409 【悪役令嬢に転生するのは構わなくってよ!だけど名前がイジワール・デスワーって、ちょっと酷すぎじゃありませんこと!?】サラ・サラー男爵令嬢SIDE(ERROR!)
「え......わ、ひゃっ!?」
声をかけられた少年は、きりの良いところまで絵を描いた後、おもむろに横を振り向き......至近距離に桃色髪の美少女が立っていたものだから、驚き慌てて、座ったまま少しだけぴょんと飛び跳ねた。
その小柄な少年は薄い灰色のような茶色のような髪を目が隠れるほどに伸ばし、学園指定の薄黄色のカーディガンを......どう見てもサイズがあっていない、ぶかぶかのカーディガンを着こんでいた。
サラ・サラーは“乙女ゲーム”の記憶をちらりと参照したが、彼のような攻略対象キャラクターは存在していなかったはずだ。
つまりは、モブである。
かわい子ぶる必要の、ない相手だ。
「窓......開けっぱなしなの、です。寒くないの、です?」
「あ、わわわ、ごめんなさい!さっき、ちょっと部屋の中が暑かったものだから、ボク、その、窓を開けたんだけど......絵を描くのに、夢中になっていて!わ、わ、忘れてました、閉めるの!」
少年はわたわたと慌てながらそう言って、くしゅんと一つ、くしゃみをした。
サラ・サラーは一つ小さくため息をついて窓を閉めに行ってから、少年の方へ歩いて行き、彼の肩越しにキャンバスを覗きこんだ。
そのキャンバスには......前方の机に積まれた、いくつかの果物が描かれていた。
アノムーコムの実、レゲゲンゲ、そしてレモン。
それらが四角い枠の中でバスケットの上に盛られたりそこからこぼれたりしながら、西日を浴びていた。
いわゆる、静物画というやつだ。
「......きれいなの」
サラ・サラーは思わずそう、ぽつりとつぶやいた。
それを聞いた少年は、頬を赤く染めて顔を綻ばせ、満面の笑みを浮かべた。
「ほ、本当!?わあ、う、嬉しいなあ!あ、ありがとう、褒めてくれて」
そして少年は頭をかきながらうつむいてしまった。
わかりやすく、照れている。
そんな少年のことは放置して、サラ・サラーは今度は机の上に置かれた実物の果物の方を眺めながら。
「でも私は、果物は見るより食べる方が好きなの!」
と、にっこり笑いながら言った。
言った、後で。
サラ・サラーはきょとんとした顔をした。
果たして、今の言葉は、誰の言葉なのか?
わからなくなったからだ。
いや、もちろん、自分がしゃべったのだから、自分の言葉に決まっている。
しかし、なんというか。
自分の中の、別の誰かが、それをしゃべっている。
そんな感覚が、あったのだ。
最近彼女は、こういうわけのわからない感覚に陥ることが、たびたびあるのだ。
モブに相対していると、特に。
しかしそれについて詳しく考えようとすると、頭の中に靄がかかる。
混乱してしまい、そしてすぐに、混乱していたという事実すら忘れる。
「あ、あはは......そうだね、レゲゲンゲ、甘じょっぱくておいしいよね......もう大体描き終わったし、一つ持っていく?」
「ありがとうなの!」
また、自然と口から言葉が出た。
意味の分からない現象に、サラ・サラーは気持ちが悪くなった。
自分の意思でしゃべりたい。
そう思った。
自分の意思で、しゃべれるのか?
不安になった。
「ね、ねえ、なんであなたは、絵を描いているの、です?」
だから彼女は、とっさに思いついたそんな質問を、少年に投げかけた。
ああ、良かった。
私はちゃんとしゃべれる。
サラ・サラーは安堵した。
「なんで......なんで、かあ......」
その質問は決して少年に興味を持ったが故にされたものではなかったが、少年は大真面目にその問いと向きあい、顎を手でさわりながらゆっくりと、言葉を探しながら、丁寧に回答を始めた。
「ぼ、ボク......絵を描くこと以外、本当に、苦手で、その......クラスの皆とも、あまりお話とか、できないし......いや、そうじゃなくて......」
真剣に悩み始める少年に、サラ・サラーは少し罪悪感を抱いた。
本当はそんなことに、興味など微塵もないのに......その回答を少年に絞り出させていることを、申し訳なく思った。
だから、自分はこの話には、最後までつきあう責務がある、とも。
「うん......そうだな、やっぱりボクは......美しいものを、描きたいんだ。だから、描くんだ」
少年は、迷いに迷った末、なんとかその言葉を選びとり、そして照れくさそうな笑みを浮かべた。
「写真じゃ、だめなの?」
サラ・サラーは首を傾げながら、そう次なる質問を投げかけた。
この世界には、写真を撮影するための魔道具がある。
地球に比べると数は少なく、普及しているとは言い難いが。
そしてそう質問してから、サラ・サラーはまた顔を青くした。
今の質問は、自分の意思とは違う、何かが。
またしても、勝手に発したものだったからだ。
「うーん......写真でも、良いんだけど......ボクは、絵の方が、好きなんだと思う」
動揺するサラ・サラーとは対照的に、少年の語り口は穏やかなものだ。
彼はどうやら、既に自分の胸の内で、答えを見つけていたらしい。
「ボクは、例えば、何かを『美しい』って思ったとして......その何かは確かに現実として、美しいんだろうけど、そうじゃなくて......『美しい』って思ったっていう、その気持ちは、ボクだけのものなんだ」
その少年の言葉は......何やら、難しかった。
十歳やそこらの少年が口にしているとは、とても思えないくらいに。
「その気持ちがボクだけのものだなんて、それって凄く、もったいないって、思うんだ。うん......ボクはきっと、ボクの気持ちを皆に、伝えたいんだと思う。そのためには写真よりも、絵の方が良いんだ......ボクにとってはね!」
だけどその言葉は、確かに少年の、本当の言葉だった。
本当に彼の心の奥底から、彼自身が選別し、引っ張り出してきた言葉だった。
翻って、自分は?
先ほどから勝手に口をついて出る言葉は、一体何?
いや......そもそも。
普段自分がしゃべっているのは、誰の言葉?
私は、どうして、素敵な恋をしたいの?
逆ハーレム?
なんで?
どうして、そんなものを求めているの?
サラ・サラーが求めている?
サラ・サラーに“なった”転生者、“杉千尋”が、求めている?
違う。
違うと、思う。
なら、一体、どうして?
サラ・サラーは混乱のあまり、思わず吐きそうになり両手で口をおさえた。
いつも頭を覆っている靄の量が、今日は何故だか、少ない気がする。
考えることが、できてしまう。
気持ちが、悪い。
さて。
このように、具合が悪そうにするサラ・サラーであるが。
そんな彼女に相対する少年は......残念ながら、人の様子にあまり、気を配れる児童ではなかった。
だからこそ彼はクラスでも孤立しがちであり、一人で絵を描く時間ばかりが増えていくと、そのような人生を送っていたのだが、それはさておき。
彼はのんきに、サラ・サラーに対して、次のような質問をした。
「ねえ、君は......何が『美しい』って、思う?」
その質問は......答えの出ない問題に潰されそうになっていたサラ・サラーにとっては、救いだった。
その質問に答えようとしている時には......自分が気づいてしまった、重大な、わけのわからない問題から目を背けることができると、気づいたからだ。
「美しい......美しい、もの......」
そう言われてすぐに頭の中に浮かんだのは、攻略対象のキャラクターたちの姿だ。
この国の第二王子、宰相の息子である侯爵令息、騎士団長の息子、成り上がり商人の息子、他国から間諜として送りこまれた少年......。
彼らの顔立ちは、皆美しい。
でも。
今のサラ・サラーにとっては。
彼らの美しさが......本当に『自分が美しいと思っている』美しさなのか、確信が持てなかった。
またしても、この問題が立ちふさがる。
サラ・サラーは頭を抱えた。
「あ、そんなに、悩む......?あの、あの、紙と鉛筆、あるよ?」
そんなサラ・サラーの様子を見て、少年はちょっとした画材を、彼女に手渡した。
そしてがりがりと音を立てながら、彼女の目の前に、机を引っ張って来た。
「た、試しに、描いてみたら、どう?」
そして、そんなことを言った。
少年は、モブである。
モブではあるが、天才だ。
絵を描こうと思ったら、誰でも絵が描ける。
自分を基準に、そう思いこんでいる。
......今回は幸いなことに、相手がサラ・サラーであった。
彼女には、何でも卒なくこなせるようにと“与えられた”才能がある。
絵だって、描こうと思えば、難なく描ける。
だから、言われるがままに鉛筆を握り、紙の前で彼女が固まっているのは......絵を描くのが難しいからではなくて、何が美しいのか、わからないからであった。
「うーん、き、気楽に描けば、良いんだよ?何か、ない?思い出の中に、君の、『美しいもの』」
「思い出の、中......?」
そんな少年の、助け舟を得て。
サラ・サラーの手は......自然と、動きだしていた。
しゃか、しゃか、しゃか。
静かな美術室の中に、鉛筆が紙の上を走る音だけが響く。
◇ ◇ ◇
「うわあ......!」
数分後。
紙の上に描き出されたその鉛筆画を見て、少年は思わず息をのんだ。
何故なら、それは。
本当に、美しかったからだ。
「凄い......凄いよ、君!」
少年は、きらきらと尊敬でその瞳を輝かせながら、サラ・サラーの手を両手で握りしめた。
そして、少年は、その時初めて。
サラ・サラーの異変に、気がついた。
彼女は、呆然と、自分が描きあげた鉛筆画を眺めながら。
ぽろぽろと、涙を流していた。
その、紙の上に。
描かれていたのは。
黒髪黒目の、美しい少女の姿。
「エミー......!」
ぽつりと、その少女の名前が口から発せられた。
その瞬間。
彼女の頭の中を覆っていた、靄が。
ついに、すっかりと、吹き払われた!
「ああ......エミー、エミー......!!」
サラ・サラーは泣きじゃくりながら、鉛筆画をぎゅっと抱きしめた。
彼女は!
“サラ・サラー”はようやく、まどろみから目を覚ました!
そして“杉千尋”はようやく、己が何をしていたのか......“させられていたのか”、おぼろげながら、理解した!
たまたま、運命神の思考制御に、綻びが生じていた時!
たまたま、彼女は少年と出会い!
かつての......大切なお友達のことを!
魂に打ちこまれた、楔を!
......思い出した!
つまりは、偶然に偶然が重なり!
サラ・サラーは!
杉千尋は!
二人の、少女の魂は!
運命神の呪縛から、解き放たれたのだ!
今、ここに。
ヒロイン然とした、従来たどるはずであった、運命ではなく。
運命神によって捻じ曲げられた、愚か者として断罪され消費される、おバカな悪役としての運命でもない。
新たな、サラ・サラーとしての人生が、始まったのだ。
捻じ曲げられたサラ・サラーの運命は。
彼女の魂の奥底に打ちこまれた、エミーの存在という楔によって。
再度、捻じ曲げられることになったのです。
そしてそれはきっと、サラ・サラーにとっても、杉千尋にとっても。
悪いことでは、ないはずです。
サラ・サラーのこれからの人生には、きっと多くの困難が待ち受けているのでしょう。
それでも、サラと千尋は、同じ体に宿ってしまった二つの魂は、対話を重ね、まっとうに人生を歩んでいくのだと思います。
物語的には、再登場はかなり後のことですが。
サラちゃん、それまでお元気で。
......これは、決して批判ではないのですが(必要とあれば、自分もやるので)。
どんな背景が、あったとしても。
断罪されてざまあされるキャラクターって、なんだかちょっとかわいそうだなって思ったり、しません?
たまには、そんな彼ら彼女らに、救いがあっても良いでしょう?
ジョバンノは、救いきることが、できませんでした。
だけどサラちゃんは、まだ間にあうということです。




