426 決戦前日
赤青コブダイ会談の翌日。
族長コブダリオンの指示を受けた優秀な赤コブ斥候は、黒コブ族の里の奥の谷......禁足地へと赴いていた。
そして、周辺よりも格段に霧が濃いその地で彼が見たものは......確かに、何かの発掘作業現場であった。
高い崖に挟まれたその地で大勢の黒コブ族たちは、口に土を含んで外に運び出してはまた戻るという動きを繰り返し、大きな穴を掘っていた。
一見無軌道に宙を泳いでいるだけの黒コブ族もいるが、あれは空気を撹拌して霧を散らし、見通しを良くするための、風係だろう。
そうして掘りだされた土の下に見えているのは、何やらごつごつとした岩のような、尖った何かだった。
その、概ね三角の形をしたそれの体表は、一目見てわかる程の魔力を持った布や縄でぐるぐる巻きにされており......それによって、力を封じられているようだった。
そして詳細は濃い霧に阻まれ見えにくいが、その三角の先端には穴が開いており......その穴からは断続的に、勢いよく霧が放出され続けていた。
(霧を生み出している......神話の、通りだ......!)
おそらく力を封じられているのに、なおも感じられる強大な威圧感と、“霧を放出し続けている”という特徴から、赤コブ斥候はこの黒コブ族たちが掘り出している何かこそが災厄“霧を生み出す者ヒュミダファイ”なのだと、確信した。
だからこの赤コブ斥候は、震える体を無理やり動かして里へと急ぎ泳ぎ戻り、族長コブダリオンたちに伝えたのだ。
『青コブ族の言うことに、嘘偽りなし。黒コブ族は、世界を滅ぼそうとしている』と。
それを受け、コブダリオンは正式に命令をくだした。
黒コブ族を、討つと。
戦の日は、それから3日後と決まった。
◇ ◇ ◇
そして、それから少しだけ時が経ち、戦の前日となった。
この日、全ての支度を終えたコブダローズは、赤コブ族の里近くにある高台へと、赴いていた。
ここは、彼が幼い頃、妹分とよく遊んでいた場所だ。
高台から下の方を見下ろせば、ちょうど風が吹いて青い霧が晴れ、少しの間だけ風景が露わになる。
そこに広がっているのは、ごろごろと大岩が転がる平地。
即ちそれが、赤コブ族の里だ。
<<<よお......何してんだ、コブダローズ>>>
その時、不意に彼の後ろから、声がかけられた。
振り返れば、そこにいたのは巨大な体躯のコブダイ。
若き族長、コブダリオン。
<<<何も......何となく、里を眺めていたのよ>>>
<<<そうか>>>
コブダリオンはゆっくりと泳いでコブダローズの隣へと進み、横並びの状態となって止まった。
そして2匹で、黙って里の方を眺める。
既に再び里は霧によって覆い隠されているが、こうしてじっと待っていれば、たまに先ほどのように、霧が晴れるのだ。
それを、待つ。
幼い頃、遊び疲れたこの2匹は、よくそうやって休憩していた。
<<<お前......支度は済んだのか>>>
<<<当たり前でしょ。あんたこそ、ここにいて良いわけ?族長様でしょ?>>>
<<<良いに決まってるだろ、休憩中だ。それにオレは族長様だぞ。文句を言うやつがいれば、ぶっとばす!>>>
<<<ま!横暴な族長様ですこと......>>>
2匹は、とりとめのない会話を繰り返す。
幼き頃のように。
<<<あんたは......>>>
そして、ここで。
コブダローズはここで会話を区切り、コブダリオンのことをじっと見つめた。
<<<あんたは......大きくなったわよね>>>
そして、そう言った。
それは、ただの事実だ。
巨大な体躯。
立派なコブ。
強い顎。
今やコブダリオンのことを、戦士として、そして族長として、認めない赤コブ族などいない。
<<<なんだ、突然>>>
<<<私はさ>>>
コブダローズは、再び里を見下ろした。
ふっと風が吹き、霧が晴れて里の姿が現れる。
<<<私はずっと、あんたのこと守らなきゃいけないって思ってた。私は......あんたの“お姉ちゃん”だったからね>>>
コブダローズの脳裏に浮かぶのは、まだ少女だったころのコブダリオンの姿だ。
あの頃のコブダリオンは、やんちゃな性格ではあったが、体が小さかったのだ。
少し年齢が上の子どもたちにも、『生意気だ』とよくいじめられていた。
それを身を挺してかばっていたのが、コブダローズだった。
<<<なのにあんた、何なのよ?なんで“お姉ちゃん”である私よりも、大きくなっているわけ!?ふざけんじゃないわよ!>>>
<<<仕方ないだろ......親父だって、でかかったんだから>>>
どうしようもない言いがかりをつけられ、コブダリオンは苦笑した。
そして横目でコブダローズの表情を覗いて......口を閉じた。
そこには、深い苦悶の色が浮かんでいたからだ。
<<<私は......何なのよ>>>
<<<お前は、戦士だ>>>
小声でつぶやかれたその言葉に覆いかぶせるように、コブダリオンは断言した。
しかし、コブダローズは弱々しく首を横に振った。
<<<私......戦いが怖いのよ。この前の、『あれ』に襲われてから、ずっと>>>
『あれ』とはつまり、前回の黒コブ族との争いに乱入してきた、二足歩行のバケモノのことだ。
あのバケモノについては既に青コブ族にも情報提供し、黒コブ族との戦の準備と並行して調査を行っているが、依然としてその正体は不明のままだ。
今回の戦における、不確定要素のうちの一つなのだ。
<<<あんたは、立派な族長になった。だというのに、私は......>>>
そう言ってコブダローズは、歯を食いしばった。
己の不甲斐なさが、悔しくてたまらないのだ。
静かな霧の世界に、ぎりぎりという音が鳴る。
<<<............>>>
コブダリオンは。
そんなコブダローズの横で目をつむり、無言でたたずんでいた。
しかし。
ついに意を決して。
<<<オレだって......怖いさ>>>
そう、つぶやいた。
<<<え......>>>
<<<本当は、オレだって怖い。戦は怖い。災厄は怖い。お前の言う、二足歩行のバケモノだって怖いんだ>>>
コブダローズは驚いて、コブダリオンの顔を見つめた。
初めて聞く......コブダリオンの弱音だった。
<<<だけど、オレは族長だ。里一番の戦士だ。怯えている姿なんか、皆には見せられない。だから......演じているだけなんだ。強くて頼りになる、コブダイを>>>
<<<コブダリオン......>>>
風が、止んだ。
途端に青い霧が流れこみ、2匹の周囲を覆っていく。
今や、コブダリオンの。
強く若き族長の、震える大きな体を見つめることができるのは、コブダローズただ1匹だ。
<<<............>>>
しばらく、無言の時間が流れる。
コブダローズは、ふうと一つ、大きな息を吐いた。
そして。
バシンッ!!
そう、大きな音が鳴るほど強く、尻尾でコブダリオンの体を、打った!
<<<いっ......てぇ!?>>>
<<<あっはははは!>>>
【身体強化】の備えもなかったコブダリオンは、突然の暴力に体をよじらせて身もだえした。
それを見て、コブダローズは大笑いして。
<<<まったく、やっぱりしょうがないわね、コブダリオンは!>>>
と、言った。
そして、どこか吹っ切れたような、清々しい顔つきをして。
<<<でも、大丈夫。あんたが本当は、弱虫だったとしても......>>>
まっすぐに、コブダリオンの瞳を見つめ。
<<<私が......“お姉ちゃん”が、守ってあげるからさ!>>>
コブを高く掲げ、胸をはって、偉そうにそう、宣言をした!
ちょうど、その時だった。
またしても風が吹き、周囲の霧が吹き払われた。
そして非常に珍しいことに、エセレム大霧海の底にある赤コブ族の里周辺に、日の光が降り注いだ!
<<<は、ははは......はははははっ!>>>
<<<うふふふふふっ!>>>
暖かな日の光を浴びながら、2匹のコブダイはなんだか無性におかしくなって、笑った。
ケラケラと、笑った。
まるで、稚魚の頃に戻ったかのような気分で、笑った。
<<<“お姉ちゃん”か......コブダローズ、お前もう男だろ!>>>
<<<うっさいわね!>>>
そして互いに小突きあいながら、そうやって軽口をたたきあった。
非常に今さらな注釈なのだが、コブダイは雌から雄へ、性転換する生き物なのだ。
浮遊コブダイ族の未来をかけた、大きな戦。
その、前日ではあるが。
今、ここには、とても穏やかな時間が、流れていた。




