408 【悪役令嬢に転生するのは構わなくってよ!だけど名前がイジワール・デスワーって、ちょっと酷すぎじゃありませんこと!?】サラ・サラー男爵令嬢SIDE(CAUTION!)
ここから先は、色々な人の閑話集です。
まず始めは、サラ・サラー男爵令嬢(第5章登場)のお話。
次話に続きます。
リン、ゴーン......リン、ゴーン......。
西日を浴びてきらきらと輝く王立キラリメーク学園に、時を告げる鐘の音が鳴り響く。
日の入りも早く外で遊ぶにしても寒いこの季節、初等部に通う児童が、この時間まで校舎に残っていることは少ない。
特に理由もなければ、子どもたちは日が傾き始める前に寮へと戻り、宿題に取りかかるものだ。
「おかしい......おかしいの、です......」
つまりは、腕を組みうつむきながら、鬼気迫る表情でぶつぶつと独り言をつぶやきつつ誰もいない廊下を歩くこの桃色髪の美少女は、この時間まで“校舎に残り続けなくてはならない”理由があったというわけだ。
半円形の窓から差しこむ西日にブレザー状の制服を黄色く照らされながら一人歩くこの少女の名前は、サラ・サラー。
成績優秀で、運動神経も抜群。
文武両道を地で行く存在でありながら、なおかつ美少女。
生まれ持った身分は片田舎の男爵令嬢と低くはあるものの、“通常であれば”、既に初等部に通う今の段階から、王家や有力貴族たちから目をかけられていてもおかしくはないという、それほどまでの天才児である。
そう、“通常であれば”。
しかし現在の彼女は、高位の皆様に囲われるどころか......ちょっと、距離をおかれている。
『え......いや、あの子......ちょっと、やばくね?』って、思われている。
何故か。
......それは彼女の性格や行動が、理由だ。
田舎の生まれとは言え、あまりにも常識のない行動。
まだ初等部だと言うのに、いや、初等部でなくてもおかしいことなのだが、露骨に特定の男子生徒にのみ態度を変える。
慎みがない。
距離感がおかしい。
『自分は“皆”から愛されて当然』という、謎の自信に満ち溢れており、なんか怖い。
時々わけのわからないことをつぶやくので、不気味。
未来予知でもできるのかと疑うほどに、先回りで行動することがあり、凄く不気味。
このように、彼女が遠巻きにされる理由は、いくらでもあげることができる。
そのうえ、彼女は“反省”をできない。
例えば、何か彼女が非常識な行動をとり、教師がそれを理路整然とわかりやすく、注意したとする。
彼女には、理解力はある。
だから教師の説教はしっかりと理解できる。
話を聞いているときは、震えながら、青い顔で、その愛らしい顔に涙を浮かべながら、しっかりと“反省しているかのような態度”をとる。
しかし、だ。
それから1時間も、すれば。
彼女はすっかり説教のことを忘れ、愛らしい笑顔を浮かべてまた同じことを繰り返すのだ。
教師たちは、もはや彼女の素行改善には、匙を投げている。
彼女の異常な行動については、『何やら高度な呪いや魔法をかけられ、操られているのではないか』という仮説も提唱されたが、それは否定された。
密かに検査もしているのだが、結果が出なかったのだ。
もし、彼女の行動が呪いによるものであるとすれば。
それは人の手では解き明かせない、超高度な呪いだ。
そんなものを、かけられるのは。
例えば、神。
バカらしい。
神が人の子に、呪いをかける?
ありえない。
そう言って大人たちは、それ以上の検証をやめてしまった。
『つまり、サラ・サラー男爵令嬢は、変な少女なのだ』。
そう決めつけて、彼女のことを調べることも、指導しようとすることも、やめてしまったのだ。
教育に対して高い熱量を持つ、優秀な教師ですら、だ。
つまりそこには。
教師たちの理念、信条を知らぬ間に捻じ曲げる、超常の存在の介入があったわけなのだが。
そんなこと、人には気づきようもないし......気づいたところで、どうしようもないのだった。
◇ ◇ ◇
話を戻そう。
さて、人気の少ない夕方の王立キラリメーク学園初等部棟に、どうしてこのサラ・サラーが残っていたのか。
それは。
「どうして、アキナインくんが、いないの、ですか......?“キラ学”の展開通りなら、彼は教室で、自分の隠された教科書を探しているはずなのに......?」
それは、“乙女ゲーム”のイベントに介入し、攻略対象からの好感度をあげるためだ。
彼女は自分が、『剣と魔法と恋乙女~キラキラ学園、恋愛下克上!~』という乙女ゲームの主人公に転生したと、“思いこまされている”。
そしてさらに彼女は、“それならば、攻略対象を全員堕とし、逆ハーレムを築きたい”という欲望を、“植えつけられている”。
はたから見れば非常識な行動をとるよう、最終的に悲惨な末路をたどっても『視聴者』が胸を痛めない人間になるよう、“誘導されている”。
今回彼女は、成り上がり商人の息子アキナインの攻略を行うべく、動いていたというわけだ。
アキナインは成り上がり者の子であるため、一部上位貴族の子息たちからは忌々しく思われている。
だから、本来的には、彼はクラスでいじめを受けている......はずだった。
教科書を隠され、涙をこらえながら、必死でそれを探している......はずだったのだ。
しかし現実には。
サラ・サラーが血眼になって探そうとも、いじめられている成り上がり者の息子なんて、どこにもいやしなかった。
アキナインという児童は、学園に在籍してはいるものの。
彼は既に、上位貴族の子息たちの関係も改善しており、肩組みあって笑う仲になっているのだ。
このような現状で“イベント”など、起きるはずもなかった。
「それもこれも......きっとまたしても、あの悪役令嬢イジワールが、悪いの、です!あの悪女がきっと、家の権力を笠に着て、事前に手を回してアキナインくんのいじめを解消し、彼のクラスを平和にしてしまったの、です......さすがは悪役令嬢、なんて忌々しい、悪女の行い......!」
いや、クラスを平和にしたなら、それは善行だろ。
悪女の行いでは、ないだろ。
そんなつっこみは、さておき。
爪を噛みながらつぶやいたサラ・サラーの言葉は、証拠も何もない、彼女の被害妄想から生み出された言葉であるのだが、その実正しい。
彼女が言うイジワールとは即ち、イジワール・デスワー公爵令嬢のことだ。
確かにこのイジワール・デスワー公爵令嬢は、サラ・サラーとは違って、いじめが発生する前に行動を起こし、問題を解決していた。
イジワールは本来、わがままで自分勝手で、人のことなんてどうでも良いと思っている、酷い女であるはずだった。
しかし、現実の彼女は、優しくて明るく、公爵令嬢にしては少しだけお転婆な面もあるが、皆から好かれる人気者だ。
サラ・サラーと同様に文武両道でもあるし、人格も素晴らしく、生まれ持った地位もある。
その上、幼い身でありながら、既に様々な事業にも着手しており......彼女が考案した『イジワール魔法織』という紡績技術は、黄金大陸の服飾文化に一大ムーブメントを巻き起こしつつある。
誰もが彼女を、素晴らしい人間だと、賞賛するのだ。
『まるで、神に愛されているかのようだ』と。
......実際に、愛されているわけだが。
とにかくサラ・サラーは、そんなイジワールが大嫌いだった。
悪役令嬢の癖に、良い子ぶっているところが、気に食わない。
自分だけは、彼女が悪役令嬢だと知っているのに......誰もそれを信じてくれないのも、腹立たしい。
「あーーー......もうっ!」
イジワールについて考えていると、サラ・サラーの思考は次第に靄がかかったようにぼんやりとし始めて、細かいことが良く分からなくなる。
そして最後に、『イジワールが憎い』という気持ちだけが、残るのだ。
それも、本当に気持ちが悪く、彼女を苛立たせる要因であり......。
サラ・サラーは苛立ちにまかせて、自身の美しい桃色髪をかきむしり、髪形をぐちゃぐちゃにした。
その時だった。
「............?」
サラ・サラーはふわりと、己の頬を風がなでるのを感じた。
「誰かが、窓を閉め忘れたの、ですか?」
ならば、閉めなくては。
サラ・サラーは自然と、そう思った。
彼女は“乙女ゲーム”に関わる物事には非常識な行動を“とらされて”いるが、その根は比較的善良で、庶民的である。
窓が開きっぱなしだと部屋が寒くなって暖房費がかかるし、閉め忘れた子が怒られてかわいそう。
そう思ったサラ・サラーは、風の出どころであると思われる、廊下の先にある開きっぱなしの扉の方へと、歩いて行った。
その部屋は、美術室だった。
無人か、と。
彼女はそう思って開け放たれたままの扉を覗いたわけだが、しかし。
その部屋の中には、一人の少年がいた。
その少年は部屋の中央に陣取り、キャンバスに向かって一心不乱に腕を動かしていた。
絵を描いているのだ。
西日に満たされた、明るく輝くような部屋。
風に揺れる、白いカーテン。
肌をなでる、冷たい空気。
絵の具の匂い。
絵を描く少年。
“乙女ゲーム”には、登場しなかった情景。
サラ・サラーは、気づけば。
ふわふわした気持ちで、美術室に足を踏み入れていた。
ふわふわ、しているんだけど。
頭は妙に、冴えている。
そんな気がした。
頭の中のもやもやとか、苛立ちとか、憎しみとか。
そういうものが、薄らいだ気がした。
「ねえ」
サラ・サラーは絵を描く少年に、そう声をかけた。




