411 銀髪姉弟の恋愛
第6章及び第15章に関わる閑話です。
「では、偶然の再開に......乾杯っ!」
「......乾杯」
チン、とグラスを打ちつけあう甲高い音が、橙色の魔灯に照らされた落ち着いた雰囲気の店内に響く。
ここは、酒場。
大衆居酒屋というよりかはお洒落なバーと言った佇まいの店であり、それなりに高級感が漂っている。
そんな店のカウンターで喉を鳴らしているのが、どちらも見目麗しい、実に絵になる銀髪の二人組だ。
「......はあ、なかなか、おいしいじゃないか。これは料理にも、期待ができそうだね......お姉さん、この『キャレスナの温サラダ』というのを一つ、お願いできるかい?」
そう言って、控えていたウェイトレスに料理を注文したのが、銀髪を三つ編みにして背中へと流している、身なりの良い人物だ。
背が高く、細身。
長い脚。
スマートなその体を包むのは、仕立ての良いジャケットとスラックス。
都会的で、洗練された佇まいだ。
容姿も端麗であり、実に格好良い。
そんな人物に流し目で微笑みかけられたものだから、ウェイトレスはすっかり顔を真っ赤に染めてしまった。
「し、少々、お待ちください」
そしてぎこちない笑みを浮かべてから、厨房へ注文を届けに行こうと慌てて動き出した。
「待て」
しかしそれを、もう一方の片割れが止めた。
彼も美しい銀髪をしているが、こちらは短髪だ。
先ほどの人物に比べるとその顔つきは若干幼いが、切れ長の目には強い意志が宿り、強者特有の迫力というものを感じさせる。
その装いは、マントと皮鎧を身に着けた冒険者風のもの。
しかし決して粗野ではなく、見る者が見れば、その装備の防御力の高さ、そして高価さに対して、目を見張ることだろう。
そしてこちらの容姿も端麗だ。
さきほどの人物が“お洒落な兄”だとすれば、こちらは“やんちゃな弟”といった様相だ。
(ど、どちらも甲乙つけがたいイケメン!イケメンブラザーズ!イケメンブラザーズなの!?)
ウェイトレスは、とってもドキドキした。
「オレはこの、『トポポロックの特製ミートボール』と『テゾンカー芋のフライ』、『エビフライ』を頼む。あと、この『アノムーコムジュース』、おかわりください」
「はい、かしこまりましたっ!」
(きゃーーーっ!かわいい!注文がかわいい!まるで子どもが頼むメニューばかりを頼むあたりがかわいい!体は大人になっているのに、味覚的な嗜好がまだ大人になりきれていない感がとってもかわいい!)
ウェイトレスは内心で好き勝手にきゃーきゃー言いながらも、今度こそ厨房に向けて歩いて行った。
「......ぷっ、ははは!なんだいカマッセ!君、ちびっ子の頃から好物が、変わっていないのかい?」
「うるさいぞ、レーセイダ。冒険者にとって食事の場面で大切なのは、きちんと体を動かすための、エネルギーをとることだ。ならば、一番避けるべきことは何か、わかるか?それは、出された食事を残すことだ!その結果エネルギー不足に陥り、魔物との闘いの中で力が出なくなっては、ことだろうが?だから、間違いなくうまいとわかりきっているメニューを注文するのは非常に効率的な戦略であり、このオレの戦略について、てめぇにとやかく言われる筋合いなんぞどこにもねぇ!」
「ははは......そうかね?しかし家族として忠告させてもらうが、もっと野菜も食べなさい」
「善処はしよう」
「それと、酒は飲まないのかい?もう飲める歳だろう?」
「判断力が鈍るからオレは飲まない。金ぴかのおっさんとか、冒険者の中にはバカみたいに飲むやつもいるけど、オレにはあそこまで飲む意味がわからない。色々と理由はあるのかもしれないが、今言った金ぴかのおっさんに関して言えば、間違いなくただバカなだけだと思う」
レーセイダと、カマッセ。
それがこの銀髪の二人の、名前だ。
彼らは血縁関係にあるが、どちらも幼い時から家を出て、自立している。
片や考古学者、片や冒険者だ。
どちらもあちこちを忙しく飛び回っており実家に帰ることも少ないので、ここ数年はお互いの噂を風に聞くことはあれど、面と向かって食事する機会なんてものは、なかった。
それが、今日。
偶然。
本当にたまたま、道でばったりと。
出会ったわけだ。
となれば、一緒に食事でもしようかとなるのは、自然なことである。
二人は運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、久方ぶりの気の置けない会話を楽しんだ。
◇ ◇ ◇
「......で、さあ、カマッセ......君、最近どうなの?」
さて、しばらくして。
それなりに酒が進み、頬もうっすらと赤くなってきたレーセイダが、突然カマッセにそんな質問をした。
「最近......?オレは等級が2級にあがって、もうすぐ......」
「違う違う!冒険者としての活躍を聞いているんじゃなくてだねぇ......ほら、君......彼女とか、できたかい?」
レーセイダはにやにやと笑いながら、弟にそう問いかけたのだ。
カマッセはそれを聞いて、露骨に面倒くさそうな顔をした。
「......いねぇよ」
「ええーーーっ、本当かい?でも君、家族の贔屓目で見ても、もてそうな顔立ちじゃないか!?それなのに、彼女いないの?私だって、結構女の子からは、キャーキャー言われているんだよ?」
「てめぇは女の子にもてても、しょうがねぇだろ......」
「ね、ね、どうなの?本当に彼女、いないの?あ!まさかもう、家族に黙って結婚しちゃった!?」
「んなわけ、ねぇだろ......」
ここでレーセイダは、すっと表情を消した。
「なあ、お前。まさか、女性を泣かせて、いないだろうね?子ども作るだけ作って放置とか、してないだろうね?」
「するわけねぇだろ!そ、そもそも彼女が、いないんだっつの!言い寄られたことは、結構あるけど......」
「あるんだ。それでもつきあったり、しなかったの?」
「しなかった」
「何故?」
「............」
カマッセはここで、無言になってしまった。
グラスに揺れるアノムーコムジュースを眺めながら彼は、寂しそうな目をして、少しだけ、頬を赤く染めた......。
その表情を見て、レーセイダは。
(あ、こいつ......ちょっと面倒くさい拗らせ方している可能性、あるな)
と、悟った。
「......ってかよぉ、レーセイダ、てめぇはどうなんだよ」
それから数十秒の沈黙の後、カマッセはジュースをぐびりと飲んでから、自分への質問には答えずに、逆にレーセイダに向かって、質問をした。
「うん?」
「『うん?』じゃねぇよ。人のこと聞く前に、自分のことを答えやがれ。てめぇはどうなんだ、彼氏とかできたのかって、聞いてんの!」
その質問を、彼らの後ろを通り過ぎた際に聞いてしまった先ほどのウェイトレスは、混乱した!
(『彼氏』!?『彼氏』って、どういうこと!?まさか、あの人、同性の人を......!?いや、でも、それならそれで......!?)
まあ、そんなウェイトレスはさておき。
「彼氏......彼氏かぁ......いや、いないよ......良いって思った人は、いるんだけど」
レーセイダは......こちらもグラスに揺れる酒を眺めながら、もともと赤くなっていた頬をさらに赤く染めた......。
「ほお?どんなやつだ?学者か?」
「いや......冒険者......」
「ほおおおおお?」
実家にいた時も見たことのない、レーセイダの乙女な表情を見て、カマッセはその相手に興味を抱いた。
何せこのレーセイダは昔から、人の恋路は気にするくせに、自分自身はそういうことに対して全く興味をみせなかった人物なのだ。
そのレーセイダが、恋をしている。
相手は、どんな奴だ?
当然、気になる。
「ねぇ、カマッセ......一つ、聞きたいんだけどさ」
ここで。
意を決した雰囲気で、レーセイダはカマッセのことをまっすぐに見つめた。
「何だ?何でも聞け」
「30歳近い、女がさ」
「うん」
「10歳くらいの男の子のこと、好きになっちゃうのって......どう思う?」
「「............」」
両者の間に、沈黙が流れる。
カマッセは、彼の瞳を見つめる姉の瞳を、じっと見つめ返した。
酒のせいだろうか。
なんか......目が、すわっている......。
「いや、その、どうだろうなぁ......」
「どう思う?」
なんか凄く......圧を感じる。
ちょっと、怖い......。
「どう思う?」
「............」
カマッセは、思案した。
実際問題として、どうなのだろう。
こちとら貴族でもなんでもないのだ。
恋愛は、自由であって良いと思う。
でも。
だけど。
例えば、30歳のおじさんが10歳の少女を本気で愛してしまったとして。
相手の少女も、おじさんのことを、本気で愛していたとして。
その恋愛を、世間一般は、認めてくれるのだろうか?
いや、でも。
例えば40歳と20歳の組み合わせであれば、両方大人なんだし、それは多分受け入れられるよな。
だけど今前提として出されている情報は、30歳と10歳だし......。
えっと......。
「どう思う?」
「............わからない」
結局のところ、それが今のカマッセの、答えだった。
「オレは......まだまだ、未熟者だ......」
そう言ってカマッセは、深く、深く、息を吐いた。
そして、首を横に振った。
橙色の魔灯は、ずっと変わらずに暖かな光を放ち続け、グラスを照らしている。
カラン。
氷がとけてグラスの中を滑り、そんな音が鳴った。
「......で、どう思う?」
「なぁ、もう宿に帰らないか!?」
残念ながら、まだまだ夜は長いぞ。
頑張れ、カマッセ。




