402 霧の森行く腹ぺこエミー
どこまでも、どこまでも続く青い霧。
その霧の下にびっしりと生えているのは、くるぶしにも届かないような背の高さのベリーだ。
黒くて甘酸っぱい実がなるこのベリーの葉の感触は、少し硬め。
私は丈夫だから素足で歩けるけど、普通ならその小さな葉っぱの鋭さで、ケガをしちゃうと思う。
<あ......エミー、来ましたよ>
時折足元のベリーをつまんでは口に運びつつ、ぼーっと歩いていた私だけど、オマケ様のその言葉を受けて集中力を高める。
意識をベリー収穫モードから戦闘モードに切り替える。
足元ばかり見るのをやめて、顔をあげる。
すると、大人が十人手をつないでも囲めないような、黒く巨大な大樹のシルエットが浮かぶ霧の森の奥から......これまた巨大なシルエットがこちらに向かって、猛烈な勢いで近づいてくるのが目に入った。
そのシルエットは、宙に浮いていた。
大きさは、目測で優に5メートルを超えている。
流線型の鋭いボディ。
三角に尖った、背びれと胸びれ。
後方で左右に揺れる、三日月形の尾びれ。
私を食べるべく大きく開いたその口の中には、小さな鋭い歯が無数に並んでいる。
そう、それは、つまり。
サメだ。
空を飛ぶ、大きなサメだ!
ゴオオオオオッ!!
霧をかきわけ空を泳ぐこのサメは、瞬く間に私との距離をつめていく。
その瞳は殺意と食欲によってか、真っ赤に濁っている。
やる気満々、迫力満点だ。
<ヒレをおいしく加工する知識を、私が持っていれば良かったのですが......>
「............」
だけど私もオマケ様も、慣れたものだ。
だってこのサメのお仲間たちには、既に何度も襲撃を受けており、その都度撃退済みなのだ。
だから、既に知っているのだ。
この生き物は、どう頑張っても、私の脅威には、なりえない。
その鋭い歯は、私の今着ている【黒鎧】......アーシュゴーでも着ていた、【黒腕】を応用して作った鎧のことなんだけど、とにかくその【黒鎧】どころか、私の素肌を傷つけることすらできない。
このサメは見た目は怖くていかにも霧の森の王者然としているけど、その実力はその辺の小魚と、何ら変わらないのだ。
<いや、そんなわけないでしょう......このサメだって、十分に強いですよ。あなたと比べると遥かに弱いですけど>
「............」
オマケ様が何やら言っているのを聞き流しながら、私は無謀にも私に突進してきたサメに向かって、数本の【黒触手】を射出した。
「!?」
狙い過たずサメの体を貫く【黒触手】。
突然のことに混乱し、暴れるサメ。
こいつらはタフさだけは評価できる連中であり、多少体に穴が開いたくらいでは死なないのだ。
混乱し暴れながら、しかし突進の勢いを殺さず私に突っこんできたサメを、私はひょいと跳ね避けて。
サメに突き刺さったままの【黒触手】を使って。
サメをぐるぐると、振り回し始めた。
そうしてから。
ドオンッ、と。
思いきり、そこら辺に生えている大樹に向かって、サメを叩きつける!
さすがにここまですれば、このサメもまともに動くことが、できなくなる。
それでもまだびくびくと痙攣しながらも、再び空に浮かびあがろうとするのだから、やはりこいつらのタフさは相当なものだ。
多分こいつら、この状態で放置しておけば、しばらくしたら復活するぞ。
まあ、すぐにとどめを刺すんだけど。
「............」
私は【大蟷螂】を使って、サメの頭を胴体からすっぱりと斬り離した。
それでもまだぶんぶんと尾を振りながら暴れるサメの体をがっしりと掴み。
そしてその肉に......歯を立てる。
黙々と嚙みちぎり、腹の中に送りこむ。
味がどうとか衛生面がどうとか、そんなことはもう考えない。
とにかく腹に送りこむことが、重要だ。
でも腹に送っても、送っても......それはあっというまに溶けて消え去って、どこかに行ってしまう。
空腹は、おさまらない。
いつまでたっても、おさまらない。
私が王都を去ってから、既に2か月。
人気を避けてこの森に入ってからだと、1か月。
それでもまだまだ、空腹はおさまらない。
目につくもの、みんな殺して、食べている。
それでもだめだ。
お腹が空いたよ......。
暖かな霧に包まれよくわからないけど、季節は冬。
あ、そう言えばこの前、10歳になりました。




