397 食らえ無道の大悪霊!3
<だ、誰だッ、テメエッ!?>
突然の邂逅に慌てふためくエンジィだが、対照的に青い光の女性は落ち着いたものだ。
彼女はゆっくりと腰を曲げ一礼した後、エンジィに対して口を開いた。
<私は、『器』。『名もなき神の器』......創られども権能持たず、ただ眺める者......と、まあ、かつてはこう、名乗ったこともございますが>
そして女性は、再度背筋を伸ばし。
<しかし、今は、うふふ......そう、今や私の名前は、『オマケ』です。あなたが身の程知らずにも憑りつこうとしている、この少女エミーの、魂の相棒......それが、私です!うふふっ!>
まっすぐにエンジィを見つめ、嬉しそうに笑った。
<『神の器』だとぉ!?>
その言葉を聞き、エンジィの胸中にとめどなく湧き上がる敵愾心!
彼は神々への怨嗟を核に存在を維持している大悪霊だ。
神と聞けば、それこそ条件反射的に、敵対せざるを得ない!
<イヒヒーーーッ!>
エンジィは哄笑しながら、己の体を構成する赤い靄を触手状に変形し、オマケ様に向かって射出した!
その数、一本、二本、三本......数えきれないほど、とにかくたくさん!
しかしオマケ様は、少しも慌てず、余裕の態度だ。
気づけば彼女の姿は忽然と消え、エンジィの触手は空を切っていた。
<うふふ>
<!?>
そして背後から突然聞こえる、笑い声!
慌ててエンジィが振り向くと、そこにたたずむのはオマケ様だ。
<て、転移ッ!?>
気を動転させながら、わたわたとオマケ様と距離をとるエンジィだが、彼女はその様を見て首を傾げた。
<おや、わかりませんか?私が何をしたのか......まあ、たかだか5000年程度存在しているだけの、悪霊ではね......うふふ、私とは、年季が違います>
<お、オレ様を、バカにするなあああああッ!!>
エンジィは激昂し、再度触手をオマケ様に放つも、それは怒りに任せた衝動的な攻撃だ。
オマケ様はそれをひょいとかわして、ふわふわと漂いエンジィと距離をとりながら、ため息をついた。
<さて、エンジィ・アルビット。私はあなたのことを、多少は評価しておりました。何せ人の身でありながら自力で“神界”を『発見』し、あの愚かな神々に嚙みついたわけですから......それはまさに、ある意味では偉業であったと、そう、認めざるを得ません>
<な、なんだと......?>
そしてオマケ様は、突然エンジィのことを、褒めた。
エンジィはその言葉を聞いて、動きを止めた。
彼は、褒め言葉に弱いのだ。
どんな時でも自分のことを肯定されると、気持ち良くなってしまう!
<ですが>
しかしオマケ様の言葉は、当然のことながら肯定だけでは終わらない。
<あなたは愚かにも、エミーに牙を向けました。“あの方”の、魂の一欠片たる......いいえ、私の大切な、大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な大切な相棒である、エミーに対してッ!!!>
<イヒッ!?>
そしてオマケ様は、突然怒気も露わに叫んだ!
その怒りの激しさに怯み、思わずエンジィは後ずさる!
<うふふ、逃がしませんから>
その様を見て冷たく笑いながら、オマケ様はぱちんと指を鳴らした。
すると、ぱかりと。
この空間の中央で光り輝いている巨大な青い光球の一部に、裂け目が生まれた。
その裂け目の奥に覗くのは......どす黒い、闇。
時折錆びたような赤色が浮かびあがる......悍ましい暗闇。
<知っていますか、悪霊?エミーはね、食いしん坊さんなんです>
オマケ様は楽しそうに声を弾ませながら、ふわふわと光球の裂け目へと飛んでいき......その悍ましい暗闇のことを、愛おしそうになでた。
エンジィは、動けなかった。
青い光に包まれ隠されていた、得体の知れぬ暗闇に気おされて、身動きがとれなかった。
<いつだってお腹がペコペコで、かわいそうなんです......だから私は、この子に、全てを捧げたい......この世界の、いいえ、うふふ......何もかも、全てを......!>
ずずず......。
徐々に、徐々に。
裂け目から、暗闇があふれ出してきた。
その悍ましい、暗闇は。
......世界の、敵だ!!
エンジィはそれを、本能で理解した!
<イ、イヒ、イヒイイイイッ!?>
だめだ!
これは、だめだ!
ここから、逃げなくては!
すぐに、逃げなくては!!
ようやくそれを理解して、エンジィが暗闇に背を向けたのと。
暗闇から触手が伸びて、エンジィの靄状の体のほぼ全てを絡み取ったのは、同時のことであった!
<イヒギャアアアアーーーッ!?>
触手に絡み取られたエンジィはろくな抵抗一つすることもできず。
どぷん!
そんな音とともに、暗闇の表面を波立たせて。
その中へと、引きずりこまれていった。
それで、終わりだった。
エンジィ・アルビットという、かつての技術者は。
文明滅亡の引き金を引いた、大罪人は。
世界の災厄の一柱として認められた、大悪霊は。
あっけなく、その存在を消滅させた。
......いや。
ほんの、一欠片だけ。
ほとんど自我も記憶も残っていない、エンジィのほんの一欠片だけが。
触手により暗闇に引きずりこまれる前に、エンジィ本体から分離し。
外界へと、密かに逃げ出しては、いた。
それは、外界の地中深くまで落ちていき。
大地の下を流れる、魔力に乗って。
サーディサンヌを目指して、移動を開始した。
しかし。
羽虫よりも小さなその一欠片が、一体何をなし得るのだろうか。
それは、今、この時には。
誰にも、わからないのだった。
◇ ◇ ◇
<うふふ、5000年物ですよ?おいしかったですか、エミー?>
喚き散らす悪霊が消滅し、静かになったこの空間で。
オマケ様は相変わらず、愛しそうに、どす黒い暗闇をなでていた。
まだ、足りない。
まるで、そう訴えるかのように。
暗闇から細く小さな触手が伸びて、オマケ様の指先に絡みつく。
<あらあら、ごめんなさいね......>
オマケ様は寂しそうにそう言うと、その触手を優しく振りほどき、ぱちんと指を鳴らした。
すると、裂け目から覗いていたどす黒いエミーの魂は、再びオマケ様の力......青い光に包まれて、隠されてしまった。
<あんまり臭いが漏れてしまうと、気づかれてしまいますからね......>
オマケ様はそう言って、くすくすと笑った。
エミーの魂が隠されたことで不穏な気配はすっかり消え去り、この青白い光で包まれた空間は、再び静謐な雰囲気で満たされている。
<さて、エミー。そろそろ起きましょうか?>
そう言うとオマケ様は、エミーの魂を包みこむ青い光に溶けこむようにして、消えていった。
どくん。
どくん。
どくん。
魂の脈動が少しだけ強く、そして速くなる。
エンジィの魂への攻撃により、一時意識を失っていたエミーが。
目覚めようとしているのだ。




