407 一方通行転移先
子ダコによって地面に叩きつけられたその瞬間、突然迸った、紫色の眩い光。
その光がために私は思わず目をつぶり、息を止めた。
そして、数秒後。
恐る恐るまぶたを開くと、激しい紫色の光はおさまっていた。
視界に広がるのは、ほのかに紫に染まる、白一色の天井。
先ほどまで私がいたのは、森の中にある遺跡であり、おおむねその遺跡の天井は崩れ落ちていたので......ここは、私の知らない場所だ。
つまり、私は魔方陣に叩きつけられ、そのまま転移した。
そういうことなのだろう。
「......はっ」
短く息を吐き、仰向けに寝転がっている状態から、跳ねとんで起きあがる。
きょろきょろと、辺りを見回すと......ここも、どこかの遺跡のようだ。
継ぎ目のない特徴的な白壁で囲われた、個室だ。
空気は先ほどまでと同じく、青い霧で満たされていて、視界は悪い。
今度は振り返り、足元を見やる。
私をこの場所へと転送した魔方陣は......先ほどの遺跡で私が見たものよりは、何故だか光が弱々しい。
<......魔力切れです>
オマケ様が、ぽつりと言った。
<この転移魔方陣......これまでは霧や小魚のような、小さなものしか転移させてこなかったのでしょう。しかしあなたが無理やり叩きつけられ、転移が発動してしまった。周囲から吸収し、蓄えてきた魔力を、ほとんど使い切ってしまったようですね。もはやこの魔方陣があの森とこの場所とでやり取りできるのは、霧くらいのものです。自然に回復する魔力だけを使うならば、後十年は小魚すら転移させることはできないでしょう>
「............」
その言葉を聞いて、私は試しに魔方陣の上に乗ってみた。
確かにオマケ様の言う通り、この魔方陣、もはやうんともすんとも言わない。
ただただほのかに、光るのみだ。
「そっか......」
つまり、私は。
どことも知れぬ、この場所に。
一方通行で、送り出されたということか。
タコ共め......。
「見事......」
それは、認めなくちゃならない。
お前ら、よくやったよ。
でも。
「あああああああッ!!!」
してやられたという苛立ちがッ!!
心の中で、抑えきれないッ!!
私は遠慮も何もなしに、遺跡の壁を、思いきり殴りつけた!
ドオンッ!!
ド、ド、ドオンッ!!
その衝撃は遺跡の分厚い壁に大穴を開け、ついでに次のと次のとさらに次の壁までぶち破り、遺跡の外へと続く道を作り出した!
途端に、遺跡外部に漂う、それまでの遺跡内部や先ほどの森よりも高濃度の魔力を含んだ霧が、流れこんでくる。
「ふーーー......」
深呼吸。
深呼吸だ。
八つ当たりは、良くない。
そう自分に、言い聞かせながら。
私は穴を通り抜けて、遺跡の外へと歩き出した。
◇ ◇ ◇
遺跡の外は、一面の霧が広がる世界だった。
どこまでも、どこまでも青い霧。
そして足元に広がるのは、苔、そして青緑色の葉っぱのベリー。
頭上では浮遊魚の群れが、さっと泳ぎ去って行く。
ここだけ抜き出せば先ほどまでいた森と同じ風景なんだけど、明確に違う点もあって、それは木が生えていないことだ。
その代わりに屹立しているのが、石柱だ。
石柱、と言っても、おそらく人工的なものではない。
水の流れ、もしくは雨風など自然の力によって削り出されたと思われる石柱が、無数に天まで伸びている。
この石柱、あまりに巨大で、初めはただの石壁かと勘違いしたものも、たくさんある。
ぐるりとその周りを歩いてみると、実はおおむね円形をしており、それが石柱だったと気づいたりしたほどだ。
そしてとにかくどの石柱にも共通しているのが、どれもこれも、非常に背が高いということだ。
一体どれだけ高いのか、青い霧に阻まれて、ちっともわからない。
「............」
私は試しにこの石柱を、登って見ることにした。
何も、大変なことはない。
【紙魚】を使って壁歩きをすれば、何の苦も無く登っていける。
ぺたぺた、ぺたぺたと。
まっすぐまっすぐ、無言で登る。
途中、見慣れない私に興味を持ったのか近づいてきた浮遊魚を、【黒触手】で突いてしとめ、それを丸かじりしながら、石柱を登る。
数十分ほど登っていると、周囲の景色に変化が生じ始めた。
いや、相変わらず視界は霧まみれなんだけど、変わり始めた点が、一つ。
それは、明るさだ。
さっきまでいた地面のあたりはずいぶんと薄暗かったんだけど、それがだんだん明るくなってきた。
おそらくこの調子で登り続ければ、もうすぐ霧の外に、出られるのだろう。
私がそう思った、ちょうど次の瞬間だった。
「わ」
私は思わず、声をあげた。
何故なら突然、私は霧から抜け出して......一面の青空が、視界に広がったからだ。
石柱から飛び出た形に削られた、天然の椅子を見つけたので、た、た、たんと飛び跳ねて移動し、そこに腰かける。
そして周囲を見回し。
「わあ............」
息を、飲んだ。
私の視界に広がるのは、青空のもとどこまでも広がる、果ての見えない霧の海だった。
その霧の海のところどころから......石柱の天辺がまるで島のように飛び出し、そこには樹木が生い茂っている。
そして遠くの方では......巨大な......あまりにも巨大な浮遊魚が、背びれを霧の海から飛び出させながら、悠々と泳いでいる。
私は食い入るように、無言で。
しばらくじっと、その美しく雄大な風景を眺めていた。
<......さて、気持ちは落ち着きましたか?エミー>
遠慮がちにオマケ様がそう声をかけてくれたのは、それから数分後のことだ。
私は、うなづいた。
こんな風景、見ちゃったらね。
苛立ちなんか、どこかに行っちゃったよ。
でも。
<でも?>
落ち着いてしまうと、放置できない疑問が浮かぶよね。
<『ここはどこか?』と、いうことですね?>
その通り。
私は改めて、霧の海を見回した。
本当にここ、どこまで行っても霧の海。
それ以外、何も見当たらない。
何なの、ここ?
どこなの、ここ?
<その疑問にお答えするのは、容易いことです。何せこれほどまでに特徴的な風景は、アーディスト広しと言えど、ただ一か所しかありませんから>
オマケ様はそう言ってから、もったいぶってこほんと咳払いをした後。
<ここは......あなたが先ほどまでいた黄金大陸とは、別の大陸......“幻想大陸”ニージアル南東部に位置する、広大な盆地>
ゆっくり、はっきりと。
<いや、盆地......ではあるんですけど。盆地というよりかは、この通り、年中霧に満たされていることから、この大陸の人々はこの地のことを、“霧の海”であると、見なしておりまして>
ちょっとだけ、回りくどい言い方をしてから。
<つまり、ここは......次のように、名づけられています>
この地の名前を、教えてくれた。
<エセレム大霧海、と>
というわけで、エミーは新たな冒険の舞台、幻想大陸へと到達しました。
次章からはこの大陸で、相変わらずのエミーちゃんが、大暴れだぞ!
覚悟しろ(誰に対して言っているんだか)!!
ちなみに、本章におけるエミーの冒険はこれでおしまいですが、後何話か、別の人たちの話をします。
それが終われば、第二部のスタートですよ。
どうぞよろしくお願い申しあげます。




