334 (公爵)王になりたいお飾り公爵
今話に登場する人物ですが、予定とは性格を変更しております。
なので、ちょっとだけ以前の情報とは食い違いがあるかもしれません。
以前の情報の方を、訂正しておきます。
アーシュゴー国王都。
現在王が不在であるにも関わらず、未だ“王都”と呼ばれ続けるこの都には、中央に大きな通りが走っている。
王城を起点に伸びるこの大通りを東へ、東へと進んで行けば、まずたどり着くのが第一広場。
それを通り過ぎればその次に第二広場があり、さらにその次が第三広場だ。
何とも味気ない名前の、これら三つの広場を越えれば、次にあるのがミハビュシラの丘。
この丘を大きく南に迂回する形で道はさらに伸び、東の果ての国レイブレイクまで続くサイカナン街道へと繋がっている。
かつて黄金大陸の大動脈とまで呼ばれたサイカナン街道の始点、もしくは終点がこの大通りなのだ。
そして古くから他国との貿易で富を築いてきたアーシュゴーという国において、この大通りはいつしか権威の象徴ともなっていた。
故に以前は、この大通り沿いに居を構えることがある種のステータスとなっていた時代が、確かに存在していた。
その当時は貴族たちがこぞって豪勢な屋敷を大通り沿いに建築し、その権勢を競い合っていたものだ。
何故過去形で語っているのかと言えば、己以外の権威を認めない前王がそれらのほとんどを、破壊してしまっているからだ。
その文化的かつ芸術的損失はあまりにも大きく、その所業は未だにため息をつかずには語れない。
だが、しかし。
全ての貴族屋敷が、前王により破壊されたかと言えば、そうではない。
例えば、第三広場の程近くに存在する、ダイチーブ公爵家所有のタウンハウス。
ダイチーブ家とは、前王の叔父が興した公爵家であり、現公爵は前王の従弟にあたる。
つまりは王家の血筋をひいており、そのためこの屋敷については、前王による考えなしの破壊を免れていたのだ。
◇ ◇ ◇
さて、このダイチーブ公爵家のタウンハウス、実に五階建てである。
周囲の建物と比べればその高さは圧倒的であり、五階の当主執務室のベランダからは、王城を含めた王都の街並みを一望することができる。
そのベランダには今、一人の男が立っていた。
西日を浴びて輝く、装束に縫い付けられた宝石。
そして風になびくは、豪華な刺繍を施されたマントと、長く艶やかな金髪。
「フ......真っ赤なお日様に染められるお城は、とってもきれい。ボク、この景色が、だーい好きなんだっ!」
男は夕日を背に輝く王城をうっとりと見つめながら、そうつぶやいた。
どうにも幼さの残る口調とは裏腹に、その声はずいぶんとしゃがれている。
「だけど明日からは、もっと良い景色が見れる......そうだよね、皆?」
そしてゆっくりと、ベランダから執務室の室内を振り返ったその男の顔には、深い皺が刻まれていた。
化粧により若作りされある程度ごまかされているが、当然積み重ねて来たその年齢は、隠しきれるものではない。
何せ、この人物こそ、今年で御年80歳を迎える、ダイチーブ公爵その人なのだから。
「はいはいっ!その、とぉーーーっり!」
公爵の言葉を受けてひょこひょこと前に進み出て素っ頓狂な声をあげたのは、若い男だ。
ぶかぶかで装飾過多な服装を着こんだその男の印象を一言で述べるならば、“道化”である。
顔面は過剰に塗りたくられた白粉により真っ白けであり、口元には子どもの落書きのように口紅が塗りたくられている。
意外に鋭い目元には紫のアイラインが引かれ、その髪は両側頭部にて巨大なお団子状にまとめられている。
「だってだって明日にはっ、こんなちんけなお屋敷よりも、もっともっとおぉーーーっきなあのお城がっ!公爵様のものになっているんだもぉーーーっの!」
そして道化は、そんな恐るべき発言をした!
お城が、公爵のものになる。
それは、即ち......。
どういうことかな?
財政難から王城が売りにでも出されて、公爵がそれを買ったのかな?
「明日から、公爵様が、王様になるんだよぉーーーっ!王政復古、だよぉーーーっ!」
違った!
そんなわけ無かった!
「逆らう者は、皆殺しぃーーーっ!」
しかも道化は、さらに不穏な言葉を重ねる!
しかしその言葉を聞いても、室内にいる面々は、それを咎めないのだ。
動じない。
皆、目をギラギラと輝かせて、にやにやといやらしく笑っている。
つまりは、この連中。
俗に“公爵派”と呼ばれる、近年議会において謎の急拡大を果たした貴族たちの派閥の一員であるが。
彼らは、本気で目指しているのだ。
ダイチーブ公爵を頭に据えた、武力による体制移行を。
即ち......クーデターを!
なんてことだ......!
「ついに、忍耐の時が終わるのですな、公爵様」
ここで大柄な一人の貴族男性が、一歩前に進み出て一礼をしながら、ダイチーブ公爵に声をかけた。
短く刈りあげた髪、頬に傷、太い眉に鋭い眼光。
身にまとう礼服も彼の鍛えあげられた肉体を隠すことはできず、彼が武官であることは一目瞭然である。
「正当な王家の血筋である公爵様がいらっしゃるにも関わらず、この国は議会制を敷き続けて来た......このおかしな現状を正すことができず、公爵様はずっと、忸怩たる思いを、抱かれていたことでしょう。それはもちろん、我々公爵派の貴族とて同じことでした」
「う、うん!」
この武官然としたおっさんは見るからにおっかないので、公爵は少しだけ苦手だ。
あと、『忸怩たる』ってどういう意味の言葉?
わからなかったので、公爵はとりあえず、勢いで『うん!』と言って、話をあわせた。
「議会派貴族共は、事あるごとに己の正しさを喧伝してきましたが、その結果として起きたのが、国家の中枢への魔族の介入です。何が、正しき政だ!奴らは所詮、簒奪者!売国奴にすぎません!」
「おお、おお!うん!そ、そうだね!」
『喧伝』?
『簒奪者』?
『売国奴』?
わからない言葉がいっぱいで、公爵は泣きそうになった!
でも、目の前のおっさんは口調に熱がこもり、勢いが止まらない!
もう、適当に、相槌を打つしかない!
「しかしそんな暗黒の歴史も、今日までです!明日からはあなた様が、この国を導いていく!この国は、明日の『夜明けの日』に、真なる夜明けを迎えることになる!正しい形に、生まれ変わるのです!」
「う、うん!うおーーー!」
今の言葉は比較的わかりやすかったので、公爵にも理解できた!
だからとりあえず、雄たけびをあげたぞ!
「「「うおおーーーっ!!」」」
そしたら室内の貴族たちも皆、公爵にあわせて雄たけびをあげた!
公爵はびびった!
「私、オーボスを始めとした、正しき志を分かち合う貴族一同、公爵様の手となり足となり!邪悪かつ無知蒙昧な議会派貴族共の野望を打ち砕き!粉骨砕身、あなた様をお支えする所存!何なりと、ご命令くださいませ!」
そしてオーボスはそう叫ぶと、しゃがんで目を瞑り左膝と両手を床についた。
「「「ご命令くださいませ!!」」」
それを合図に、オーボスの背後に起立していた公爵派貴族たちも、一斉に同様の姿勢をとる。
これは、この国アーシュゴーにおける、王に対する臣下の礼である!
「皆......皆!ボクは、とっても嬉しい!」
公爵は涙目になりながら、そう感謝の言葉を口にした。
ちなみに涙目なのは、感動したからではなく、皆が突然大声を出すのでちょっと怖くなったからだ。
「やったやった!良かったね、公爵様っ!オーボス将軍たちの忠誠と兵力があれば、クーデターは成功間違い無しだもぉーーーっの!」
ここでひょこひょこと変な踊りをしながら、道化は公爵の周りをくるくると回った。
「必要な人員は、既に王都内に忍びこませてあります。今晩の決起時には、その全員が第三広場に集合する手はずとなっております。くくく、議会派貴族共は、慌てふためくでしょうなぁ!突然、軍勢が町中に現れるのですから!」
オーボスは左膝をついたままそう言いながら、片目だけあけてにやりと笑った。
「うん、うん、そうだね......あ、決起は今晩の深夜だよね?」
「ははっ!」
「そうだよぉーーーっう!」
公爵はそれを確認して、少しだけ不安そうな顔をした。
「真夜中だよね......お化けとか、出てこないかな......?」
「「「............」」」
オーボスたち公爵派貴族は、その公爵の発言を聞いて、一瞬無言になった。
わかってはいるのだ、このダイチーブ公爵という老人が、どういった人間であるのかは。
わかっていて、神輿を担いでいる。
クーデター成功後は、この、政治に不向きな老人をうまく操って自分たちがうまい汁を啜りたい。
結局のところそれが、オーボスたちの本心なのだから。
まあ、ただ、そうは言っても。
突然、そういう、子どもじみた発言をされると。
やっぱり、困惑はしてしまうのだ。
「大丈夫大丈夫っ!ばっちり問題なぁーーーっし!」
そしてこういう時に役に立つのが、道化だ。
彼は公爵の発言にも何ら動じることなく、相変わらず変な踊りを続けながら、公爵に語りかけた。
「だってだって、前に、渡したでしょぉーーーっ!?切り札の、秘宝っ!」
「あ!」
道化に指をさされながらそう言われ、何かを思い出した公爵は自分のポケットをまさぐった。
そこから出てきたのは、いくつかの、ミョゴミョゴシュゴの抜け殻。
それに加えて......自ら怪しく緑色の光を発し続ける、謎の宝石だった。
「お化けが出てきても、その秘宝をおでこにあてて、『強くなりたい』って叫べば、大丈夫っ!するとすると、あら不思議っ!公爵様、最強の戦士になれちゃーーーっう!」
「おお、そうだった、そうだったね!」
公爵は秘宝を高く掲げながら、満面の笑みを浮かべた!
秘宝があれば、大丈夫なのだ!
この道化がそう言うのだ、間違いない!
「「「............」」」
一方のオーボスたちには、若干の困惑が残った。
あの、緑色の、怪しい秘宝とやらは、何なのか?
オーボスたちは知らなかった。
だが、しかし。
あの道化がそう言うのだ、間違いない!
すぐにその困惑は、消え去った。
その思考の不自然さに気づく者は......この場には誰一人として、いなかった。
「よし、やるぞ......やってやるぞ!ボクは、王様になるんだ!」
お化けの心配が無くなり、ダイチーブ公爵のテンションは再びあがってきた。
拳をぎゅっと握りしめ、わなわなと震えながら......公爵は叫んだ!
「魔法使いチューボス!」
「はいはいっ!」
ここで気合を入れて名前を叫ばれ、ようやく道化は左膝をついた。
「オーボス将軍!」
「ははっ!」
オーボスは改めて、頭を下げた。
「そしてこのボク......ラ・スボス・ダイチーブが!!」
ここで公爵は大きく息を吸ってから、秘宝を握りしめた右手を天井にむけて力強く突き出し、そして言った!
「この国を......変えるんだぁーーーっ!!!」
「「「おおおーーーっ!!!」」」
公爵の宣言を受けて室内の貴族たちは沸き立ち、一斉に雄たけびをあげた!
公爵は、やっぱりびびった!
なお、今更の注釈ではあるが。
このダイチーブ公爵、とっくの昔に......前王の時代に。
王位継承権は放棄している。
だけどそんなこと、公爵は覚えていないし、オーボスたちもその事実を信じていないことにしている。
だからそんな些細なことは、気にしなくても良いのだ。
【ダイチーブ公爵】
アーシュゴー南部に領地を持つ貴族。
お飾り公爵であり、統治者としての能力は低い。
最近無理な増税を行って領民を疲弊させていたが、それは今回のクーデターのための資金集めが目的だったようだ。
本名が、『ラ・スボス・ダイチーブ』らしい。
つまり、この人物が!
第1部のラスボスだとでも、言うのか!?




