333 (呪い子)小さな花畑にて
いよいよ、『夜明けの日』は明日だっていう、良く晴れた日の午後。
私はヌムブリ鮮花店の裏口から外に出て、ばあちゃんの小さな花畑に来ていた。
......四方を建物の壁に囲われた、本当に小さな花畑だ。
日当たりも、そんなに良くない。
だけど、ここにはたくさんの種類の植物が植わっていて、どういうわけか秋だと言うのに色とりどりの花が咲き乱れている。
バラに、パンジー、クロッカス、ヒマワリ、アサガオ......。
私でも名前を知っている花......もちろんここは異世界だから、地球のそれとは似ているだけで別種という可能性もあるけど......そんな花々が、辛うじて差しこむ日の光を浴びて輝きながら、強い香りを放っている。
なんか......咲いている花の季節感に節操がない気もするんだけど......ここは異世界だからね、うん。
気にしないようにしている。
さて、私はここに、ヌムブリばあちゃんの手伝いをするためにやってきたのだ。
私がやる手伝いとは、水やりと虫取りだ。
雑草抜きは、以前やろうとしたんだけど、抜いちゃいけない花を抜いちゃっていたらしく、ばあちゃんに手伝いを禁じられている。
......この花畑じゃなくて、その辺の道端にも密集して生えている、青くて小さな花があったからさ。
それをぶちぶち抜いてたら、怒られたわけだ。
雑草じゃ無かったのかと聞いたら、『雑草だけど、抜いちゃだめ』なんだってさ。
<あっ、いましたよ、エミー......跳ねアオムシです>
さて、中腰になり葉をぺらぺらとめくってその裏側を確認していると、オマケ様がそう声をあげた。
私もすぐに、ターゲットの所在を確認する。
葉っぱの裏の端っこで静かに食事をしていたそいつは、丸々と太ったアオムシだ。
大体、私の小指くらいの大きさはある。
どこからかやってくるこいつはなかなかの大食いであり、季節を問わず湧く農家さんの大敵だ。
あまりにも食害が酷いので、魔物として認定されている生き物でもある。
当然、花屋にとっても敵である。
跳ねアオムシは、葉をめくられた振動と光のあたり具合で、己が敵に捕捉されたことを本能で悟ったらしい。
そいつは、丸々と太ったその体を限界まで縮ませて、そして......全身の力を使って、思いきり......跳ねた!
そう、このアオムシ!
アオムシのくせにその名に違わぬ機動性を誇り、跳ねとぶことで外敵から逃れようとするのだ!
その勢いたるや凄まじく、小鳥程度の小動物であれば、体当たりで倒してしまうことがあるほど素早い。
そして倒した小動物は、食べるらしい。
アオムシのくせに、雑食なのだ、こいつらは。
割と怖い。
さらには、原理は知らないけど、数十回程度であれば空中ジャンプもする。
そういうわけで、一旦跳ね始めたこいつを捕まえるのは至難の業なんだ。
だから大抵は、跳ねとび始める前に殺虫剤を振りかけて殺すのが、一般的な駆除方法らしいんだけど......。
まあ、いくら素早いとは言え、しょせんはイモムシだ。
私の身体能力と動体視力から、逃れられるほどでは無い。
ピンッピンッピンッ!
何度か空中ジャンプを繰り返し、私から逃れようとする跳ねアオムシだったけど、相手が悪かったな。
私はそいつを、右手を素早く動かして捕まえる。
ピンッピンッピンッ!
私の右手の中でもがく跳ねアオムシだけど、残念ながらお前はもうこれで終わりだ。
「............」
じっと右手を見つめつつ、【着火】を発動。
跳ねアオムシを手に握ったまま直接燃やし、しとめる。
そしてこんがり香ばしくなったそれをそのまま口に放りこんで、ぷりぷりとした口当たりと、甘みが強いその味を楽しむ。
これが私流の跳ねアオムシ駆除の、一連の流れだ。
<駆除って言うか、ただのおやつタイムですよね>
駆除だよ。
今まで食べてきたイモムシの中ではトップクラスにおいしいことは否定しないけど、駆除だよ。
ばあちゃんだって、喜んでくれているんだよ。
私はそれからしばらく、跳ねアオムシ狩りを楽しんだ。
<楽しんでるじゃないですか。ただのおやつタイムですよね>
駆除だよ。
◇ ◇ ◇
「ごくろうさんだね、エミー」
「............」
さて、しばらく私が夢中でおやつを食べていると、古びた裏口の戸を軋ませながら、ヌムブリばあちゃんが花畑にやってきた。
「よっ、と......」
ばあちゃんは、難儀そうに花畑の隅に設置されたベンチに腰掛け、そしてだらりと深く背もたれにその体を預けた。
にこにこと、笑いながら花畑を見つめている。
だけど......。
だけど、どう見ても、体が辛そうだ。
「............大丈夫?」
私は跳ねアオムシ狩りをやめて、とことことばあちゃんに近づき、そう聞いたんだけど。
「ああ、大丈夫だよ。多少、体はだるいが......あたしも、年寄りだからね。しょうがないことさ。心配すんな」
ばあちゃんは、『心配すんな』と言うだけだ。
そして相変わらず、にこにこと花畑を見つめているのだ。
「............そっか」
私はそれだけ言って、ばあちゃんの隣に座った。
そして一緒に、静かに花畑を眺める。
四方を壁に囲まれたこの花畑には、ほとんど風が吹かない。
通りの喧騒も届かず、静かだ。
穏やかな時間が流れる。
「............ねえ」
「なんだい?」
しばらくしてから。
私はぽつりと、口を開いた。
「ありがとう、ばあちゃん」
「ははは、どうしたんだい、エミー?」
「ご飯と、寝床、ありがとう......そういえば、ちゃんと、言ってなかったから」
「ははは......良いんだよ、そんなことは......気にすんな。若い頃の、蓄えはまだあるし......それを相続する相手も、いないんだから」
そう言ってばあちゃんは、ゆっくりと深く、息を吐いた。
「「............」」
そしてまた、沈黙。
私は黙って、ばあちゃんの横顔を眺める。
穏やかな笑み。
だけど寂しそうな、目元。
深い皺。
顔色は、悪い。
さらに【魔力視】を意識しながら、じっと見つめる。
「............」
いつにもまして、ばあちゃんから漏れ出る力は、弱々しい。
「ねえ、ばあちゃん。ばあちゃんは私に、やってほしいこと、ある?」
「なんだい、突然に?」
「恩返しする。何でも言って」
「恩返し、かい。ははは......そうだねぇ......」
ばあちゃんは、わざと悪っぽい笑顔を作ってから、何かを思案し。
少ししてから、口を開いた。
「明日は......『夜明けの日』。だから......花を」
そこまで、言葉を紡いだ。
ちょうど、その時。
「げほっ」
ばあちゃんが、咳こんだ。
思わず両手で口を抑えるばあちゃん。
「げほっ、ごほっ......」
そのまま激しく、何度も何度も咳をする。
口を抑える両手の隙間から、赤い液体が零れ落ちる。
「う、ぐ......」
そしてそのまま、ばあちゃんは意識を失い、前方へと倒れかけた。
「ばあちゃん!」
私はそれを抱き止めて、ばあちゃんの様子を確認。
脈はある。
息も、まだしている。
だけど、これは。
かなり、まずい。
<......ひとまず、ベッドに運びましょう>
そんなオマケ様の助言に返事もせずに、私はばあちゃんを抱きかかえたまま裏口の戸を開けて、ばあちゃんの寝室を目指した。




