数えきれないほどのコブダイの大群が、まっすぐ西に向かって泳いでいた。
赤青コブダイ連合軍だ!
道中で飛び出してくる鮫など歯牙にもかけず蹴散らしながら猛スピードで進む彼らの目的地は、黒コブ族の里の奥にある、災厄の封じられし禁足地。
<<<黒コブを、ぶち殺せ!>>>
<<<災厄だって、捻ってやるぜ!>>>
<<<オレたちが、英雄になるんだ!>>>
赤コブ族の士気は高い。
皆、狩猟本能を高ぶらせて戦意を高揚し、目をぎらつかせている。
彼らは根っからの戦士なのだ。
そうあるべしと、稚魚の頃から教育されている。
<<<............>>>
その一方で、青コブ族たちは静かなものだ。
冷静に、無駄口を叩かず。
まるで機械のように進軍を続ける。
しかしその瞳には、確かに炎が燃えている。
あり方は違えど、彼らも確かに戦士である。
<<<まったく、ここまで一度も戦闘なしとは......>>>
さて、そんな群れの後方にて。
若き赤コブ族族長コブダリオンは、そう言って舌を巻いた。
そう......この赤青コブダイ連合軍、かなり大規模な群れで進んでいるにも関わらず、これまで一度も黒コブ族には見つかっておらず、戦闘が発生していない。
<<<さすがは“智慧のコブダクレバ”の作戦だ。感服した>>>
<<<お褒めにあずかり、光栄だね>>>
それもこれも、全てはコブダリオンの横を泳ぐ青コブ族族長コブダクレバの策が功を奏したためだ。
コブダクレバの策とは、一言で言ってしまえば陽動作戦である。
現在連合軍本隊が進むルートとは離れた地点にて、別動隊の赤コブ戦士が黒コブ族に接触し、戦闘を行う。
黒コブ族がそちらに注意を向けているうちに、本隊は可能な限り禁足地への接近を試みる、というわけだ。
言葉にすると簡単な話だが、コブダクレバはとにかく、コブダイ心理を突く達人であったらしい。
絶妙な場所とタイミングで繰り返し陽動を行うことで、現在のところ本隊の存在は黒コブ族からは完全に隠蔽されているようだ。
<<<ま、手ごたえがなさ過ぎて、赤コブ戦士の皆さんには退屈かもしれないがね>>>
<<<その分は、禁足地での戦いで発散してもらう。貴殿の作戦に乗ったのは、このオレだ。文句を言う赤コブがいれば、オレがぶっとばす>>>
2匹はそう言って、にやりと笑いあった。
そうできるだけの、余裕があった。
全てが、順調。
......順調すぎた。
<<<............>>>
近衛のごとくコブダリオンの傍を泳ぐコブダローズは、この順調さに、言い知れぬ不安を抱いた。
この揺り戻しが、どこかでやってくるのではないか、と。
何の根拠もない戦士の勘であるが、どうしてこれが、なかなかバカにできたものではない。
コブダローズは一人、警戒を強めていた。
何が起きても良いように。
◇ ◇ ◇
<<<さあッ!補給の時間だッ!!>>>
<<<てめえらッ!もうすぐ、戦だぞッ!腹減って倒れねえように、しっかり食っとけよッ!!>>>
<<<おうッ!!>>>
さて、それから数時間後。
彼ら連合軍は、黒コブ族の縄張りにほど近い谷底で、休憩をとっていた。
この場所は左右を高い崖に囲まれ、見通しが悪い。
それはつまり黒コブ族から見つかりにくいということであり、なおかつ......。
<<<うっめーーーッ!!>>>
<<<やっぱ、天然ものは、うめえなッ!!>>>
なおかつこの谷は、サザエの群生地であったのだ。
青コブ族が事前調査で発見したこの隠れた穴場で、コブダイたちは皆夢中になってサザエを噛み砕き、行軍で疲れた体を癒した。
<<<......お前も休める時に休んどけ、コブダローズ>>>
そんな中でもコブダローズは一人、緊張を解かないまま、臨戦態勢を整えていた。
【身体強化】をかけ続け、若干の【威圧】も漏れている。
さすがにこれを見かねたコブダリオンは、彼に声をかけた。
決戦の時は、近い。
コブダローズは、優秀な戦士だ。
肝心な時に全力を発揮できないようでは、困る。
<<<ええ......>>>
しかしコブダローズは、生返事だ。
彼の中では、徐々に、徐々に......危機感が、強くなり続けているのだ。
戦士の勘が、警鐘を鳴らし続けているのだ。
がんがん、がんがんと。
頭が痛むほどに。
<<<おい、コブダローズ、お前な......>>>
しかしながら、その危機感を、コブダリオンは共有できない。
彼は、強いのだ。
コブダイとしては、圧倒的に強い。
故に、警戒心や危機感知能力といった側面に限って言えば、一般的なコブダイと比べれば劣っていた。
<<<!?......ちッ!......来たッ!?>>>
<<<何?来た?何がだ......?>>>
故に。
コブダローズが感じていた言葉にできない危機を、コブダリオンが感じとったのは......実際に、事が起こってからだった。
ズドンッ!
まず始めに......赤青コブダイ連合軍の休憩地点に、そんな衝撃音が、響いたのだ。
そしてその音の発生地点は、群れの後方......コブダリオンたちが休んでいた場所の、すぐ近くだった。
<<<何だッ!?>>>
音のした方に向かって、慌てて振り向いたコブダリオン。
風が吹き、辺りを包んでいた霧が吹かれて薄くなり、比較的視界が確保される。
すると、そこにたたずんでいたのは。
かなりの高度から、落下してきたとでも、言うのだろうか。
足元にできあがった小さなクレーターの上で、ゆっくりと立ちあがった、それは。
2本の脚と、2本の腕を持ち、頭部からは黒い毛を伸ばし、黒い瞳を持っていた。
その、どちらかと言えば細身で小さな体は、トゲトゲとしたどす黒い鱗(コブダイたちは、そのように認識した)によって覆われ、その鱗の隙間からは時折、蒸気のようにどす黒い靄が放出され、周囲の青い霧を汚染していく。
そのような、生物だった。
<<<また、出たわね......バケモノッ!!>>>
コブダローズは、ぶるりと一度体を震わせてから、叫んだ!
主人公、登場!!




