400 【神々のお話14】死神アロゴロスと冥府神アサヴァ
オマケの閑話です。
激動の『夜明けの日』から、数日たったある日の夜のこと。
星一つ見えぬ曇り空のもと、ミハビュシラの丘の草むらをがさこそとかき分ける、黒いローブを着こんだ人物の姿があった。
星明かりもなく、眼下に広がる王都から届く魔灯の光も微々たるものだ。
それなのに、その人物は何らその活動を阻害されないらしく、ずっとがさこそがさこそやっている。
何かを探しているらしい。
「はあーあ......」
その捜索が、6時間以上は続いた後。
その人物はついに音をあげたらしく、どさりと草原に尻をついてため息をついた。
男の声だ。
そして、伸びをする。
空を見上げる姿勢になる。
すると、彼がかぶっていた黒いローブのフードがはらりと落ちて、それまで影となっていた彼の顔面が露わになるのだが。
その場面を目撃していた王都民がいなかったことは、幸いだろう。
何故なら、その男の顔は。
肉も皮もついていない......しゃれこうべであったからだ。
この世界アーディストには、ごく一部の例外を除いてアンデットは存在していない。
それなのにこの男は、どこからどう見ても、動く骸骨である。
これは一体、どういうことなのか?
この男の正体は、一体何者なのか?
その答えは。
<<<おいっ!死神アロゴロス!何をさぼっているのだっ!>>>
......骸骨男の周囲に突然響きわたった、女性の声がすぐに明らかにしてくれた。
「さッ!?さぼってはおりません、冥府神アサヴァ様ッ!!」
骸骨男は慌てて跳び跳ねるように起立し、気をつけの姿勢をとった!
<<<良いか、アロゴロス......私はいつだって、お前のことを見ている......いや、違うっ!監視しているのだっ!さぼれるなどとは、努々思うなよっ!?>>>
「ひえ......オレ、信頼ないですね......」
<<<ふ......休暇申請も出さず、部屋に引きこもってふて寝していたお前が、信頼を語るか?>>>
「うう......返す言葉がないです......」
<<<そ、そうだ!良いことを考えたぞ!お前に、私の部屋で生活することを許そう!そうすれば私は、お前とずっと一緒にいられ......じゃなくて、きちんと上司として、いつだってお前のことを監督できるわけだし......>>>
「ひいいッ!?やります、やります、仕事しますッ!だからそれは、勘弁してくださいよーーーッ!」
......そう、慌てて再び草むらをがさごそやり始めたこの骸骨男の名前は、死神アロゴロス。
冥府神アサヴァのもと、この世界アーディストにおける死者の魂の回収を担う下級神の一柱である。
このいかにも怪しげな骸骨男の姿は下界で活動するための依り代であり、本来の彼は凡庸な30代男性の姿をしている。
そして、彼の現在の仕事は、“魂回収システム”の管理運用である。
今や神界では、魂の回収すら全自動で行われる時代だ。
死神の仕事も、ずいぶんと様変わりした。
『魂は足で稼げ』と言われていたのは既に遠い過去......今や死神の在り方は営業職ではなく、むしろシステムエンジニアなのだ。
さて、そんな技術職であるアロゴロスが、わざわざ上司の監視付きで下界へと出向してきた理由。
それは。
「お......?」
彼がついに見つけ出した......血のように赤い、金属の破片である。
<<<ついに痕跡を見つけたか!?奴は!?>>>
「......もう、いないですね。残滓のみが、感じられます。また、逃げた......というよりも、この感じは......消滅している可能性の方が、高いですね」
<<<何!?ぬう、消滅している“可能性”か......>>>
死神アロゴロスは......つまり、大悪霊エンジィ・アルビットを捜索していたのだ。
◇ ◇ ◇
数日前、突如として“魂回収システム”に、異常が検知された。
短い時間ではあったが、アーシュゴー国王都周辺にて、システムが正常に稼働しなくなったのだ。
それに気づいた冥府神アサヴァは、ふて寝していたアロゴロスを蹴り起こし、共に事態の把握、原因の究明を急いだ。
その結果判明したのが......大悪霊エンジィ・アルビットの復活である。
この大悪霊、人々の知名度は低いが、神々にとってみれば長年頭を悩まされてきた世界の厄災である。
世界や神々に仇なす意思が明白であり、それほど力ある存在ではないが狡猾で、封神や制裁神が長年追っているにも関わらずちっとも尻尾を掴めない、厄介者なのだ。
アサヴァやアロゴロスが魂回収システムを作り上げたのも、半分はエンジィを捕えるためだ。
そんなエンジィ・アルビットが復活し、そしてすぐに姿を消した。
悪霊とは変質した死者の魂であるため、その捜索はアサヴァたちの管轄でもある。
故にアロゴロスは埃をかぶっていた依り代を押し入れの奥から引っ張り出して、こうして下界へと自らおもむいているわけだ。
何しろ色々あって、彼の使徒は既に失われているから。
「とにかく、一旦の結論を言うと、です」
アロゴロスは赤い金属片......『ソウルデバウラー』の破片を、皮手袋の上で転がしつつ、口を開いた。
「どうやらこの場には、これ以上の痕跡は見つかりそうもないですよ。これ以上やるなら、神界から魔導的に調査を進める方が効率的です......ってか、当日何があったのか、この国の主神は見てないんですか?なにしてたんですかね?」
<<<酒を飲んで寝ていたらしい>>>
「はあーーー......まあ、オレもふて寝してましたからね。文句は言いませんよ」
アロゴロスはため息をつきながら、骸骨頭をぽりぽりとかいた。
「というわけで、アサヴァ様、オレは帰還を希望します......なんかこの国、ちくちくするって言うか......かなりアウェー感がありますし......」
<<<死神というのは、まあ、嫌われるものだからな。損な役回りをさせてすまんな>>>
「いや、なんかその、いつもの嫌われ方じゃないって言うか......相当嫌われている感じなんですよ。なんて言うか、大量虐殺を実行しようとしたテロリストレベルで憎まれています。なので、早く帰らせてください......気持ち悪いです」
<<<ふむ......>>>
部下の弱気な発言を叱り飛ばそうとしたアサヴァだが、これ以上の現地調査は不要というアロゴロスの見立てにも同意はしていた。
<<<......まあ、良かろう、帰還を認める。後ほど調査内容についてレポートをまとめ、報告をあげるように>>>
そのため少し考えた後に、彼女はそう指示を出した。
「了解です」
<<<最後に確認だが......奴は消滅したと、断言はできない......そうだな?>>>
「......ですね、油断するべきではないでしょう。今後も、警戒は続けるべきです。奴は、天才です。しかも、尋常じゃなく執念深い。生前から、変わらずね......」
アロゴロスはかつて、人間だった。
エンジィ・アルビットと同時代に生きていた......しかもそれなりには名の知れた、技術者だった。
それこそ、あの傲慢なエンジィから名前を覚えられる程度には。
彼は“滅びの日”に伴う大量リクルートにひっかかり、そして冥府神アサヴァの目にとまり、死神になったという経歴の持ち主なのだ。
かたや死神、かたや大悪霊。
アロゴロスとエンジィ、ずいぶんとその立場も変わったものだ。
<<<それでは、帰還せよ......あ、だが、神界に戻ったら、まずは私の部屋に来るように>>>
「ひえ......もうお説教は勘弁してください。ふて寝の件は、十分に反省してますから......」
<<<ち、違うぞ。突然の下界出向だったからな、私もお前をねぎらおうと思ってな。そ、その......シチューを作ってみたんだ>>>
「あ、お気になさらず......すぐにレポート、まとめちゃいたいんで」
<<<ぶ、ぶ......葡萄酒も、あるぞ!?遠慮するな!一万年物だぞ!?>>>
「腐ってないですか、それ?」
そんなことを言いながら。
骸骨姿のアロゴロスは、さらさらと粉になった。
そして夜の風に吹かれて飛ばされながら、下界からその姿を消した。
次話から新章です!




