399 (花屋)『夜明けの日』前日の追憶2
ミハビュシラの丘、と呼ばれる小高い丘が、アーシュゴー国王都の郊外に存在している。
王城を含めた王都の全ての街並みを一望できる、見晴らしの良い丘だ。
このミハビュシラの丘は、その眺望のすばらしさから、かつては王都の民の憩いの場として愛されていた。
......ただし、かつては、の話である。
今ではすっかり草が生い茂り、辛うじて獣道が残るのみ。
だが、しかし。
この日、この丘の上に広がる草原では、二人の男女が落ち合っていた。
女は、長い赤茶色の髪を後ろで縛った、地味な装いの美女だ。
彼女は“花屋”と呼ばれる情報屋であり、現在の王、暴君ナイデロに抵抗する地下組織の一員だ。
一方その相方は、細身だが鍛え抜かれた肉体を持つ、傷だらけの男だ。
この男の呼び名は、“死神”......花屋たちに雇われた暗殺者である。
彼は暗殺者というその職業にふさわしく、あまりにも剣呑な雰囲気を常時まとっており、さらにはこの世界では忌み嫌われる黒髪黒目である。
故に、雇用主である地下組織の構成員ですら、多くの者は死神を恐れ、接触したがらない。
しかし何故だか花屋だけは死神とも普通に会話できたので、彼との情報のやりとりは専ら花屋の仕事になっていたのだ。
「ねえ」
さて。
草原にたたずむ石柱のそばに腰をおろした花屋は、立ちあがり王城を睨みつけている死神に向けて、声をかけた。
もう既に、メッセージは伝え終えている。
『“夜明けの日”の始まりを決めるのは、死神である』と。
だからこれは、私的な会話だ。
「この仕事が、終わったらさ......私たち、もう一度ここで、落ち合わないかい?」
「............」
死神は、返事をしない。
振り返りすらしない。
ただじっと、じっと......王城を睨みつけている。
「ほら......そのさ、最後の打ち合わせとか、必要だろう?だから......」
「既にオレは、前金で十分な額の金を、受け取っている」
もごもごと言葉を選びながら話す花屋に対して、死神はぴしゃりと言い放った。
「だから、仕事が終われば、オレはもう行く。お前と会うこともない」
「はあ?ははは、あのなあ......」
つっけんどんな態度をとる死神に対して、花屋はへらへらと笑いながら、それでも食い下がった。
「そうは言っても、色々あるだろう?打ち上げとか」
「必要ない」
「「............」」
会話が続かない。
花屋は密かにため息をついたが、それは秋の風の音にかき消された。
しばらく、沈黙が続く。
「......オレなんぞと、必要以上に、関わるな」
そしてその沈黙を破ったのは、意外なことに死神であった。
「黒髪黒目と、なれあうな。これは、不幸の色だ」
冷たく、彼はそう言いきった。
「違うッ!」
花屋は、思わず叫んだ。
さすがに驚いたのか、死神はちらりと花屋に目をやった。
「それは......それは、不幸の色なんかじゃない......英雄の色だッ!!」
「何を言って......」
「これからッ!私がッ!そういうことにしてやるってッ!言っているんだッ!」
ここで、自分が絶叫していることに気づいたのか、花屋は頬を赤く染めてうつむいた。
しかし、すぐに顔をあげて死神をまっすぐにみつめながら。
「私が、あんたの......居場所を作ってやるって......言ってんだよ......」
そう、言葉を絞り出した。
「............」
死神は、無言だった。
相変わらず冷たい、恐ろしい目つきだった。
しかし、彼はゆっくりと花屋に近づくと。
彼女の頭を強い力で、わしゃわしゃとなでた。
「............!?」
そんなことをされたのは、初めてだった。
花屋は顔をさらに赤くしながら、突然のことに気が動転し、なされるがままになっていた。
死神の力は強いし、恥ずかしいしで、上から押さえつけられた自分の頭を、あげることができなかった。
故に、その時死神がどんな顔をしていたのか。
彼女に確かめる術は、なかった。
だけど。
「......ありがとう、嬉しい」
ぽつりとつぶやかれたその言葉は、それまでに聞いた彼の声の中で、一番温かみにあふれていたことは、確かだった。
そして。
「だが......だからこそ」
そして、次の彼の言葉は。
「忘れてくれ......オレのことなど」
それまでに聞いた彼の声の中で、一番悲しみにあふれていたことも、確かだった。
「わ......忘れる、もんかッ!」
気を取り直して顔をあげ、そう叫んだ時......既に死神は花屋に背を向け、丘をくだり始めていた。
「絶対に......ぜ、絶対に、忘れないから......!」
視界がにじむ。
花屋の瞳から涙があふれる。
「だから、あなたも......私のこと......!」
その思いは次第に嗚咽にまみれ、最後には言葉の体を、なさなくなった。
死神がその気配を消し、森の中へと姿を隠したのを見送ってから。
花屋はその場でうずくまり、泣きじゃくった。
そして、手を組んで、必死に。
これから戦いにおもむく死神の......無事を、祈った。
以上をもちまして第17章及び第1部を終了いたします。
皆様、お疲れさまでした。
本当は後1話あった方がきりが良かったので、多分後で閑話が追加されると思いますが、それはオマケです。
メインのお話としては、これでおしまいです。
長さだけは一丁前な素人小説である本作を見つけ出し、さらにはここまで読み進めていただきまして、本当にありがとうございました。
ここまで私が本作を書き進めることができたのも、ひとえに皆様の応援があったからです。
なんか月並みな言葉ですが、これが、マジでマジなんだな。
本当に本当に本当に本当に、本当にありがとうございます。
これからも、『オマケの転生者』は続いていきますので、おつきあいいただければ幸いです。
よろしくお願いします!
さて次章ですが、第2部が始まる......その前に、何と言うんでしょうか、間章的な第18章を投稿します。
エミーが新たな冒険の舞台へと移動する......その前に行われると小さな冒険と、色々な方々のちょっとしたお話が描かれる予定です。
楽しんでもらえると、嬉しいな!
それでは、またね!




