396 食らえ無道の大悪霊!2
大悪霊エンジィ・アルビットは焦っていた。
何故かって?
彼の依り代となるべき、魔剣『ソウルデバウラー』が......メグザムとかいう汚い髭もじゃのアホによって、ぽっきりと折られてしまったからだ。
すると、どうなるのか。
『ソウルデバウラー』の、魂を保全する機能が働かない。
そのせいで、今もなおエンジィの魂は、それを構成する......魔力を減らし続けている。
赤い刀身の折れ目の部分から、魂が徐々に徐々に外界へと染み出し、世界にへと溶け消えていくのだ。
この状態、座して待てば訪れるのは、消滅である。
神々から5000年以上も逃げ続け、存在し続けた大悪霊エンジィ・アルビットという災厄の、消滅である!
そんなことは、認められない!
エンジィはまだ、何もなしていない!
目的を、果たしていないのだ!
そう、エンジィは。
その実、実に悪霊らしく、その魂に染みつき離れぬ怨念を核として、己の自我を維持している。
その怨念の正体とは、何か。
それは、神々......そしてこの世界アーディストに対する、怨嗟だ。
◇ ◇ ◇
エンジィ・アルビットがかつて人間であったころ、彼は技術者であった。
実際には経営者でもあったし、何ならタレント活動すらしていたが、とにかく彼は己のことを天才技術者、もしくは天才研究者として認識していたし、周囲もおおむねそのように彼のことを理解していた。
何せ、彼は本当に天才であったから。
彼の非凡な頭脳から生み出される数々の発明は、日用の魔道具から兵器まで幅広いジャンルにまたがり、時代を500年は先に進めたとも称されていた。
当時の世界を支配していたバマパーマ世界帝国の人々は、皆エンジィの発明の恩恵にあずかり、豊かで幸福な毎日を過ごしていたのだ。
このころは、良かった。
誰もがエンジィのことを褒めたたえた。
彼の権威たるや凄まじく、世界帝国皇帝ですら、彼には下手に出たほどだ。
エンジィの心根はどんどん歪み、傲慢になり果てたが、そんな彼に誰も何も言うことはできなかった。
傲慢になろうが何だろうが、彼は相変わらず天才だったし、彼の発明は世界を豊かにし続けたからだ。
だがしかし、この時代。
今で言うところの、『超古代魔導文明末期』という時代には。
とある問題が、人々の暮らしに暗い影を落とし始めていた。
その問題とは、全世界的な魔力エネルギーの枯渇である。
この時代の人々は、大地より吸い出した魔力を使って様々な魔道具を稼働させ、豊かな生活を送っていた。
その生活の礎である魔力エネルギーの枯渇は、実に悩ましい課題であった。
当然エンジィも事態を打開するため、その天才的頭脳を全力で回転させ、様々な発明を行った。
しかし、どれもが結局は対処療法。
根本的な問題の解決には、至らなかった。
しかし、ある時。
きっかけは、本当に偶然もたらされたものなのだが。
エンジィは、観測してしまったのだ。
人類史上初めて、『発見』してしまったのだ。
大地に代わり、豊かな魔力エネルギーを人類に提供してくれるであろう、フロンティアを。
それは、大昔よりその実在を伝承されてきた世界。
神々のおわす世界。
そう、エンジィが『発見』したのは。
......“神界”と呼ばれる、神々の世界。
実在さえ観測してしまえば。
場所さえわかってしまえば。
そこから魔力エネルギーを吸い出す方法など、エンジィにはいくらでも思いついた。
彼はさっそく皇帝や政府上層部を巻きこんで、神界からの魔力エネルギー搾取を行うため、行動を開始した。
神々への畏れだのなんだの、そんなものは、エンジィの魂には微塵も存在していない。
彼はとにかく、傲慢だった。
反対意見は、全て無視した。
何故なら彼は天才であり、いつだって彼が正しいからだ。
そして。
ついに。
エンジィは『神界門』と呼ばれる、彼の生前最後の発明品を、空高くへと打ちあげ。
神界と下界を繋げるためのボタンを、押そうとした。
しかし。
ボタンに指が触れる。
その、直前。
ついに、神々は怒り。
地上は、焼き払われた。
“滅びの日”だ。
◇ ◇ ◇
この日、ほとんどの人間が、神々によって滅ぼされた。
文明が、リセットされたのだ。
わずかばかりの人間が生き残り、この“滅びの日”のことを後世に伝えた。
帝国皇室や政府上層部の人間は、あえて生存を許され、生き地獄を味わうことになった。
彼らは神々によって、彼らの子孫も含め、未来永劫罪人であると定められた。
その印として、彼らの肌の色は青白く変色させられた。
魔族の誕生である。
彼らは神々の駒として、世界の続く限り、悪役として、面白おかしくその存在を消費され続けることを宿命づけられた。
一方でエンジィは滅びの日の時点で、その肉体を滅ぼされていた。
しかし彼の魂は、違う。
神々は彼の魂を、輪廻転生などさせずに捕らえていた。
何せエンジィは、神界に手を出すという不遜な行いの主犯格である。
彼は神々によって、未来永劫の罰を、与えられることになったのだ。
常人であれば、すぐにでも消滅したくなるような、魂に対する苛烈な拷問。
しかしエンジィはその責め苦に、耐え続けた。
耐え続けることが、できた。
何故なら、彼は傲慢だから。
いつだって、彼の行いは正しいと、本気で信じていた。
この、神々の行いは不当なものだと、本気で信じていた。
神々や、そんな神々が運営する世界というものに対する恨みつらみが、日に日に募っていった。
そして、ある時。
彼は神々の監視の目を欺き、なんと逃亡を成功させたのだ。
普通はできることではない。
しかし、エンジィがこっそりと生前から続けていた魂について研究が、実際に死んでみることで、成果として花開いたのだ。
彼は、己の魂を、どんな死者よりも上手に操ることができた。
その上、神々の怠慢もあった。
彼らは、まさか自分たちが、一介の技術者の魂に出し抜かれるなどとは、思ってもみなかった。
油断していたのだ。
とにかく、エンジィの魂に関する知見と神々の怠慢、油断が合わさり、彼は逃亡を成功させた。
輪廻の渦に飛びこみ、他者の魂に憑りついて、何食わぬ顔で輪廻転生し、自我を保ったまま下界にまぎれこんだ。
そうして、彼は復讐の準備を開始したのだ。
自分のことを不当に責め苛んだ神々と世界に対する、復讐の準備だ!
その準備は一度の人生では時間が足りず、彼は何度か転生を繰り返すことになる。
その過程で彼の無断転生行為は神々に露見し、ついにはエンジィ・アルビットは神々から災厄として認定された。
彼の魂を再度捕らえるため......神々は“魂回収システム”という新しい技術すら導入し、ある意味世界の在り方すら少し変えているのだが、それでもエンジィは逃げきった。
魔剣『ソウルデバウラー』に己の魂を移植し、眠りにつくことで。
......その時点で、彼の復讐の準備は、整っていた。
後は都合の良い、手足となりうる人間を見つけてから、計画を開始するのみ。
最終的には、エンジィは彼が作りあげてきた発明品の力を得て無限に成長を続ける『超越者』へと至り、神々を全て平らげ、世界を破壊する。
......そのはずだったのに。
最後の最後で、ケチがついた。
黒髪黒目の、呪い子のせいで。
◇ ◇ ◇
この黒髪黒目の呪い子は、異常だった。
異常に、強かった。
初めて彼の秘密基地......地下遺跡で出会った時も、そして先ほども。
この呪い子は、その異常なポテンシャルを遺憾なく発揮し、エンジィの計画をことごとく潰してくれた。
憎き相手である。
しかし。
憎き相手では、あるが。
もし異常に強いその肉体を、奪い取ることが、できたら?
きっとそれは、エンジィの復讐に。
計画の練り直しに......間違いなく、プラスに働く。
そうでなくとも、このままではエンジィは消滅してしまうのだ。
その危機に瀕した時に。
何の因果か、件の呪い子が、エンジィの宿る刀身に接触した。
これは、もう。
行くしかない。
エンジィは高笑いをあげながら、呪い子の体の中へと、飛びこんだ。
◇ ◇ ◇
エンジィは、潜った。
エミーという名の呪い子の心の、奥の奥の奥へと。
魂のありかへと、するすると潜っていった。
<イヒヒ、イヒヒ、イヒヒヒヒヒヒッ!>
エンジィの悪霊としての形状は、一言で言えば赤い靄の集合体だ。
その靄の中心に、ぎょろりと光る二つの瞳と、いやらしく弧を描く口がついている。
そういう、単純な形をしていた。
その赤い靄が、どんどんと、真っ暗闇の中をまっすぐ滑るように進んでいく。
エンジィは、経験上知っていた。
魂は、脈動する。
どくん、どくんと、音を立てる。
その音目がけて、彼は一心不乱に、エミーの心の中を進む。
そして。
なにやら柔らかい、膜のようなものにぶつかり。
その膜を無理やり、突き破って先に進むと。
彼は暗闇から一転、ほのかな青白い光に満たされた空間へと、転げ出た。
<イヒッ......?>
エンジィは、あたりをきょろきょろと見回した。
そして、すぐに気づく。
この空間に浮かぶ......巨大な、青い光の塊に。
<イヒヒーーーッ!あれがこのガキの、魂かッ!?>
それは......途方もなく、巨大だった。
おそらく、球状をしているのだろうが......大きすぎて、良くわからない。
<イヒッ......>
エンジィは......少し、怖気づいた。
彼が知っている魂は......これまで彼が憑りついてきた魂は、もっともっと小さくて、かわいらしいものだった。
なのに、なんだこの大きさは......。
どくん。
くぐもった音を鳴らしながら、巨大な光球が脈動する。
その脈動が衝撃波を生み出し、エンジィのことを後方へと少し、押し流した。
<......ええいッ!>
しかし、ここで怯えていても、仕方がない。
あれほど強いのだ、その魂も当然、規格外なのだろう。
だが、その魂がいかに強大であろうとも、その取り扱いに関しては、エンジィに一日の長があるはずだ。
普通の人間は、己の魂の操作方法、防衛方法など、学ぶ術すら無い故に。
だからこそ、あのバカでかい魂は、見かけこそ威圧感があるが、その実無害で、無抵抗のはずだ。
エンジィが憑りつけば、容易くその制御を奪えるはずなのだ。
エンジィは一度ぶるりと震えてから勇気を振り絞り、巨大な光の塊に向かって、動きだそうとした。
しかし、その時だった!
<なんとまあ......身の程をわきまえぬ、愚か者なのでしょう>
エンジィの後方から、女性の声が聞こえた。
それは、かわいらしい声だった。
しかし同時に、呆れと嘲りを、多分に含んだ声だった。
エンジィが慌てて振り返ると。
そこにいたのは。
女性のシルエットを象った......青い光の塊であった。
次回、ついに本章では影の薄かったこの方の、見せ場ですよ!
そして、さらりと明かされる魔族誕生の経緯。
このアーディストという世界における魔族の立ち位置というものが、何となくご理解いただけたでしょうか?




