401 【アーディスト随想】ウリマレキノルの森
第18章始まります。
第2部が始まる前の、ちょっとした章です。
『ウリマレキノルの森』
ウリマレキノルの森。
それは黄金大陸ハメジカの最西端に伸びる半島、ウリマレキノルに広がっているため、自然とそう呼ばれるようになった広大な森だ。
この森について特筆すべき点はいくつかあるが、その一つが“霧”である。
ウリマレキノルの森は常時、魔力を多分に含んだ青い霧によって覆われているのだ。
日の光を浴びてぼんやりと輝く、青い霧。
地面はびっしりと、青緑色の葉を持つごくごく背の低いベリーと苔によって覆われている。
前を向けば、浮かびあがるは太古よりその地に根を張る、巨木のシルエット。
実に、幻想的な風景であることだろう。
さらに、その風景に彩を加えるのが多種多様な“浮遊魚”の存在である。
皆さんは、浮遊魚をご存じだろうか?
浮遊魚とは、端的に言えば、空を飛ぶ魚である。
もし皆さんが幻想大陸にお住まいであれば、大陸最北端の町チコリモア特産の、カゼカツオを思い出していただきたい。
それでもぴんとこなければ、“カゼ粉”と聞けば、わかるだろうか?
スープ等の料理の風味付けに良く使われるこのカゼ粉、実はこれはカゼカツオの身を乾燥させて作られた調味料であり、そしてこのカゼカツオこそが浮遊魚の代表例なのだ。
年に二度ほど町に襲来するこのカゼカツオの群れを、チコリモアの漁師たちは飛行魔法を駆使し、熟練の技で漁獲していく。
その技前たるや一流の魔法使いですら舌を巻く程と言われているが......これ以上はあまりにも話が脇道にそれてしまうので、割愛する。
とにかく、例えば幻想大陸であれば、その他にも多くの種の浮遊魚が生息しており、なじみ深い方も多いことだろう。
しかし一方で、黄金大陸にお住いの皆さんであれば、浮遊魚という言葉を聞いても、首を傾げてしまうかもしれない。
何しろ黄金大陸においては、ただ一か所の例外を除けば、浮遊魚は生息していないのだ。
そしてその“ただ一か所の例外”こそが、ウリマレキノルの森である。
常時霧に覆われていて、高湿度。
さらに空気中には、高濃度の魔力が漂っている。
研究者によれば、ウリマレキノルのこのような環境が浮遊魚の生育に適しているらしいのだ。
そのためウリマレキノルの森では、一般的に幻想大陸と比べると空気中の魔力濃度が薄いと言われる黄金大陸でも、多種多様な浮遊魚が生息できるらしい。
しかしながらこのウリマレキノルの浮遊魚たちであるが、未だに謎の多い存在でもある。
その謎の一つが、魚種だ。
実はウリマレキノルの森で見られる浮遊魚は、幻想大陸南東部で確認できるそれと種類が一致していることが確認されているのだが、これは一体どういうことだろうか?
幻想大陸南東部から黄金大陸最西端まで、風に乗って渡って来た。
かつて両大陸は一つであり、それが分断されることで生息地が分かたれた。
何者かが人為的に、ウリマレキノルまで幻想大陸南東部の浮遊魚を運び入れた、等々......。
様々な説が提唱されているが、現在のところどれも証拠はなく、真相ははっきりしない。
詳細な調査をしようにも、それを阻むのがウリマレキノルの霧だ。
先述したようにこの霧は高濃度の魔力を含んでいるため、人間はこの霧の中では、長時間活動することができない。
半日も霧の中にいれば、大抵の人間は魔力中りを起こし、死に至る。
故に冒険者たちも、森の奥までは入りこむことができないでいる。
だから、調査が進まない。
謎は依然として解き明かされず、全ては霧の中に覆い隠されている。
まったくもって、研究者にとってみれば、魔力を含んだ霧というのは実に厄介者であることだ。
だが、しかし。
研究を生業としない、私のような者にとってみれば......真実をひた隠す、人を寄せつけぬ霧というのもまた、ロマンである。
ウリマレキノルの森に限らず、サバランゲ砂漠南部、ナッドネンギ海域、そしてかの有名なエセレム大霧海など、その霧のせいで人が入りこめない地域は、世界中枚挙にいとまがない。
その霧の中には、一体何が隠されているのだろうか?
想像するだけでも、実に楽しいではないか。
ぜひとも世界中の霧たちには、これからも人類の侵入を阻み続ける壁であって欲しい。
そして世界中の研究者たちは、これからも真実を追い求めて、霧に挑み続けてほしい。
霧について考えていると、私の胸の中ではいつも、実に相反する無責任な感情がぶつかりあって、たまらないのだ。
なお、ウリマレキノルの森であるが。
その外周部分までなら霧の影響も少なく、遊歩道すら整備されている。
熟練の冒険者ガイドのもと森の美しい風景と浮遊魚を見学する観光ツアーも組まれているとのことなので、興味をお持ちの方は、地元の冒険者ギルド出張所もしくは観光協会に問い合わせをすると良いだろう。
まったく、自由に旅することを許されぬこの身が、実に恨めしいことだ。
(ライテン・リーブス著『アーディスト随想』より抜粋)




