392 (公爵)王になりたくない元盗賊2
早朝のアーシュゴー国王城庭園......現在は王都民の避難所として活用されているこの場所で。
炊き出しの音を、遠くに聞きながら。
スボスはぽかんと、口を開けていた。
もう会うことはないだろうと思っていた、自分以外の王家の血族。
それが、目の前にいるのだから。
「殿下、僭越ながら訂正いたします」
一方のザイデオは、傍に控える眼鏡をかけた女騎士ネガーメンに、注意を受けていた。
「殿下が王位を継承なさいますのは、正確には本日の戴冠式の後でございます。不用意な発言はお控えください」
「あ?シシシ、すまねぇな?しっかし、こんなことになったんだ。今日戴冠式を、しなくてもなぁ......」
「こんなことになったからこそ、明るい話題の提供は必要です」
鷹揚に構え、頭をぽりぽりとかくザイデオ。
その反面、ネガーメンの顔色は悪い。
きょろきょろと辺りを見回しながら、鎧越しに胃のあたりをさすっている。
真面目なので、色々と細かいことを気にしてしまう性分なのだ。
「あーー......あの、その......」
さてここで、我に返って次に言葉を発したのは、スボスだった。
「ザイデオ、君?キミがナイデロにいの孫だというのは、疑う余地がない。まるで、生き写しだからね......だけど、その、正直そんなことは、どうでも良くて......」
スボスは疲労と寝起きのためぼんやりした頭を必死で動かして、目の前の若者に問いかけた。
「君は、ボクに、何の用なの?」
......その言葉には、少しだけとげがあった。
スボスがこれまでの人生で培ってきた、他人への不信が含まれていた。
「君も、ボクをバカにしに来たの?愚か者、役立たずって、悪口を言いに来たの?」
「「............」」
スボスとザイデオ、両者の間にしばし流れる、沈黙。
ザイデオはまたしても、今度は困ったような顔で頭をぽりぽりかいて、
「まあ......アホなジジイだなとは、思っちゃいるが......」
と、素直な感想を口にした。
その言葉を聞いて、スボスは驚いた。
いつもいつも、彼に先ほどのような問いかけをされた人間は、『いえいえ、滅相もない』とごにょごにょ言って、ぐだぐだ言い訳をするのが常だったからだ。
そしてその言い訳の中に、遠回しな表現を多用して、結局はスボスのことをバカにするのだ。
故に彼は、面と向かって『アホ』などと言われたことはなく......そもそも彼は公爵であるので、そんな不遜な発言をする輩はそうそういるはずがないのだが......とにかく、初めてのことに衝撃を受けたのだ。
しかし。
人の悪意に敏感なはずのスボスの心は。
ザイデオの『アホ』という言葉に......それほど嫌悪を抱かなかった。
何故だか、温かみすら感じた。
スボスは混乱した。
「オレはよ、あんたと話をしてみたかったんだ......今のうちによ」
ザイデオは、混乱するスボスのことなど気にせずに、言葉を続けた。
その瞳はまっすぐに、まっすぐにスボスのことを見つめていた。
『アホ』って言ったのに。
『アホ』って言ったのに、そこには嘲りの色なんて、微塵も感じられなかった。
「なあ、あんた、なんでクーデターなんか起こしたんだ?お飾りとは言え、しばらくは王冠かぶんなきゃいけねぇ身だ。それを知っておきてぇ」
「............」
そう言われ......スボスは困ってしまった。
何故、クーデターを起こしたのか?
それを聞かれても......理由なんか、ないからだ。
しいて言うなら周りに流された。
もっと言えば、何もかも、どうでも良かったから。
そういうことだと、思うのだけれど。
......そう答えるのも、何故だか、少し違う気がした。
「殿下、僭越ながら訂正いたします」
ここで、無言になった二人の間に、女騎士ネガーメンが言葉を挟んだ。
「ダイチーブ公爵閣下は、クーデターなど起こしてはいません」
「「は?」」
その言葉を聞いて、スボスとザイデオは二人とも、目を丸くした。
「当然でしょう?尊き王家の血を継ぐダイチーブ公爵閣下が国に弓引くなど、あるわけがございません。その事実があるだけで、国が割れる可能性すらございますので」
相変わらず胃のあたりをさすりながら、ネガーメンはつらつらと言葉を続ける。
「不埒な輩が閣下を拉致し人質として、公爵邸に立てこもった。殿下が率いる我々王国軍は、激戦の後に逆賊を打ち倒し、閣下を救出した......これが、昨晩起きたことの、全てです。これが、『真実』なのです」
「そんな......バカなことが......!」
スボスは震えながら何か言おうとしたが、ネガーメンはそれを無視した。
「なお、公爵閣下はその時、お心に大きな傷を負ってしまわれました。故に、準備が整い次第......『完治するまで』の間、王城の一角にてご療養を始めていただくことになります」
「そんなッ!バカな話がッ!あるかーーーッ!」
スボスは、思わず上半身を起こして、叫んだ。
顔を真っ赤にして、体を震わせて、涙をぽろぽろとこぼしながら。
「ボクは......ボクはッ!」
嗚咽しながらスボスは。
「大罪人にすら......なれないのかよおおッ!?」
そう、無意識の中から、直感的に言葉を手繰り寄せた!
その瞬間。
スボスはようやく、理解できたのだ。
自分がクーデターを起こした理由を、はっきりと自覚したのだ。
彼はずっと、“何か”になりたかった。
勇者になりたかった。
魔王になりたかった。
黄金竜になりたかった。
だけど、なれなかった。
夢から覚めれば、彼はいつだって、愚かな役立たずのままだった。
もう、うんざりしていたのだ。
今の自分に。
だから、なんでも良かった。
王様になる。
大罪人になる。
どちらでも良かった。
それはきっと、どちらも。
今の自分ではない、“何か”だから。
とにかく、自分が嫌いだった。
“何か”になりたいと願った。
だけど。
「ボクは、結局......何にも、なれなかった......」
スボスは、再び力なく、仰向けに寝転び。
「どこまで行っても、ボクはスボスだった......」
そう、つぶやいた。
その視界に広がるのは、冷たい色をした、寂しい薄水色の朝の空......。
「おい、こら、ジジイ」
しかし、その冷たい薄水色を押しのけて、スボスの視界に割りこんできた者があった。
ザイデオだ。
彼はスボスの横にどっかりと座り、その顔をのぞきこんで。
「何、泣いてやがる。テメエはテメエ以外にゃ、なれねぇ。当たり前だろうが」
そう言ってスボスの額を、こつんと叩いた。
こつん。
軽く、触られたと、理解できるくらいの、こつん。
しかしスボスは、誰かに叩かれた経験などないのだ。
だからびっくりして再度目を見開き、まじまじとザイデオの顔を見つめた。
「テメエはテメエでしかねぇ。それは、誰だって一緒だ。あーーー......だからこそ、なんだ......」
ザイデオは、自分の心の中から、この老人に贈りたい言葉を何とか選び出し、ゆっくりと、しどろもどろになりながらも、言った。
「......より良いテメエになるために、努力するんじゃねぇか」
それは、ザイデオなりの人生哲学だ。
勇者トーチと出会い。
改心し。
より善くあろうと戦い続けてきた彼の、生き方だ。
どんな自分も受け入れた上で、自分を変えようと、もがく。
それが生きるということだと、ザイデオは思っていた。
「......シシシ......うん、やっぱり、“また来る”ぜ」
柄にもなく説教じみたことを言ってしまったと自覚したザイデオは、顔を赤くしながら、恥ずかしさを笑ってごまかした。
「今度は、ゆっくりと......話そうや」
そして立ち上がり、手をひらひらと振りながら、兵たちを引き連れてスボスの寝る区画から去っていった。
その後姿を、スボスはぽかんとした表情で、じっと見つめていた。
『より良いテメエになる』。
スボスの考え方の出発点は、自己否定だ。
彼は自分のことが、嫌いで嫌いでたまらない。
だから彼にとってこの言葉は、なかなか受け入れがたいものであるはずだ。
より良くなろうとも、結局は自分なのだ。
彼はそこに、価値を見出せない。
だけど。
そのはずなのに。
何故か今の彼は、その言葉を、素直に受け止めることができた。
どうしてだろう。
そんなことを考える余裕は、スボスにはなかった。
突然の来訪者たちが去り、緊張の糸が切れ......再び倦怠感、そして睡魔に襲われたからだ。
ぼんやりとまどろみへと落ちていく彼は。
(それにしても......なんだか何十年かぶりに、誰かとお話をした、気がする......)
最後にそんなことを考えてから、こらえきれずにまぶたを閉じた。
閑話、2話で終わりませんでした。
次でこの閑話は最後です。




