394 【神々のお話13】土神ネコンドネルン
地中にぽっかりとできあがった、空洞。
それを模しているのが、土神ネコンドネルンの神域だ。
それなりに広いこの空洞の四方は土壁で覆われており、出入り口はない。
天井には無数のつらら石がぶら下がり、さらにはいくつか、大きな穴が開いている。
そこから差しこむ光を受けて青々とした地底湖はきらきらと輝き、その反射光はにょきにょきと伸びたミルク色の石筍をほのかに照らす。
まあ、なんだ。
この神域は、美しく作られてはいるのだ。
本来であれば。
しかし、その美しさを台無しにしているものがある。
それが、地面に無造作にいくつも転がっている、酒瓶だ。
土神ネコンドネルンは、もともと精霊であったものが、長い年月を経て昇神した存在だ。
このような神は、神界では俗に“精霊あがり”と呼ばれており、それなりに数がいる。
そして彼らは総じて、酒が好きなのだ。
ネコンドネルンも例にもれず、酒好きだ。
しかしこのネコンドネルン......神域中央で光を浴びながら寝転がる、土くれを集め固めて作ったような人型のことだが......彼の酒好きは度を越していた。
とにかく、四六時中、いつでも酒を飲んでいるのだ。
だから彼は、同じ精霊あがりの神々からも“飲んだくれの土くれ”というあだ名をつけられていた。
それほどまでに、とにかくずっと、酒を飲んでいるのだ。
そんなことだから、彼は数十年前、大きな失敗をしている。
それが、暴君ナイデロの暴走だ。
彼が酒に酔ってぼけっとしている間に、彼が主神を任されている国が暴君に支配され、滅茶苦茶にされてしまったのだ。
この時はもう、『管理がなっていない』と、彼はとにかく叱られた。
黄金大陸ハメジカの管理を総括している大地神にも叱られたし、精霊神にも叱られた。
この2柱とも、迫力のある美しい女神だ。
そんな2柱が彼のことを、片や烈火のごとく怒りながら責め立て、片や氷のような微笑を浮かべながら淡々と責め立てた。
......どっちも、滅茶苦茶怖かった。
彼は。
......酒に逃げた。
だって、彼は本当に、途方にくれていたのだ。
暴君自体は倒されたが、国に残った王家の血筋の者は、子をなせない。
さらに暴君の息子は、行方不明ときたものだ。
このままでは、従来通りの王政が続けられない。
ならば王政を廃せば良いかと言えば、そうもいかない。
この黄金大陸は、世界の胃袋を支える一大食糧生産拠点だ。
黄金大陸の黄金とは、麦の穂の色のことなのだ。
故に安定した国家運営が求められる。
荒れ果て、作物を育てられなくなれば、他の国や神々が困るからだ。
さらには、この国家運営に際しては、ある程度神の意向を反映してもらわなくてはいけない。
となると、ここは、王政一択なのだ。
王とはこの大陸では、神の声を聴く神子としての役割もあるからだ。
では、王の血筋がいなくなってしまったからには、別の血筋のものを王とすれば良い。
神の声......即ち神託を受け取ることのできる人間は、多くはないが他にも存在する。
これまでの王家に、こだわる必要はない。
が、しかし。
それもできなかった。
何故ならネコンドネルンは、かつて王家と定めた約定の中で、神と言えどもその意思で王を好き勝手に変えてはならないことを、定めてしまっていたからだ。
神は、地上への干渉については、基本的にいくつか制限を設けられている。
もし本気で力をふるってしまえば、良かれと思ってやったことでも、その力が大きすぎてかえって世界を混乱させることがあるからだ。
その制限は当然政治的な問題にも適用されるし、だから、ネコンドネルンが取り決めたその約定自体は珍しいものでもなく、別に良いのだ。
問題なのは、ネコンドネルンが、うっかり今回のような不測の事態に備えた条項を、用意していなかったことだ。
何故、用意していなかったのか?
かつて、王家との約定を定めたその時、彼は......。
酒に、酔っていたからだ......!
面倒臭かったから、酔っぱらった頭のまま、いくつかの他の国と神との約定を部分的に丸写しして、それを組み合わせて条文を作ったんだね。
だから、表面上は格好のつく約定ができたんだけど、細かな粗がいっぱい残っていたんだね。
とにかくそんなわけで、ネコンドネルンはアーシュゴー国の主神として、八方ふさがりの状況に追いこまれていた。
もはや......酒を飲むしか、なかった......。
ちびちび、ちびちびと酒を飲みながら、彼は次第に、王家の人間を逆恨みし始めた。
もともと暴君ナイデロの暴走は、ネコンドネルンが王家に授けた神珠が引き起こしたことであり、これも言ってしまえばネコンドネルンが原因であるのだが、そんなことは棚にあげた。
もう、あんな一族、根絶やしにしてやりたい!
でも、根絶やしにしたら、国が続かない!
だけどそもそも、その一族がまだ存続しているかどうか、わからない!
酔いがまわったネコンドネルンの頭の中では、混乱が延々と続いていた。
しかし、そんな時だった。
聖神から、『あなたの所の王族の末裔、見つけたんだけどー?』という連絡が入ったのは!
酒瓶を抱えながら慌てて跳び起き、聖神の神域へと移動し映像を確認すると、それは確かにアーシュゴー国王族の末裔だった。
名前はザイデオと言って、自らの血の意味など何も知らず、盗賊に身をおとして生活していた。
ネコンドネルンはすぐさまこの男をアーシュゴーに連れて帰ろうとしたが、ここで聖神からストップがかかった。
なんでも、このザイデオという男......これから勇者と出会い、その仲間になるのだと言うではないか。
だから、勝手に連れていかれては、困ると。
困ると言われても、連れて行かねばネコンドネルンが困る。
しかしザイデオを見つけたのは聖神なので、強くものを言えない。
聖神もまた、きらきらして迫力のある美人だ。
迫力のある美人は、怖い......。
だから、交渉が行われた。
その結果、いくらかのマナと引き換えに、ザイデオは旅の途中でパーティを離脱し、ネコンドネルンの国に引き渡されることに決まった。
ただし、いくつか条件がある。
そのうちの一つは、勇者が魔王を倒すまでは、ザイデオに王を務めさせることだ。
なんでも、『勇者が圧倒的多数の魔王軍に囲まれピンチになったところを、王となったかつての仲間が軍を率いて助けに来る燃える展開をやりたい』とのことだ。
何を言っているのか良くわからなかったけど、とにかく、ザイデオが手に入るならばそれで良い。
ネコンドネルンは喜んで、契約書にサインした。
結局聖神のシナリオ通りにことが進んでいるし、相場よりも高めのマナを支払うことにもなったけど、彼はその事実には気づいていなかった。
......酔っていたから。
さて、それからしばらく経ち、ようやくアーシュゴー国にザイデオがやって来た。
この男、少し観察してみるとすぐにわかったのだが、王位に全く興味がないようだ。
準備が整い次第、“王位返上の儀”を執り行うつもりであるらしい。
聖神との契約があるので、すぐに王様をやめられては困る。
しかし、魔王が倒された後であれば......それは自由にしてもらって構わない。
いや、ネコンドネルンとしては......むしろ王位を返上してほしい。
何故かと言えば、ネコンドネルンはこのザイデオの血族を......逆恨みしているからだ。
こいつらが暴走したせいで、自分が叱られたのだ。
許せなかった。
だから、“王位返上の儀”が済んで、正式に別の家へと王位を移した後は......ネコンドネルンはこのザイデオという男に神罰を与えて、殺してしまおうと企んでいた。
それで少しは溜飲もさがろう。
ああ、想像するだけで酒がうまい。
ネコンドネルンは、上機嫌になった。
上機嫌になっているところに、飲み友達である水神が遊びに来たので、やっぱり一緒に酒を飲んだ。
水神は『守護聖獣がどうのこうの』とか、『犯人に神罰を与えるため協力をどうのこうの』とか、とにかくぐちぐち言っていたが、彼は大分酔っていたので詳細は忘れた。
で、飲んで、飲んで、飲んで、飲んで......。
気づけば、ネコンドネルンは眠りこけていた。
水神は、いつのまにか帰ったらしい。
彼は神域の中央で、天井から降り注ぐ光を浴びながら、一人で寝転んでいた。
「............」
割れるように痛む頭を......というか土くれでできているので、実際にひび割れてしまっている頭を押さえながら、彼はのっぞりと上半身を起こした。
寝すぎたか?
寝てから何か月経った?
ぼんやりそんなことを考えながら、地面を掘る。
少ししてその地面の中から現れたのは、ディスプレイだ。
このディスプレイを通して、彼は下界の映像を確認しているのだ。
何の気なしに、慣れた手つきでスイッチを入れ、映像を映す。
すると。
「............!?」
彼は、驚いてしまった。
アーシュゴー国王都が。
彼が酒を飲んで眠りこけている、その間に。
......すっかり、ぼろぼろになっていたからだ。
「......!?......!?......!?」
慌てていくつも視点を切り替え、各地の状況を確認していく。
そして、王城庭園にこっそり備えつけられたカメラから送られる映像に画面が切り替わった、その時だった。
ちょうどそこに映っていた、ザイデオの頭の上に......無くしたと思っていた、神珠が......ふってきたのだ!
「これは、神意!!」
「然り、然り!」
「ザイデオ殿下が王となられることを、神も望んでおられるのだ!!」
「「「「「うおおおおおーーーッ!!!」」」」」
周りの人間がその光景を見て、好き勝手に適当なことをほざいている。
待て。
待て、待て、待て。
それ、神意じゃないから。
本当、マジでそれ、ただの偶然だから。
むしろ神はその男のこと、後で殺そうと思ってますから。
......そんな訂正をする間もなく。
このザイデオという男は、この事件のおかげですっかり、『神に選ばれし王』として国民に認識されることとなった。
そうなってしまえば。
神すらも、『こいつ気に入らないから、殺すわ』ができなくなる。
整合性、一貫性は保たなくてはならない。
例え王位を退いた後であっても、ザイデオのことを殺してしまえば、『え、神様があの方のこと、王だと認めたんでしょ?なんで殺しちゃうの!?』と、民が混乱するからだ。
すると、信仰が揺らぐ。
ネコンドネルンの力が、削がれる。
困る。
それは、非常に、困る。
力がなくなるのは、困る。
神にとって、力とはマナのことであり、それは神々どうしでお金のようにも、やりとりされるものだ。
つまり、力が、なくなると。
酒が......買えなくなる......。
まあ、そういうわけで。
ザイデオが土神ネコンドネルンのくだらない逆恨みで殺される未来は、なくなった。
ネコンドネルンは、しばらく釈然としない思いを抱いていたが。
もはや、どうしようもないので。
ぐびりと。
......とりあえず、酒を飲んだ。
ようやく次からエピローグです。




