339 蹴散らせ湧き出る魔王軍!1
「ククク......クカカカッ......クカカカカカカカッ!!」
アーシュゴー国王都、第一広場。
三つある広場の中でも最も町の中心に近い位置にあるこの場所からは、深夜であるにも関わらず魔灯でライトアップされ煌々と輝く巨大な王城の威容が良く見える。
そんな王城を第一広場から見あげながら。
腰に異形の両手をあて、夜風に長い前髪をなびかせ。
機嫌よさそうに笑いながら、尾を振り翼をはためかせる、青白い肌の男の姿があった。
そう、彼こそはアーシュゴー国への報復攻撃任務を命じられた魔王軍中級指揮官!
魔操のデオガンダイ、その人である!
「さあ......始まるぞ!」
ピカァッ!
ピカッ、ピカァッ!!
高笑いするデオガンダイの周囲では、次々と転移魔法に由来する紫色の光が迸り、そこから大量の暗黒魔狼たちが湧き出るように送りこまれてくる。
その様を見やりながら、デオガンダイは満足そうに頷き、叫んだ。
「見ておれよ、人間共!見ておれよ、幹部共!ここから始まる、このオレの......快進撃をなぁーーーッ!!」
「「「アオオオーーーーーーンッ!!!」」」
デオガンダイの叫び声にあわせ、巨大な暗黒魔狼たちも一斉に遠吠えをする!
その声量たるや、広場周辺の家々の石壁が、びりびりと震えるほどである。
王都の住民たちは顔を青くしながら、家の中でじっと息を潜め、窓からそっと、この恐るべき光景を覗いていた。
「よし、暗黒魔狼ちゃん部隊、全員到着したな!?整列ッ、3番の型ーーーッ」
「「「アオンッ!」」」
紫色の光がおさまったのを見計らい、デオガンダイは暗黒魔狼たちに指示をだす。
それを受け、暗黒魔狼たちは一糸乱れぬ動きで整然と整列を果たした。
彼らは、魔操のデオガンダイが手塩にかけて調教し育てあげた、いわばエリート暗黒魔狼である。
このデオガンダイの作戦行動の要となる存在であり、数はそれほど多くなくとも、その実力は折り紙つき。
さらには狼でありながら種族的な知能の高さから人語を理解し、この程度の指示であれば容易く従い、行動することができるのだ。
「クカカカカーーーッ!」
頼もしき狼の軍団を眺めながら、デオガンダイは哄笑した。
「カ......」
が、しかしその笑い、ぴたりと止まる。
脳内にふと、城塞都市リヒエド攻略任務に失敗した時の記憶が、蘇ったからだ。
あの時も、デオガンダイは自信満々で。
己の策が、失敗する等とは、微塵も考えず。
こうやって、大笑いしていた。
だがしかし、その結果、どうなったか。
何故か悉く、彼の仕込みは不発に終わり。
頼りの暗黒魔狼たちも、謎の少女にひきはがされ。
勇者共に囲まれてボコボコにされ、敗北した。
その結果、デオガンダイはすっかり魔王軍内部でその評価を落とし、さらに不便な第5形態のまま日常生活をおくらねばならなくなった。
(大丈夫なのか?今回もオレは、失敗してしまうのではないか?)
不意に襲い来る、不安。
手が震える。
「クウン?」
突然動きを止めたデオガンダイの顔を、近くにいた暗黒魔狼が、心配そうに覗きこむ。
そんな暗黒魔狼と、目が合い。
デオガンダイは。
「クカッ、クカカカカーーーッ!!」
大きく首を振ってからふんぞり返り、さらに大きな笑い声をあげた!
(臆するな、デオガンダイ!オレなら、できる!必ず返り咲ける!勇者だって、既にこの大陸にはいない!オレの邪魔をする奴は、もういないんだ!自分を、信じろ!)
脳内ではそうやって、必死に自分を励まし!
暗黒魔狼たちになめられぬよう、わざと尊大に大笑いして!
不安を吹き飛ばしたのだ!
「『門よ開け、彼の者を呼び寄せろ!【サモン】!』」
大笑いによって自らの精神を整えて表情を引き締めなおしたデオガンダイは、再度魔法を唱えた。
すると彼の隣に紫色の魔法陣が出現し、その中から黒く巨大な、軽自動車程の大きさを誇る甲虫がその姿を現した。
ブン、ブンブン!
威圧的にその頭部を動かし、恐ろしい5本の角を振り回すこの魔物の名前は、デストロイブンブン!
恐るべき突撃能力を誇り、人間の築いた城壁程度は容易く破壊してみせる、恐るべき甲虫!
デオガンダイの作戦の、もう一つの要だ!
「さあ、デストロイブンブンちゃんよ......お前には、届いているのだろう?かぐわしい......はちみつの匂いが!」
コンコン、ココン、コココン。
独特のリズムで甲殻を叩きながら、デオガンダイはデストロイブンブンに優しく語りかけた。
デストロイブンブンに言うことを聞かせるには、この甲殻を叩くリズムこそが肝要なのだ。
これが、魔操のデオガンダイが世界で初めて編み出した、超巨大甲虫デストロイブンブンとの意思疎通方法である。
「今こそ、飛び立て!匂いの元に、突撃せよ!王城の城壁を、破壊するのだーーーッ!!」
「ブブブブブブッ!!」
コココン、コン、ココン!
デオガンダイにそう甲殻を叩かれながら指示を受けたデストロイブンブンは、その重そうな頭部をぐんと上に突き上げ、くんくんと、宙に漂う匂いを嗅ぐような仕草を見せた後......勢いよく背中の甲殻を、中心から左右に開いた!
その中から飛び出したのは、透明な羽である!
デストロイブンブンはその羽を超高速で動かし、羽ばたき始めた。
猛烈な風が周囲に吹きすさび、数匹の暗黒魔狼が風にあおられて転がった。
「さあ......行けーーーッ!!」
「ブブブブブブッ!!」
デオガンダイの号令を受けたデストロイブンブンはさらにその羽ばたきの速度を速め、ふわりと宙に浮かびあがり、そして!
第一広場から大通りへと......猛烈な速さで突撃を開始した!
その先にあるのは、もちろん!
......アーシュゴー国の王城だ!
「さあ、暗黒魔狼ちゃん部隊!デストロイブンブンちゃんに続くのだ!奴が突撃で作り出す城壁の穴から城内に侵入し、中の人間共を......皆殺しにするのだーーーッ!!」
「「「アオオオーーーーーーンッ!!!」」」
皆殺し!
デオガンダイの指令に含まれる物騒な言葉が、暗黒魔狼たちの邪悪な殺戮本能へと火をつける!
彼らはその瞳を爛々と輝かせ、よだれをまき散らしながら、再度口々に遠吠えをした!
「デストロイブンブンちゃんに続け!全員、突撃ーーーッ!!」
ばさりと翼を広げ、尾で地面を力強く叩き!
その異形の右手で前方を勢いよく指さし、デオガンダイは叫んだ!
だが、しかし!
ここで!
デオガンダイの邪悪なる企みは!
いきなり、頓挫することになるのだ!
つまり、何が起きるのかと、言うと!
一つ目の、想定外の事態だ!
「ブブブブブ......?」
先行したデストロイブンブンだが、彼はそれほど頭が良くない。
デオガンダイの指示も、半分くらいしか理解できていない。
「ブブブッ!」
だから、『王城の城壁を、破壊するのだ』と指示されたとしても。
ひとたび、目標地点以外からはちみつの匂いを感じとってしまえば。
本能が、優先されてしまうので。
「ブブブブブブーーーッ!!」
はちみつ目指して一直線に、飛んで行ってしまうのだ!
「......は?は?は!?」
デオガンダイは前方を指さした姿勢のまま、ぽかんと口を開け、ぴたりと固まってしまった。
何故なら、王城に向かって直進していたはずのデストロイブンブンが、突然直角に進路を曲げ、裏通りの方へと飛び去って行ってしまったからだ。
再度フラッシュバックする、リヒエドでの失敗の記憶!
冷や汗が止まらない!
(何故だ!?何故王城に向かわないんだデストロイブンブンちゃん!?さては、あのマケテラめ、しくじったな!?え?でも城壁にはちみつを塗るだけでしょ?何でしくじるの!?)
初っ端から作戦がうまくいかず、デオガンダイはパニック状態である。
もはや背中は冷や汗でびっしょびしょだ!
だが、しかし!
「クウン?」
心配そうに彼の顔を覗きこむ暗黒魔狼と目が合い、ひとまず冷静さを取り戻す。
(そうだ!オレは魔王軍中級指揮官、魔操のデオガンダイ!魔王軍のエース!この程度のアクシデント、臨機応変に対応せずしてなんとするか!!)
バシン!
デオガンダイはごつごつとした竜のそれへとなり果てた両手を思いきり胸の前で叩きつけ、気合を入れて叫んだ!
「案ずることはないぞ、暗黒魔狼ちゃん!今やオレの拳には、竜の力が宿っている!この力をもってすれば、人間共が作り出した石壁なぞ、恐れるに足りんッ!!」
だが、しかし。
そうやって叫び、暗黒魔狼たちの士気を再び高めた、ちょうどその時に。
起きてしまうのだ。
......二つ目の、想定外の事態が。
ズガアアアアアアンッ!!!
その想定外は、屋根の上から轟音と共に、降ってきた。
「な、なんだッ!?」
デオガンダイが竜の拳を構えながら、慌てて轟音の発生源に体を向けると。
そこで、街灯に照らされていたのは。
突如として発生した、小規模なクレーター。
その周辺に散らばる、暗黒魔狼であったもののパーツ。
そして、クレーターの中心に埋まった血まみれの拳をゆっくりと引き抜き、周囲の暗黒魔狼たちに強烈な【威圧】を放ちながら戦闘姿勢をとる、一人の少女の姿だった。
「あ」
その少女は、黒髪黒目であった。
どす黒くてとげとげした、細身の鎧のような物を着こみ、さらにはこれまたどす黒い靄のようなものを体中から噴出している。
時々鎧に浮かびあがる錆びたような赤色が、実に不気味である。
「あああ」
デオガンダイは、見たことがあった。
その少女のことを。
時が経ち、成長している。
身なりも、変わっている。
だが、しかし、その悍ましさ。
そして、美しさ。
どちらも、何ら陰りが無い。
例え、一度見ただけであっても。
忘れるはずがない。
見間違える、はずがない。
「ああああああ......!」
その少女は。
その少女こそは!
「お前、はあああああーーーッ!!」
城塞都市リヒエドにて、尋常ではない速度で暗黒魔狼たちを追い回し、結果的にデオガンダイが勇者たちとの多勢に無勢な戦いに挑まざるを得ない状況を作り出した......。
謎の少女、その人であったのだ!
何が、『オレの邪魔をする奴は、もういない』だ!
いるじゃないか、こいつが!
でも、どうして、いるの!?
というか、そもそもこいつ......誰なんだよ!?
デオガンダイがまたしてもパニックに囚われ始めた、ちょうどその時だ。
「グルルルルッ!!」
少女の周りをとり囲んでいた暗黒魔狼たちの内の一匹が、いきり立って少女に向かって、とびかかった。
少女はそれを何の気なしに、しかし目にも止まらぬ速度の拳で殴りつけた。
殴られた暗黒魔狼の肉体は、たったその一撃だけで従来の形を留めておくことができず、血肉となって周囲に飛び散った。
「............」
少女は、たった今奪い去った一匹の命のこと等、気にも留めず。
自分のことを指さし、出会ったことがあるような反応を示す異形の魔族を眺めながら。
え、いつ会ったんだっけ?
自分の記憶には、ないんだけど?
そんなことを脳内の同居人と会話しながら、首を傾げた。
彼女はそれはもう、絶世の美貌の持ち主なのだ。
その様は、さぞかし可愛らしい仕草であったことだろう。
暗黒魔狼の返り血で、血まみれになっていなければの、話だが。
エミーに襲われたのは、デオガンダイにとっては不運としか言いようがないんですが、マケテラに関しては別です。
そう言えば前回、彼ははちみつバケツを、抱えたままでした。
つまり仕事、してないですよね。
その辺の詳細については、後で描写すると思います。
大した理由が、あるわけではないんですけど。




