406 霧中決死のバケモノ退治
むちっ、むちっ、むちっ......。
青く深い霧が満ちる森、その中心部に響くのは、そんな音だ。
つまりそれは、エミーが巨大タコの肉を、貪り食う音だ。
あまりに巨大なタコの亡骸、その腕も、既に8本中5本が食らいつくされた。
それでもエミーは、空腹だ。
食べても食べても、満たされない。
肉を噛みちぎった後は、ほとんど丸のみのような形で、彼女は一心不乱に巨大タコを腹の中に収め続けていた。
なおこの周辺、エミー以外に動物は存在しない。
こんな大物の肉が横たわっているのだ。
小魚たちが集まって、ちょんちょんとつつき始めるのが普通だろう。
しかし、今この時に限っては、この場所にはエミー以外の捕食者は存在しない。
何故ならエミーは、巨大タコを食らいつつも周囲に【威圧】を放ち続け、タコ肉泥棒たちを追い払っているからだ。
つまりは。
「............」
エミーがこの瞬間にその存在を感知した、集団は。
エミーの【威圧】も意に介さずに、こちらにまっすぐに向かってくる集団は。
よほど、強いか。
もしくはよほど、覚悟を決めた、集団であるということだ。
「............」
エミーは6本目のタコ足をちょうど食らいつくすと、ごしごしと口の周りを手の甲でふき、霧の森を睨みつけながらゆっくりと拳を構えた。
相手が、近寄ってくる集団が、一体何者かはわからない。
しかし、これだけの【威圧】に歯向かい、こちらに向かってくるのだ。
敵だ。
つまりそれは、敵なのだ。
皆殺しだ。
エミーの頭が再び戦闘モードに切り替わり、魂が殺意に満ちる。
殴り飛ばして。
引きちぎって。
踏みつぶして。
......殺す!
しかし、エミーは。
肉体と精神を、しっかりと臨戦態勢に整えていたにも関わらず。
霧の奥からその姿を現した集団を見て。
......少なからず、動揺したのだ。
何故か?
エミーのもとへとたどり着いた、その集団は。
数えるのも嫌になるほど、無数の。
小さな、タコたちであったからだ。
先ほど殺した巨大なタコと、本当によく似た。
子ダコたちで、あったからだ。
◇ ◇ ◇
そんなバカな!
いくらタコが、頭の良い生き物であるとは言え!
母の死を検知し、その復讐のため、向かってくる!?
そんなことが、現実的にあり得るわけがない!
......そう、思われる方も、いらっしゃることだろう。
実際、エミーとオマケ様も、ちらりとそんなことを、思った。
だがしかし、現実として、子ダコたちはここに来た。
怒りに燃える彼ら彼女らの瞳が、タコの知能に対する侮りへの、完璧なる反証だ!
もしそれでも納得できない方には、『そもそもタコは地上で活動したり空を飛んだりしない』という言葉を贈らざるを得ないが、それはさておき。
とにかく、確かにエミーはこの時、少しだけ動揺した。
子ダコたちの怒りに満ちた瞳に射抜かれ、少しだけたじろいだ。
しかし。
オマケ様がエミーに、語りかける。
<これまであなたが、“親”を、もしくは“子”を......殺していないと、お思いですか?>
と。
そう......おおよその場合において、生き物とは何かの“子”であり、場合によっては既に“親”である。
今までだってエミーは、様々な家族を壊し、食べてきたのだ。
その復讐に来た熊を、返り討ちにしたこともある。
今さらなのだ。
自分のために、他者を、世界をすりつぶして、とりこみ続ける。
そうやってエミーはこれまで生きてきたし、これからもそうやって生きていくしかないのだ。
今回は、わかりやすかっただけだ。
本当に、今さら、なのだ。
再度、エミーの殺意に火がつき、燃えあがる。
その魂が、またバケモノのそれへと、変じる!
しかし。
エミーの心が残していた、その人間性。
それが生み出した、ほんの少しの隙は。
今、この時においては。
子ダコたちに、味方したのだ!
ビュンッ!!
母親譲りの【気配遮断】によってその気配を隠し、エミーの背後へと回りこんでいた子ダコの内の一匹が......この時、エミーに対して、体当たりをかました。
子ダコとは言うが、巨大タコの子ダコだ。
その大きさは既に人の頭ほどあり、全力で宙を泳いだ場合の速度は、かなり速い。
そんな子ダコの、体当たりだ。
動揺により隙が生まれていたエミーはそれを避けることができず、体当たりを食らい、よろめいた。
エミーは、丈夫だ。
常人ならば骨が砕けるような体当たりを受けても、よろめくだけで済む。
このスペックがあるために、子ダコたちには本来、勝ち目などないはずであった。
しかし。
しかし、だ!
結論から言おう。
この子ダコたちは、確かに。
“やってのけた”!
「ぐ......!?」
よろけるエミーに、新たな隙が生じる。
それを見逃す、子ダコたちではない!
彼ら彼女らは一斉にエミーへと、今度は前方から、体当たりをしかける!
ドポン、ドポン、ドポンッ!
不意をついた連続攻撃が【黒鎧】越しにエミーの体に衝撃を与え続ける!
実を言えば、先ほど述べた通り、子ダコたちによるこの決死の攻撃も、エミーにダメージを与えることは、なかった。
しかし、彼らの間髪入れぬ、度重なる体当たりの衝撃によって。
ふわりと。
エミーの体が、宙に浮いた。
「しまッ......!?」
陸上生物であるエミーは、地に足つかねば本気が出せない!
慌てた時には、もう遅い。
彼女は子ダコたちの連続体当たりによって宙に運ばれ、反撃ができない状態で、もてあそばれ始めた。
【黒触手】で、子ダコたちを振り払う。
それをするための隙すら与えぬ、見事なまでの連携から生み出される、子ダコ連続体当たり!
「な、めるなああーーーッ!!」
エミーは宙を回転しながら絶叫し、本気の【威圧】を周囲にまき散らす!
その魔力の悍ましさに、至近距離で【威圧】を受けた数匹の子ダコはショック死するが、何せ彼ら彼女らは数が多い!
すぐに空いた穴は埋められて、連続攻撃は再開される!
そうしてエミーが宙を運ばれること、数秒。
仕上げとばかりに、子ダコの内の一際体の大きな個体が、地上へと叩きつける形で、エミーに対して強烈な体当たりを放った。
抵抗する隙のないエミーは当然それを食らい、真っ逆さまに地上へと落ちていく。
そして、その落下地点に、あったものは。
子ダコたちが、それを狙っていたのか、それとも偶然か......それは、わからないが。
とにかく、そこにあったものは。
......遺跡の中に残された、転移魔方陣!
「あああああああーーーッ!?」
猛烈な勢いで、転移魔方陣へとエミーが叩きつけられた、次の瞬間!
彼女の体は、迸る紫色の光に包まれた!
そして、その数秒後には!
エミーの体は、この霧の森から、すっかりと消え失せていた。
そして二度と、戻ってくることも、なかった。
静かな青い霧の森を死で彩った、どす黒い色のバケモノは。
こうして、姿を消したのだった。




