404 超古代魔導文明におけるサービス残業問題
霧の森の中で見つけた、超古代魔導文明の遺跡。
そのエントランスと思しき大きな出入り口をくぐり中に入ると、まず出迎えてくれたのはホールだった。
この部分の天井はすっかり落ちてしまっているが、壁がかなり高い。
かつては、それはそれは大きな部屋だったのだろう。
その中心には何やら白衣のような服を着た男の像がたっており、その周囲は段差で囲まれ、その囲いの中には丸くて黒い石ころが敷きつめられている。
室内なのに、池とか噴水みたいなものを、設置していたのだろうか?
<あ、見てくださいエミー、超古代魔導文字ですよ!>
オマケ様が、像の前に設置された石碑のようなものを見つけ、そう声をあげた。
近づいて見てみるけど......そもそも私には、その、超古代魔導文字とやらは読めないし、ずいぶんとかすれている......。
<えーっと、これはですね......『ようこそ、偉大なるアルビ......』......うーん、やっぱり、だめです。さすがに書かれていた文字ともなると風化していて、あまり読みとれませんねぇ......>
まあ、そりゃそっか。
<ただ、この白衣の男性の像は、どうやら『社長の像』であるらしいですよ?つまりこの施設、超古代魔導文明で栄えた、何らかの会社の施設だったみたいですね>
ええ......古代では、会社が栄えていたのか、このファンタジー系の異世界......。
それにしても、社長ね。
じっと、男の像の顔を見つめる。
鋭い目つきが特徴的な、やせた男だ。
自信満々な笑みを浮かべていて、正直に言うと悪人面だ。
あんまり......良い人っていう印象は受けないな。
仕事はできても性格が悪そう。
<滅茶苦茶こきおろしますね>
でも......うん、そうだよね。
見た目だけじゃ人間性は、判断できないよね。
反省するわ。
<まあ、この男については......別に悪く言っても、良いかもしれません>
......どうせ何千年も前の人物なんだし?
もう会うことなんか、ないんだしね?
<ええ......“もう”、会うことは、ないと思いますね......>
◇ ◇ ◇
ホールからは左右に廊下が伸びていた。
ただし、左側の廊下はすっかり瓦礫に埋もれていたので、右側の廊下を進む。
廊下の床にはすっかりベリーが繁茂していて、私が歩くたびにかさかさと音が鳴る。
それに驚いて、ベリーの草むらからハゼのような魚が飛び出した。
私の肘から先くらいの体長がある、大きなハゼだ。
当然、【黒触手】で銛のように突いて一撃でしとめ、食べる。
そしてそのまましばらく歩いていると、廊下側面にいくつもの扉の跡のようなものが見えてきた。
そしてそれぞれの扉の跡の向こう側には、これまた大きな部屋が広がっている。
<ここは......この会社のオフィスだったのでしょうか?>
苔むした執務机の残骸のようなものが転がる大部屋を見て、オマケ様がそうぽつりとつぶやく。
確かに、そうかもしれない。
机がいくつも島を作っていて、それぞれの島には四角い謎の装置が一つずつ設置されている。
もしかしてあの装置は、電話だろうか?
<あ、そうですそうです、電話のようなものです。当時はこのタイプが、主流だったんですよ。懐かしいですねぇ>
......今さらながら、超古代の遺跡を見て懐かしさを覚えるオマケ様の超常の存在感が、なかなかに凄いなぁ。
<そして部屋の出入り口近くの壁を見てください、エミー!これは魔力による個人認証装置ですよ!当時の政府は横行するサービス残業問題への対策として、各企業にこの装置を導入し勤務管理を行うことを義務として求めたわけですが、残念ながらこの施策には抜け穴も多く......>
そ、そんな世知辛い話、聞きたくない!
超古代の時代のサービス残業問題の事情なんか、聞きたくないよっ!
どうせならもっと、ロマンあふれる話が聞きたいよ!
<あーーー......当時は一人一台という感じで、自由自在に空を飛ぶことのできる魔道具が普及しておりまして......>
おお、その話には、ロマンがあるね!
<通勤時間が大幅に短縮された人類は、その浮いた時間でサービス残業を......>
結局そこに、行きつくの!?
◇ ◇ ◇
オフィスの他には、食堂、調理場、備品庫、トイレ、隠し扉の向こうの宿直室、そして独房など、私は魚を捕まえては食みつつオマケ様の案内を受けながら、遺跡を先へ先へと進んでいた。
基本的に天井の多くは崩れ落ちていて野ざらし状態なんだけど、遺物が多く残っているのは、オマケ様曰く魔力が豊富なこの霧のおかげらしい。
詳しくは、よくわからないけど。
それで、まあ。
オマケ様の解説は楽しかったけど、結局この遺跡は、超古代魔導文明末期の時代の、とある会社のオフィスであったらしい。
そしてオフィスだもんで、なんか危険な古代の兵器が封印されているとか、そういうドラマチックな展開もなく......私の遺跡見学はこのまま何もなく、終わりを迎えようとしていた。
廊下の先の次の小部屋の、出入り口をくぐるまでは。
「!?オマケ様、これは......」
<なんと......>
その小部屋の床に描かれていた、それ。
それは常時、紫色の光を放ち続け、ほのかに輝き続けていた。
複雑怪奇な模様で構成された円形のそれを、私は見たことがあった。
使ったことも、あった。
......義母の家の、地下室にて。
つまりそれは......そう。
転移魔方陣だった。
驚き呆けてじっとそれを見つめていると、その転移魔方陣が少しだけ、その光の強さを増した。
すると数秒後、魔方陣の上に、一匹の小魚が現れる。
小魚は突然のことに混乱し、ぴゅんぴゅんと小刻みに方向転換しながら泳ぎ、周囲を確認した後......天井がないので、上の方に泳いで行って壁を乗り越えて、野生の本能に従って森の中へと泳ぎ去って行った。
<なるほど......この森にどうしてこんなにも浮遊魚が生息しているのか......その答えが、この転移魔方陣であったというわけですか!>
オマケ様が、興奮で声を震わせながら、そうつぶやいた。
どういうことなのか?
さすがにそれは、解説してもらわなくても、私にもわかるよ。
つまりオマケ様は、この森の空飛ぶお魚たちは、この転移魔方陣を通ってこの地にやってきたんだと......もしくはそうしてやって来たお魚たちの子孫なんだと、そう言いたいんでしょ?
<その通りです、エミー。そもそも黄金大陸にはこの地以外には浮遊魚は生息しておらず、何故この地にのみ彼らが存在しているのかは長年の謎とされてきました。少なくとも動画は配信されていないので、私もその理由については、知らなかったのです。しかし......なるほど、転移魔方陣ですか>
なんだかこの魔方陣の周囲、他よりも霧が濃いような気がするんだけど......もしかして、この森の霧も......?
<ええ、魔方陣によって、この地に運ばれているのでしょう。世界の謎も、その真相は意外に単純なものですねぇ......おそらく何らかのきっかけがあり、ある時休眠状態であった超古代魔導文明時代の転移魔方陣が、蘇った。その後もこの魔方陣は、周囲の霧に含まれる豊富な魔力を使用して自動で稼働を続け......長き時を経て、しまいにはこの黄金大陸に、浮遊魚たちの楽園を作りあげた......そういうことなのでしょう>
へー......?
じゃあさ、オマケ様、質問。
この魔方陣はどこにつながっているのかな?
空飛ぶお魚の生息地で、ここと同じく青い霧に満たされた土地ってことだよね?
そんなところがあるの?
<あります、あります。ピンときましたよ。魚種の共通点もありますし、間違いないでしょう。この転移魔方陣が、つながっているのは......>
オマケ様は、実に楽しそう語っていた。
私も、楽しかった。
隠された世界の秘密を知ることができるなんて、わくわくするでしょ?
だから、夢中になって話を聞いていた。
だけど、オマケ様の言葉の、その先の結論。
残念ながらこの時、それを私は、聞くことができなかった。
何故なら、突然。
部屋の外から......壁を越えて穴の開いた天井から、何か長いものが猛烈なスピードで飛び出してきて、私の両足に巻きついたからだ!
突然の、不意をついた攻撃だ!
「!?」
私はオマケ様とのお話に夢中になるあまり、その攻撃をかわすことができず......あっという間に両足に巻きついたそれによって逆さまの状態で持ちあげられ、宙ぶらりんにされた。
空中に持ちあげられた、私が見たもの。
私の隙をついて、私を捕獲した存在。
黒い幹の大樹たちを押しのけるようにして、霧の森の奥から姿を現した、それは。
私が見学していた遺跡なんて、簡単に押しつぶしてしまえそうなほどに、巨大な。
大樹のように太くて長い、8本の腕を持つ......!
タコだった!!




