410 除幕式
第11章及び第12章に関わる閑話です。
「ほらほら、急ぐわよオユキパ!除幕式が始まっちゃう!」
部屋の外から、オユキパを急かす女性の声が聞こえる。
「う、うん、待って!もうすぐ終わるから!」
オユキパは大慌てで、一族に伝わる茶と桃色の糸で村の伝承の一幕を再現した刺繍を施された伝統装束に袖を通し、桜の花びらのような意匠の髪飾りをつけた。
そして、姿見鏡で変なところがないか、確認する。
くるりとまわると、広い袖やスカート、肩より上に切りそろえた彼女のこげ茶色の髪が、ふわりと揺れる。
(よし、問題なし!)
何せ、彼女が故郷のヤマオック村にいた時は、毎日これを着ていたのだ。
多少複雑な着付けだって、10歳になった彼女は、一人でばっちりこなせるのだ。
「おまたせしました!」
土魔法で簡易的に作られた彼女の住居から勢いよく飛び出すと、晴れ空のもとそこに立っていたのは、いつもよりめかしこんだエビシディだ。
「あら、かわいい」
エビシディはそう言って微笑んでから、オユキパが気づかなかった、頭の後ろの方についていた糸くずをとってくれた。
「あ、ありがとうございます!エビシディさんも、おきれいです!」
「うふふ、お世辞なんて良いわよ」
「お世辞じゃないですよ!」
本当に、お世辞じゃないのだ。
エビシディは青色髪の魔法使いで、本当に美しい女性なのだ。
今日は一応、正装をしようということになっているので、彼女は現在休業している冒険者としての装束の中でも、特に美しいローブを身にまとっていた。
薄水色の生地に紫色で魔法的な模様の刺繍がされているローブだ。
その模様の意味はわからないが、少なくともそのローブがエビシディの髪色とも良く似合っており、その美しさを引き立てていることは、オユキパにもわかった。
「大丈夫ですか?歩けますか?」
「いつも言っているけど、大丈夫!少しくらいは、歩いたほうが良いって聞くわよ?」
オユキパがエビシディのことをそう心配する理由は、彼女の大きく膨らんだお腹だ。
エビシディは現在、妊娠中なのだ。
「アーベッツェさんは?」
「お肉を運んでいるわ。除幕式のあと、皆で焼いて食べるんですって!」
「わあ......!」
オユキパは小さく跳ねて思わず歓声をあげたが、少し恥ずかしくなって頬を染め、うつむいた。
エビシディはその様を、くすくすと微笑みながら眺めていた。
「さ、行くわよ!」
「は、はいっ!」
そして二人の女性は、この開拓拠点の中央部に位置する林へと、歩き始めた。
◇ ◇ ◇
オユキパが、この『ザマーゴの森開拓拠点』に移住してから、しばらく経つ。
彼女はもともと、ナンガ山中腹の峠に存在する『ヤマオック村』という隠された村にて、外の世界を知らずに生活していた。
ヤマオック村は、竜の村だった。
竜により庇護され、しかしその代わり、竜によって支配された村だった。
ところがある時、その竜が死んだのだ。
当時はオユキパもまだまだ幼かったので、詳しい話は聞かされたことはないが......とにかくこの事件は村の在り方を揺るがす大事件であり、大人たちはずっと村長の家に集まって、寄り合いを続けていたのを彼女は覚えている。
そして、とにかく、ヤマオック村は、これまでとは異なる方針で、村を運営していくことに決まったのだ。
それまで村長だったおじいちゃん......メガトンコースケはその職を辞して、新たにオユキパの父であるサブロウンが村長になった。
ヤマオック村の、暗中模索が始まったのだ。
それからは、色々とあった。
そしてこのザマーゴの森開拓拠点の人々と、ナンガ山西域へと遠征していた狩人のゴンペーターおじさんが初めて接触したのは、竜が死んでから1年経った春のことだ。
新たな村長サブロウンは、村の存続のため、他集落との交易を求めていた。
一方でザマーゴの森開拓拠点の人々にとっては、ナンガ山探索の足がかり、休憩地点として、ヤマオック村の立地はとても好ましいものだった。
故に両集落の交流は、特に大きな諍いもなく、友好的に推移している。
そんな中で、ヤマオック村の数名の若者が外の世界を学ぶべく、ザマーゴの森開拓拠点へと移住する運びとなったのだ。
好奇心旺盛なオユキパは、その移住団に参加することを、思いきって立候補した。
村長である父サブロウンはオユキパの決意を聞き驚いたが、すぐに嬉しそうに顔を綻ばせた。
そして、『せっかく手に入った、お前の未来なのだ。自由に、悔いなく生きなさい』と言って、彼女の背中を後押ししてくれた。
それまでは、オユキパは誰か婿をとり、未来の村長を生むことが自分の使命であり、それだけが自分の人生の意味なのだと思っていた。
だから、サブロウンは自分の立候補に反対すると思っていただけに......彼のこの言葉は、とても嬉しかったことを覚えている。
そのような経緯を経てオユキパはザマーゴの森開拓拠点へと移住し、さらにそこからしばらくの時間が流れた。
オユキパは森の拠点で外の世界のことを学びながら、冒険者ギルド出張所という組織の運営の手伝いをしながら、毎日を過ごした。
森の拠点の人々は、(凄く変な人も混じっているけど)皆とても優しく、毎日が刺激的で楽しく、幸せだった。
◇ ◇ ◇
「フォッオ~~~ッ!本日、この良き日に、よくぞ集まってくれたの、皆の衆~~~ッ!」
この日の式典は、ザマーゴの森開拓拠点を取り仕切るアースセル所長による挨拶で、幕を開けた。
アースセル所長は仙人のような髭を生やしたおじいちゃんであり、かつては“土賢”という二つ名で呼ばれていた、凄腕の魔法使いだ。
だけど女性もののパンツに異常な執着をみせる変態でもあるので、この拠点では専ら“変態ジジイ”というあだ名で呼ばれている。
頬のあたりに平手打ちされたような痕があるので、今日も多分、パンツを頭にかぶって挨拶しようとして、誰かが殴って止めたのだろう。
......困った悪癖をもつおじいちゃんだけど、彼には実力があり明るく楽しい性格なので、(多分)拠点の皆からは、(概ね)好意的に思われている(おそらく)。
「長々とした挨拶は、吾輩は好かんしのッ!パパッと終わらして先に進もうと思うが、良いかのッ!?」
そう言ってアースセルは、集まった人々に対面する形で並んでいる、パッチーノ、モドキン、ニーセ、ダーマシーにちらりと目線を向けた。
彼ら4人は、アースセルと並んで最初期からこの拠点を作り上げてきた功労者であり、現在も拠点運営の中心として活動している。
パッチーノはそこそこ美しいその顔立ちに苦笑を浮かべながら、アースセルに対して頷いた。
「さて、とは言えッ!最近ここに越してきた者の中には、既に知らん者もおるかもしれんので、簡単に説明しておくがのッ!本日除幕するのは、この開拓拠点の基礎を作り上げた、二人の銅像じゃッ!」
こほん、と咳ばらいをしてから、アースセルは少しだけ真面目な顔を作って、良く通る声で解説を始めた。
「一人は、その類まれなる力で森を切り拓き、魔物を狩ったッ......そしてもう一人は、その知恵でもって人々をまとめあげ、そして作物を育てたッ!吾輩らはこの二人のことを、この先決して忘れることはないじゃろうッ!」
そう言うとアースセルはおもむろに、彼の横にある巨大な何かにかぶせられた白布に手をかけた。
「さあ、それでは御覧いただこうかのッ!これぞ、我らが拠点の祖、『エミーとジョバンノの像』じゃ~~~ッ!!」
バッ!
そう音を立てながら、勢いよく引かれた白布がなびく!
そして、その中から現れたのは、アースセルの言う通り二人の人物が象られた巨大な像だ。
一人は、少女。
狩り殺した熊の骸の上に腰かける、小さいけれど力強さを感じる、少女の像だ。
そして、その少女の隣に並び立つのは、悪人顔の男の像だ。
その手にはこの拠点の特産物であるアブリ菜を抱えており、肩に下げた籠の中には、その他の作物が山ほど積まれている。
その出来栄えの素晴らしさに人々は歓声をあげ、惜しみない拍手を送った!
「そしてそしてッ!本日この除幕式にあわせてッ!皆の衆に伝えておくことがあるぞいッ!」
集まった人々の拍手がおさまった頃合いを見て、アースセルはもう一つ、重要な事項を伝え始めた。
「これまでここは、『ザマーゴの森開拓拠点』と呼ばれておったが......これはあくまで、仮称であったわけじゃッ!だがしかし、ついにッ!この拠点にも正式に、冒険者ギルドが自治を行う村としてッ!名前がつけられたのじゃッ!」
それを聞いて、人々の中からどよめきが起こる。
冒険者ギルドによる、自治。
世界を見渡せば、そのように運営されている村や町は数多く存在しているが、まさかこのザマーゴの森で、これほどまでに早くその存在が公認されるとは、誰も思っていなかったからだ。
何せこの場所は、隣国ポッケロケからの距離が、かなり近い。
それなのに自治を謳うなんて、かなり政治的には難しいことであるはずなのだ。
「もちろん、ポッケロケからはきちんと認められておるぞいッ!フォッオ~~~ッ!タイチェちゃんが、楽しそうに頑張ってくれたからの~~~ッ!」
「ね、ねえ、アースセル所長っ!」
ここでオユキパは、たまらず手をあげた!
「その、じゃあさ、この村の名前は!?何て言う名前になったの!?」
「うむッ!」
アースセルはその問いかけに対して、厳かに頷き、神妙な顔を作った。
「色々候補はあったし......ちょっと、もめたがのッ!」
その言葉に、皆の前に並ぶパッチーノたちも、うんうんと頷いて見せる。
彼らの顔には疲労が色濃く出ており、村の名づけに際しては、ちょっとどころではなくかなりもめたのだということが、容易く察せられた。
「やはり吾輩らはのッ......あの男への、感謝の気持ちを、名前に残したかったッ!彼は確かに大罪人じゃが......吾輩らにとっては、恩人なのじゃッ!ならば死後にその名を村名に残すことで......その名誉を、少しでも回復してやりたいと、思ったのじゃッ!」
その言葉に、パッチーノたちも頷く。
「お嬢の名前をつけるって案もあったがな」
「多分そんなことしたら、お嬢、恥ずかしがってきれるしな......」
「それは怖いわよね」
「ウオォーーーッ!」
そして彼らは口々に、そんなことを言った。
「とにかくッ!この拠点の名前はのッ!」
こほんと再び咳ばらいをして、人々のざわつきを抑えたアースセル。
彼は、冬の青空のもと、高々と。
この拠点の......いや、この村の。
新たな名前を、皆に告げた!
「『ジョバンノ村』じゃあ~~~ッ!!フォッオ~~~ッ!!」




