340 蹴散らせ湧き出る魔王軍!2
今回デオガンダイに連れてこられた暗黒魔狼は、先述した通り、彼が手塩にかけて調教したエリート個体たちである。
デオガンダイは知能が高く、戦闘能力も十分な暗黒魔狼たちを選抜して、今回の部隊を作りあげた。
が、しかし。
そんなエリートたちにも、決定的に欠けている要素があった。
それが、“経験”。
なにせ、デオガンダイの息のかかったベテラン暗黒魔狼たちは、軒並み城塞都市リヒエドの襲撃失敗により、失われているのだ。
必然的に残る暗黒魔狼たちは、若い個体ばかりになる。
能力値は高くとも、経験が圧倒的に足りない。
そのため彼らは、警戒心が弱い。
能力値の高いエリートだけあって碌に失敗した経験がないため、負けを想定して戦うことができない。
増長しきったその思考は、相手が圧倒的に格上であるという事実を認めない。
人間なんていうのは、遊びながら狩り殺す対象......おもちゃ、もしくは、おやつ。
その認識を、訂正することができない。
だからこそ彼らは、既に数匹の同朋が目の前の黒髪黒目の少女エミーに屠られているという現状を目の当たりにしても。
決して......おびえ怯み、逃げ出そうとはしなかった。
むしろ、激昂していた。
弱い人間のくせに、我らに歯向かうなど、許せない!
この時点においても、未だに。
彼らはそのような思考に、囚われていた。
もちろんエミーが本気を出していれば、結果は違っていただろう。
彼女の本気の【威圧】を受けてしまえば、さすがに傲慢なエリート暗黒魔狼といえども、文字通り尻尾を巻いて逃げ出していただろう。
だがしかし、エミーは。
この、悪辣なバケモノは。
“少し強いけど、決して勝てない相手ではない”と、暗黒魔狼たちが誤認する程度の【威圧】しか、放っていなかった。
何せリヒエドでベテラン暗黒魔狼たちをほぼ壊滅させたのが、このバケモノである。
暗黒魔狼の強さの程というのは、何となく理解しているので、調整は可能なのだ。
何故、そんなことを?
そう質問を受けたならば、エミーはきっと、『散り散りに逃げられると、その後の処理が面倒だから』と答えただろう。
逃げ出した暗黒魔狼が、鉢合わせした人間を襲わないとは限らない。
なるべく多くの個体を、この場で仕留めておく必要が、あったのだと。
もちろん、そんな考えが彼女の思考の片隅にあったことは、事実だ。
だが、しかし。
実際のところ。
彼女は、むしゃくしゃしていたのだ。
暴力を振るえる対象を、欲していたのだ。
魔族が率いる、暗黒魔狼。
それは間違いなく、魔王軍である。
その事実を、エミーはオマケ様にも確認し、正しく認識していた。
魔王軍。
人間の、敵。
で、あるならば。
良いよね?
殺しても。
本音を言えば。
この時のエミーの行動を、決定していたのは。
このような、邪悪な思考であった。
◇ ◇ ◇
激昂して目の前の小さな人間に襲いかかり。
殴られ、蹴られ、引きちぎられ、次々に命を落としていく暗黒魔狼たち。
だがしかし、彼らは未だに、戦意を喪失していない。
特に彼らのように、みっちりと調教を受けた暗黒魔狼は、魔王軍のいわば生物兵器である。
仲間が殺されたからと怯えるような兵器は、必要ない。
故に、そのように、彼らは調教され続けてきたから。
だが、しかし。
そんな暗黒魔狼たちを率いる、魔王軍中級指揮官デオガンダイは、恐怖を覚えていた。
そしてはっきりと、確信していた。
このままでは勝てる可能性は、限りなく低いと。
(やばいやばいやばいやばいッ!!何なんだこの人間!?やばいッ!!)
表情は冷静沈着、冷酷無比な指揮官の顔をとり繕っていても、その内心では大慌てである。
(底が見えない!暗黒魔狼に囲まれているのに、全然本気を出していない!もしかしてあの人間、四天王くらい強いんじゃないのッ!?何でそんなのが、急に襲いかかってくるのッ!?何でオレの任務の時ばっかり、こんなイレギュラーが起こるのッ!?)
年若い暗黒魔狼たちとは違い、デオガンダイは正確に、目の前のバケモノの力量を把握していた。
故に。
(撤退......!)
その、二文字を指示するため。
大きく息を吸いこみ、腹に力を入れた。
無駄に暗黒魔狼を殺されては、たまらないからだ。
だが......!
「......!!」
言葉が、出なかった。
「て、て......!」
言えなかった。
(言えるわけ、ないだろ、撤退なんてッ......!!)
デオガンダイは冷や汗を流しながらも目を真っ赤に血走らせ、ぎりぎりと音を立てながら歯を食いしばった!
ここで逃げたら、どうなるか。
リヒエドの時と、同じだ。
任務は失敗。
失敗も失敗。
大失敗だ!
そうしたら、どうなる?
二度も、任務をこなせず、人間共に碌に被害も与えずおめおめと逃げ帰り、生き恥を晒す中級指揮官に、未来はあるか?
四天王ナンバーワン、大参謀、神算鬼謀のゼイトハオーンは、そんなデオガンダイを、どう処分する?
左遷?
降格?
そんな生ぬるい話では、済まないはずだ。
出世に響くとか、もはやそういう次元の話ではないのだ。
死だ。
ここで逃げれば、デオガンダイに待っているのは、死。
魔導溶解炉に放りこまれ。
どろどろに溶かされて。
次の魔族を作るための、材料にされる。
それで、終わりだ。
デオガンダイという男の名前は。
“無能な中級指揮官”という最終評価と共に、死亡者リストに入力されて。
やがて、完全に忘れ去られる。
それで、終わりなのだ。
「認めない......!」
ぽつりとつぶやいただけのその言葉は、存外良く響いた。
新たな暗黒魔狼を手刀で真っ二つに裂いてから、エミーはここでようやく、デオガンダイに視線を向けた。
「そんな未来は......認めないぞーーーッ!!!」
デオガンダイは、絶叫した!
そして竜の両足で地面を踏みつけ、空高く跳びあがってから、翼をはためかせてその場で静止!
高所からエミーを、睨みつける!
「戦闘止めッ!散開、7番の型ッ!指示待てッ!」
矢継ぎ早に繰り出されるデオガンダイの命令を、暗黒魔狼たちは正しく理解し、その瞳の中にエミーへの敵愾心を隠すことなく、しかし命令通りに彼女とは距離をとり、その周囲を旋回し始めた。
「我が名は、デオガンダイッ!!魔王軍、中級指揮官なりッ!!」
ここでデオガンダイは、足元の街灯に照らされながら高々と名乗りをあげた。
その表情には、先ほどまで見え隠れしていた怯えの色は、無い。
彼はもはや、覚悟を決めていた。
「そこな人間ッ!!名を名乗れッ!!」
高慢な口調ではあったが。
そう叫ぶデオガンダイの瞳は、不思議と澄んだ色をしていた。
その瞳に見据えられて。
エミーの魂の中で膨らみ続けていた殺戮への欲求が、まるで冷や水を浴びせられたかのように、大人しくなっていく。
「......エミー。私は旅人。エミー・ルーン」
エミーはまっすぐにデオガンダイの瞳を見つめ返しながら、少しだけばつが悪そうな様子で、そう答えた。
「そうか、エミーよ!我々は現在、魔王様の命のもと、作戦行動を遂行中である!これ以上の妨害行為をやめよ!」
「......作戦、とは?」
「貴様に言う必要は無い!」
「......そうかもね」
少しだけ言葉を交わしてから、エミーはデオガンダイに向けて拳を構える。
彼女から噴出するどす黒い靄がその勢いを増し、周囲を悍ましく汚していく。
ミシ、ミシミシ、ミシ......。
エミーから放たれる【威圧】の強さが数倍は跳ねあがり、周囲の空間が軋み始める。
「あくまで妨害を、続けるつもりだな!?」
「............」
無言で拳を構え続けるエミー。
その様子を、デオガンダイは肯定の意思表示とみなした。
「ならば、もはや問答は無用!」
バチ、バチッ!
鋭い音を立てながら、デオガンダイの側頭部から生えた二本の角に電流が走り、淡く発光を始める!
「この戦いには、我が未来がかかっている!全力で、行くぞ......死ぬが良い、エミー・ルーンッ!!」
「......未来がかかっていない戦いなんて、あるもんか」
再度の衝突の、直前。
エミーは最後に、ぽつりとそう言ってから。
......叫んだ!!
「お前が、死ねッ!デオガンダイッ!!」




