405 満身創痍の巨大タコ
彼女は......その巨大タコは、空腹だった。
それもそのはず。
ここ最近、彼女は大切な仕事にかかりきりで、食事すらしていなかったのだ。
彼女の巨大な体を支えるために必要なエネルギーは、膨大だ。
正直言って、森の中の魚をちまちまと狩って食べたとしても、それで回復が間に合う段階はとうに過ぎ去っている。
ようやく仕事が終わり自由の身になったとは言え、もはや手遅れ。
後は、パートナーの待っているはずのところへと、旅立つのみ。
で、あるはずだった。
だがしかし、彼女は見つけてしまったのだ。
小さい......小さいけれど、膨大なエネルギーをその身に秘めた、見たことのない......どす黒い色をした、二本足の生き物を!
あれを、食べれば。
あれを食べれば自分の腹は、十分に満たされる。
命が再び、体に満ち満ちる。
巨大タコの本能は、そう確信した!
だから、すぐさま己の肉体に命じた。
......あれを、狩り殺せと!
それは......彼女が冷静でありさえすれば、平時であれば、理性で押さえつけるタイプの衝動であった。
彼女は本来的には、賢い生き物なのだ。
得体の知れない生き物など、恐ろしい。
エネルギーをたくさん持っているからと言って、毒がないとも限らない。
エネルギーを、“持ちすぎている”可能性もある。
おそらく普段であれば、彼女はどす黒い二本足の生き物を見つけたとしても......むしろ巣穴に引っこんで、その身を隠していたであろう。
しかし、今の彼女は、空腹なのだ。
黙っていれば、どうせ死ぬのだ。
ならば、最後に。
挑戦する。
生きあがいて、見せようじゃないか。
彼女はついに、覚悟を決めて。
遺跡の中をのんきに見学していた、どす黒い二本足の生き物......エミー・ルーンに対して、その腕を伸ばした!
◇ ◇ ◇
エミーの両足に腕を巻きつけて持ちあげ、宙づりにした巨大タコ。
彼女の次の行動は、素早かった。
巨大タコはエミーのことをさらに高く振りあげると......今度は思いきり、彼女のことを、地面に叩きつけた!
巨大タコは、知っていた。
このあたりの地面はベリーに覆われてはいるが、実はその下は白くてつるつるした硬い石が敷き詰められているということを。
その硬い地面に、己の怪力を使って、獲物を叩きつけるのだ。
それも念入りに、何度も何度も!
ズガン、ズガン、ズガン、ズガン!!
静かな霧の森に、凄惨な衝突音が響きわたる!
巨大タコは、必死だった。
必死になってエミーを、何度も地面に叩きつけ続けた。
その状態を、確かめるような余裕はなかった。
とにかく、速攻で、念入りに、狩り殺す!
その一心だった。
だがしかし、その猛攻も、長くは続かなかった。
何度目かの叩きつけの後、巨大タコは己の腕に、違和感を覚えた。
さすがに気になって、腕を引き戻す。
すると、その腕は。
エミーにしっかりと巻きつき、その動きを封じていたはずの、その腕の先端が。
何やら鋭いもので、すっぱりと切断されていたのだ!
「!?」
何が起きたのかわからず、巨大タコは驚き混乱した。
そして、切断された腕の先から、先ほどまで己が獲物を叩きつけていた地面へと視線を動かし、さらに驚愕した。
そこには、どす黒い二本足の生き物が。
エミー・ルーンが!
巨大タコの猛攻を、受けた後にも関わらず!!
けろりとした顔で、立っていたのだ!!!
そのエミーが抱えるようにして持っているのは、切断された先の巨大タコの腕。
エミーはそれを、かなり巨大で硬く、弾力もあるはずのそれを、あっという間に全て嚙みちぎり腹の中に収めると。
ぽつりと一言。
「おいしい」
と、つぶやいた。
巨大タコの本能が!
先ほどは無責任に、あれを狩り殺せと肉体に命じたはずの本能が!
全力で警鐘を鳴らす!
逃げろ!
逃げろ、逃げろ、逃げろ!
逃げろ、と!!
誰が見ても、明らかだ。
あれほど叩きつけてやったのにも関わらず、奴はぴんぴんしている。
格が違う。
敵いようがない!
だがしかし、巨大タコは、逃げなかった。
第一に、己は今ここで逃げても、後がない。
第二に、逃げきれるとも、思わない。
第三に、ここまで覚悟を決めて挑んでおいて逃げるなど、彼女の矜持が許さない。
そして第四に......己がここで身を捧げ、奴の腹を満たすことで......“己の大切なもの”が、救われる可能性がある。
だから、彼女は逃げなかった。
全ての腕を縦横無尽に振り回しながら、エミーに挑みかかった。
そして。
いつの間にかエミーが作り出していたどす黒い大剣によって、その胴体を真っ二つに斬り裂かれて。
死んだ。
せめて、己の体だけで、満足してくれ。
そう、願いながら。




