393 (斥候)王になりたくない元盗賊3
「あ!兵士様だ!」
「兵士様、助けてくれて、ありがとう!」
「兵士様ー!」
避難しに来ている幼子たちに笑顔で手を振りながら、ザイデオたちの一隊は庭園を進んでいた。
しかし、女騎士ネガーメンだけは、笑顔を取り繕えず、渋い顔をしていた。
この騎士は、文武両道の優秀な女性なのだが、致命的なまでに腹芸が苦手なのだ。
ネガーメンは、周囲に誰もいなくなったことを確認してから、眉間に皺を寄せたままため息をつき、ザイデオへと声をかけた。
「殿下」
「ああ?」
「“また来る”は、困ります。あれとはもう、接触しないでください」
こそこそと、小声で。
絶対に、周りには聞かれないように。
痛む胃をさすりながら、ネガーメンはお小言を開始した。
「なんでだ」
「要らぬ勘繰りを招きます」
「これから『療養』に入るんだろ?親戚が見舞いにいくのは、普通だ。放っておくと、うっかり『病死』しちまうんだろうし」
「......あれのせいで、何人もの兵が、亡くなりました」
押し殺した声だった。
ザイデオはようやくここで足を止め、振り返った。
そして自分より少し背の低い、ネガーメンの瞳をのぞきこむ。
そこには確かに、怒りが燃えていた。
しかし。
ザイデオはその瞳をまっすぐに見つめ。
その怒りを、受け止めてなお。
自分の意見を、曲げなかった。
「......何もオレは、あれを許してやりたいとか、そういうことを思っているんじゃねぇ。だが......オレは先達だからな」
「先達?」
「聞いてんだろ?オレはもともと、盗賊だった」
「............」
「道を誤った者どうしなんだ。オレと、あのジジイは」
「............」
「だからオレは、話くらいは聞いてやるのさ。先達としてな」
そう言ってザイデオは、シシシと笑った。
「あのジジイのことは、知らぬ存ぜぬ。オレだけのうのうと、生きていく。そんな生き方を、オレはしたくねぇ」
その笑顔を見て、ネガーメンはぽかんと小さく口を開け......少しだけ、頬を赤く染めた。
しかしすぐに冷静になり、悲しそうな顔で静かに首を振った。
「殿下はこれから先......犯罪者全てに、そのような対応を、なさるおつもりですか?」
「............」
ザイデオは、すぐには言葉を返せなかった。
眉間に皺寄せ、額に手を当て。
目をつぶり、しばらく考えて。
「............すまねぇ」
ぽつりと、それだけしか言えなかった。
「殿下。殿下が謝罪をしては、なりません」
「ああ......そうか、そうだったな......」
彼らは再び、歩き出した。
その足取りは重い。
「......ただ、公爵閣下におかれましては、先ほど申し上げました通り、『罪を犯してはいません』。ですので、殿下の想いは、必ず父......ボークジ宰相閣下に、お伝えしておきますので」
「ああ......頼んだ」
ザイデオはここで、ふと空を見上げた。
雲一つない秋の空。
そこに一匹、トンボに似た6枚羽の生物が飛んでいる。
自由に。
気持ちよさそうに。
(オレ、本当......王様とか、向いてねぇよ......)
大きくため息をつき、ザイデオは心の中で弱音をはいた。
そもそも、ザイデオは自分で望んでこの国に残ったわけではないのだ。
本音を言えば、彼はまだまだ勇者の旅に、ついて行きたかった。
まっすぐだけど、たまに熱くなりすぎる勇者トーチ。
明るいけど抜けていて、少し乱暴な神官シロン。
二人のことが、心配でたまらなかった。
しかし、魔王軍によりかき回され、がたがたになった国内をまとめるためには、わかりやすい神輿が必要だった。
さらには、シロンを経て神託すらくだったのだ。
端的に言えば、『王となれ』と、そういう内容の神託が。
ザイデオは、残らざるを得なかった。
(あと、数年の我慢か......)
しかしザイデオは、いつまでもこの国の王を務める気はなかった。
後数年待ち、準備が整えば......儀式を行い、この国の主神である土神ネコンドネルンに王位を返上するつもりだ。
この儀式......“王位返上の儀”は、神と王家との約定にも、その在り方を定められている。
王の意思のもとにこれを執り行えば、新たに相応しい血筋が、神より王家として認められるのだ。
「............」
ザイデオは、ちらりと横目でネガーメンの顔をのぞき見た。
この女騎士は、辛そうな、申し訳なさそうな顔をしながら、ザイデオにつき従っている。
彼女もザイデオが王位に興味がないことを知っているし、無理やりそこに縛りつけざるを得ないことを、すまなく思っている。
それなのにお目付け役をしなくてはいけないので、彼女も彼女で辛い立場だ。
それがわかっているからこそ、ザイデオもあまり、彼女の評価が下がるようなことはしたくない。
きっとボークジ宰相がザイデオにネガーメンをつけているのは、そういうザイデオの性格を見抜いた上でのことだ。
決してあの男は、ただのくたびれたおっさんでは、ないのだ......。
(ま、いっちょ気合、入れるとすっか......!)
ザイデオは深く息を吐き、己の頬を軽く叩いた。
......と。
その時だった!
ボオン!!
遠く東の方から、そんな爆発音が響いたのは。
「......またか」
ザイデオは足を止め、慌てることもなく、東の方を振り向いた。
この爆発音は、ミハビュシラの丘から響いてきたものだ。
先ほどまで空中に浮いていたこの丘は、大爆発を起こし地上へと落下してからも、断続的に小さな爆発を繰り返していた。
なので、今回の爆発も複数回目のものであり......ザイデオたちのリアクションも、すっかり慣れたものだった。
......しかし、今回の爆発。
一つだけ......それまでの爆発とは、異なる事があった。
それは、とある物が偶然......王城に向けて、吹き飛ばされてきた事だ。
その、とある物とは。
「......ん?」
ひゅるるるるる......。
そんな音を鳴らしながら、まっすぐにザイデオの頭目がけてふってきた、それは。
「おわあッ!?」
間一髪それを跳び避けたザイデオ。
そんな彼が数秒前まで立っていた地面に、ドスンと音を立ててめりこんだ、それは!
......拳大の、白い宝玉だった......!
「あッ!?」
その宝玉を見て、ネガーメンは血相を変えて叫んだ!
彼女はこの国の侯爵令嬢であり、様々に高度な教育を受けて育っている!
故に彼女はこの白く美しい宝玉を見て、一瞬でその正体を看破した!
「こ、この宝玉はッ!かつて失われたとされる、代々王により受け継がれてきた我が国の神宝、“アーシュゴーの神珠”ではないかッ!?」
「何ーーーッ!?」
「確保だーーーッ!!」
ネガーメンの言葉を受けて、周囲の兵士たちがにわかに色めき立ち、騒ぎ始める!
そう、この神珠は。
かつて暴君の息子により運び出され、海に沈み、フジツボを狂わせ、大海蛇に拾われ、エミーの手に渡り、彼女によってぶん投げられ、空中要塞を堕とした......あの神珠に他ならない!
空中要塞の動力源を貫き破壊した後、この神珠はその勢いのまま空中要塞外壁にめりこみ、動きを止めていた。
それが、この度の爆発で......ここまで吹き飛ばされてきたのだ!
「お、おい......?」
困惑するザイデオをしり目に、周囲のテンションはどんどん上がっていく!
「このタイミングで、神珠が戻ってくるとは......!」
「こんな偶然が、あるのか!?」
「いや、ない!!これは、偶然では、ない!!」
「ま、待て待て、お前ら......少し落ち着いて......」
なんだなんだと野次馬も寄ってきて、周囲にはあっという間に人だかりができる!
ザイデオは何とか彼らの興奮を抑えようと声をかけるも、もはやその熱気、どうにもできない!
「これは、神意!!」
「然り、然り!」
「ザイデオ殿下が王となられることを、神も望んでおられるのだ!!」
「「「「「うおおおおおーーーッ!!!」」」」」
「そ、そんなわけ、あるかッ!待て、冷静になれって......!」
「それッ!殿下を胴上げだーーーッ!!」
「「「「「うおおおおおーーーッ!!!」」」」」
「や、やめろおおおおおーーーッ!?」
そんなこんなあって。
この、ザイデオという新しい王の戴冠式は、それはもう大いに盛り上がり。
アーシュゴーは沸きに沸いた。
ザイデオは、その出自故に政治にはそれほど強くなかったが。
賢く、情に厚く、正義感があり、人の話も良く聞いた。
そして、なんだかんだ言って、民に好かれる善き王となり。
やめたい、やめたいと常に愚痴をこぼしつつも。
......結局は、割と長いこと、王様をやる羽目になったのだ。
閑話、終わりました。
でも、エピローグに入る前に、あと1話だけ別のことやらせてください。




