336 (呪い子)“花屋”最後の、“嫌がらせ”
午後の、まだお日様が高いうちに倒れたヌムブリばあちゃん。
ばあちゃんは、まだ目を覚まさない。
もうそろそろ、日付が変わる。
あと一時間もしないうちに、『夜明けの日』だ。
「............」
私はこれまで、ただじっと、ばあちゃんのベッドの横に座って、その手を握りしめていた。
もちろん、それ以外のことだって、していたよ。
当然、医者だって呼んだ。
ばあちゃんが倒れたすぐ後には、ばあちゃんの行きつけの病院の先生を担いで連れてきて、診察だってしてもらったんだ。
......先生は、首を横に振るばかりで......薬も何も、出してはくれなかったけど。
<エミー......>
ためらいがちに、オマケ様が私に、声をかけ。
<残念ですが......ヌムブリは、もう......>
そして、諦めの言葉を口にした。
しかし......その時だった。
「む......げほっ、エミー......?」
「!?」
ばあちゃんが咳きこみながら......うっすらとその目を、あけたのだ。
「ばあちゃん」
「げほ、ごほっ......おや、おや、もうすっかり、暗いねぇ......あたしとしたことが、寝過ごした。お店は」
「閉めといた」
「夕食は」
「もう食べたよ。ばあちゃんの分も、残してるよ」
「そうかい、そうかい......今、何時だい......?」
「11時過ぎ」
「そう......かい。ごほっ」
ぜえぜえと、苦しそうに息を吐きながら。
私とそんな、当たり障りのない話をしてから。
ばあちゃんは、寂しそうに笑った。
「せめて、『夜明けの日』まで......と、思っていたが......げほっ、どうやら、持ちそうにないね......」
「何を言ってる」
私はばあちゃんの額の汗をふきながら、なるべく平静を装って言った。
私はもとより無表情。
動揺を隠すのは得意だ。
「お医者さん言ってた。ばあちゃん、疲れてるだけ。たくさん寝て起きたら治る」
得意なはず、なのに。
「ははは......エミー、あんた、嘘が下手だねぇ」
ばあちゃんは、にやりと笑って私の頬に手を伸ばし。
「あたしとは、違う」
そう言って、私の涙をぬぐった。
かちかちいう、時計の音。
ばあちゃんの、咳の音。
私の、鼻をすする音。
しばらく室内を満たしていた物は、概ねそれで、全てだった。
◇ ◇ ◇
「ねえ、エミー」
涙が止まらず、肩を小さく震わせ続ける私の様子をちらりと見て、ばあちゃんは咳きこみながら、にやりと笑った。
「あたしはね、もうババアなんだ」
「............」
「十分に、長生きは、したのさ」
「............」
「笑って......送ってくんないかい?」
「............無理」
私はぐしぐしと涙をぬぐってから、ぽつりと言った。
「私......生まれてこのかた、笑ったことなんて、無いもの」
「難儀な、子だねぇ......あんたも」
げほ、げほと、再度咳をしてから。
ばあちゃんは、大きく息を吐いて、苦笑しながらそう言った。
そして再度、沈黙。
「「........................」」
かちかちかちかち、時計の音。
ばあちゃんからは、もうほとんど、魔力漏れが無い。
それを視てとれる私には、わかってしまう。
もう、本当に時間は、残されていないのだと。
「......ねえ」
だから、私は。
「さっき、私、言ったよね。『恩返しする。何でも言って』って」
「............」
ばあちゃんの手を握りながら、ばあちゃんの瞳を見つめながら、そう語りかけた。
「何か、無いの?やって欲しいこと」
「............」
ばあちゃんは、その言葉を受けて。
静かに瞳を閉じて、黙りこくってしまった。
だけど、数分後。
彼女は、はっきりと。
「......ある」
そう、言ったのだ。
「!」
突然、ばあちゃんが私の手を握り返す力が、強くなる。
驚いて、ばあちゃんの表情を見ると。
ばあちゃんは、またしてもにやりと、笑っていた。
だけどその笑いは、これまでのような、寂しそうな笑いではなかった。
いたずらっ子の、ような。
そんな印象を受ける、笑顔だった。
「ねえ、エミー、お願いがある」
「何でも言って」
頷いて、そう返答した私に、ばあちゃんは大きく息を吸ってから......次のように、言ったのだ。
「この、“花屋”最後の、“嫌がらせ”に......つきあって、もらいたい」
その瞳は大きく見開かれ、爛々と輝いていた。




