331 (白縁)警戒 11時48分
「やあ、久しぶりだね、バーニング」
案内された廃教会の奥......隠し扉を通った先の、執務室。
この、先ほどまでの寂れた様子とはうってかわって清潔で機能的な室内にて、アンビシャスは執務机で帳簿に何やら書きこみをしている小太りの男に、にこやかに笑いながら声をかけた。
「......代表?」
その男、バーニングはアンビシャスの姿を見て、ぽかんと口を開けてから、そう小さくつぶやいた。
その様はどうみても無害で優し気な一般人にしか見えないのだが、これでも彼は【着火】という恐ろしい異能を持つ暗殺者である。
アンビシャスとはつきあいも長く、ショートワープやスムースタンと同じく、『紫ノ二ツ輪』が小規模カルト宗教団体だったころから、事務方として活動してきた古株だ。
いわゆる、気心の知れた仲、というやつだ。
真面目で信頼のおける性格であるため、このアーシュゴーにおける拠点の責任者として、アンビシャスが指名している人物でもある。
「ははは、バーニング、なんだいその間抜け面は!私が突然現れて、驚いたかい?」
「......ああ、そうだな、驚いた。どうしたんだい、突然?」
バーニングはゆっくりと立ちあがり、アンビシャスと握手をしてから、互いに軽くハグをした。
「えっと......バーニングさん、私はもう、行って良いっすか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
案内を終えた三つ編みの暗殺者ナイフハンドはバーニングと短くそう言葉を交わすと、パンの袋を抱えながら隠し扉を閉めて、どこかに去っていった。
その様を見送ってから、二人は応接椅子へゆったりと腰かけた。
「いや、しかし、本当に驚いたな代表......何か問題でも、起きたのかい?」
バーニングは暗殺者ではあるが、どちらかと言えば小心者で臆病な性格だ。
不安そうに眉を下げ、上目遣いでアンビシャスの顔色をうかがいつつ、彼はそう問いかけた。
「問題?ははは、あるわけないだろう?我が『紫ノ二ツ輪』の活動は、順調そのものだ。右肩上がりに成長を続けている。この間も一人、将来有望な若者をスカウトしたしね」
応接用のソファーに深く腰掛け足を組みながら、アンビシャスは歯を見せて笑った。
問題は、もちろんある。
本部が壊滅している。
大問題だ。
しかしそれを正直に伝える......アンビシャスは、そんなことをする気は、毛頭なかった。
そんなことをすれば、己の指導者としての資質を疑われかねない。
それはプライドが許さないし、これから行うつもりの、このアーシュゴー拠点の掌握作業においても、足かせにしかならない。
言うわけが無い。
付き合いの長い、バーニングに対しても、だ。
アンビシャスは、自分以外の人間を、本質的には信頼していないのだ。
「はは、そうかい。スムースタンは元気にしているかい?」
「相変わらず陰気に小難しいことを、ぶつぶつ言っているよ」
「ショートワープは?」
「こちらも相変わらず、鍛えてばかりさ」
「連れてきてはいないのかい?ナイフハンドはショートワープに懐いているからね。合わせてやりたいが」
「ははは、それは無理ってもんだ......二人とも、少し遠いところに、行ってもらってるからね」
「仕事か。仕方ないな」
途中、会話をしながらバーニングは立ちあがり、茶をいれてアンビシャスに差し出した。
「良い香りだ」
アンビシャスはティーカップを持ち上げて鼻に近づけ、その匂いを楽しんだ。
「だろう?最近のオレの、お気に入りさ。幻想大陸の、なんとかいう地方の特産だそうだ」
バーニングはごくごくと音を鳴らして、自分の分の茶を飲み干した。
◇ ◇ ◇
「さて......そろそろ本題に入ろうか、代表」
それからしばらく当たり障りのない会話を楽しんでいた二人であったが、ここでバーニングは身を乗り出して、アンビシャスと目をあわせた。
「わざわざ代表が一人で、本部からここまで来てくれたんだ。まさか観光でもしに来たってわけじゃ、ないんだろう?要件はなんだ?まあ観光だってんなら、うまい飲み屋に連れて行くが」
真剣な眼差しである。
アンビシャスはバーニングの瞳をまっすぐに見返してから、一つ頷いた。
「そうだね......ま、一つは、謝罪かな」
「謝罪?」
再びぽかんとするバーニングに対し、アンビシャスは苦笑しながら言葉を続けた。
「バーニング......君にはこのアーシュゴーという厄介な土地を、しばらく任せっきりだったからね。その謝罪。すまなかった」
「あ、ああ......」
軽く頭を下げてから、バーニングに口を挟む暇を与えず、アンビシャスはさらにたたみかける。
「そしてもう一つは、お手伝いさ」
「手伝いだと?」
「ああ、今、この国は色々と大変だろう?この前、政変があったって言うじゃないか!いくつかの腐敗貴族が消えて、私たちとしてはこのままでは......少し困ったことになるだろう?」
その言葉を聞いてバーニングは、しかめ面をしながらも大きく頷いた。
「その通りだな。特にマケテラが失脚しちまったのが、痛い。あいつはお得意様だったからな」
「だろう?そんな苦境に立たされたこの拠点を放っておくほど、私も鬼ではないということさ」
その言葉を聞いて、バーニングの瞳が輝いた。
思わず中腰になって、拳を握る。
「と、言うことは!」
「ああ......これからしばらくは、私もこの拠点につめて、指揮をとるつもりだ。共に協力して、この苦境を乗り越えようじゃないか、バーニング!」
「おお、助かる!......代表がこっちにいてくれるってんなら、こんなに心強いことはない!」
バーニングはアンビシャスが差し出した右手を両手でがっちりと握りしめ、ぶんぶんと振った!
一方でアンビシャスは、大喜びをするバーニングの姿を見つめながら、目を細めた。
白縁眼鏡の奥で弧を描くその瞳が表しているのは、決して親愛の情ではない。
そこにあるのは、嘲り。
もう一度言おう。
彼は......アンビシャスは。
他人のことを、信頼などしていない。
全ては、己のための、駒である。
◇ ◇ ◇
「そうと決まれば、他の皆にも伝えなきゃな!こっちでも新しく、活きの良いやつを何人か、増やしていることだしな!」
そう言って立ちあがったバーニングに連れられて、現在アンビシャスは廃教会の地下へと続く階段を下りている。
もちろんこの階段も、巧妙に隠された秘密の階段だ。
「なかなか、良い拠点じゃないか、バーニング。勝手に場所を移したことは、この設備の良さに免じて、不問にしようじゃないか!」
「それは、本当に、すまなかったって!魔族のせいで、衛兵共が本当にうるさくてよ。前の拠点は放棄せざるを得なくてなぁ......」
こつ、こつ、こつ。
彼らは軽口と靴音を響かせながら、魔灯に照らされた石造りの階段を、ゆっくりとおりていく。
何でもこの地下には構成員の休憩室を用意してあり、たまたま今は、全員がその場にいる、とのことなのだ。
そこには、アンビシャスのことを知らない現地採用の暗殺者も、何人かいるらしい。
ちょうど良いので、現『紫ノ二ツ輪』代表アンビシャスを、新人たちにも紹介しようというわけだ。
「ところで、バーニング。全員が待機していると、いうことは......あの“怪僧”も?」
「ああ、もちろん」
“怪僧”とは、かつて『紫ノ二ツ輪』が小規模カルト宗教団体であったころの、幹部の生き残りである。
この人物は実力が高く、なおかつアンビシャスにも忠誠を誓ったことから、唯一粛清を逃れているのだ。
とは言えアンビシャスはこの人物のことを潜在的な抵抗勢力と見定めており、警戒している。
アンビシャスが“怪僧”に与えたコードネームは、オールドマン。
戦闘スタイル等は何ら関係無く、老人だから、オールドマン。
このぞんざいな名づけも、忠誠の証として、かの男は笑って受け入れていたが。
現在は、果たして。
「安心してくれ、代表。あの爺さんも、大人しくしている。びびる必要なんかねぇよ」
アンビシャスの肩を叩きながら、バーニングはお茶目にウィンクした。
「ははは、びびる?この私が?......違うよバーニング。これは、上に立つ者として当然するべき、警戒さ。残念ながらあの“怪僧”は、経歴が経歴だからね」
「だからこそオレが、監視していたわけだからな」
笑いながらも白縁眼鏡の奥で鋭い目つきを作るアンビシャスに対し、バーニングは少しだけ面白くなさそうな顔をしてから、肩をすくめた。
何故面白くなかったのかと言えば、アンビシャスの今の発言は、彼はバーニングのことを実はさして信頼していないという心の内を、図らずも表していたから。
(まあ、良いさ)
バーニングは小さく鼻を鳴らしてから、そんなことを思った。
このアンビシャスは、結局のところ自分が一番だ。
昔馴染みの仲間のことも信頼せず、使える駒としてしか見なしていない。
そんなことはとっくに、バーニングもわかっていたから。
そしてこのアンビシャスという男は、他人を信頼していないが、それと同時にどこかで小馬鹿にしている。
驕りがあるのだ。
そして自分のやることは、いつだってうまく行くと思いこんでいる。
いや、思いこもうとしている、か?
だからこそ、臆病な本性を持つバーニングからしてみれば、アンビシャスの“警戒”なんてものは、本当にお粗末で、穴だらけなのだった。
さて、地下へ続く階段をおりきった先にあったのは、廊下だ。
その左右についているいくつかの扉は無視し、アンビシャスがバーニングに案内されたどり着いたのが、廊下突きあたりの大扉である。
「ここが、休憩室だ。昼時だし、今は皆ここにいるはずだぜ」
そう言いながらバーニングは、観音開きの大扉を重そうに押し開けてから入室し、アンビシャスを中へと手招きした。
が、しかし。
「......はて、これはどういうことかね、バーニング?」
アンビシャスはその中には入ろうとせず、大扉の前で眉間に皺寄せ立ち止まった。
何故なら、バーニングが休憩室だと言い張るその部屋の中は、真っ暗で......人が団らんを楽しんでいるような雰囲気など、微塵も感じられなかったからだ。
「あら?おかしいな......えっと、明かり明かり......」
そんなことを言いながらバーニングは、暗い室内で、壁際をこそこそ探っている。
魔灯のスイッチを、探している。
(何かが、おかしい)
アンビシャスは、今、この時。
ようやくそんなことを、考えた。
彼の生来の傲慢さが。
そして、至急組織の立て直しを行いたいという焦燥が。
彼の警戒心を、曇らせていた結果である。
疑問を感じるのが、遅すぎる。
そして、その代償を、彼は。
......これから、支払うことになるのだ。
ドンッ!
背中に突然、予期せぬ衝撃を加えられ。
「なッ!?」
よろめきつつ、アンビシャスは大扉の中へと、押しこまれた。
ガシャアアンッ、ガチッ!
そして大きな音を立てながら、大扉が閉められる!
ご丁寧に、施錠までしてくれたようだ。
「これは一体ッ!?どういうことだ、バーニングッ!?」
真っ暗な室内に閉じこめられたアンビシャスは、先に入室していたはずのバーニングを怒鳴りつける。
だがしかし、答える声は無い。
そのかわりに。
ぼぼぼ、ぼぼっ!
ぼぼぼぼぼぼっ!
室内の床や壁に設置されていた蝋燭に、突然一斉に火が灯り。
周囲を怪しく、照らし始めた。
そして、それと同時に。
りーん、りーん、りーん......。
甲高い鐘の音が、響き始めた。
【着火】
物を燃やすことのできる異能。
熟練するにつれ、燃やせる対象、火力、範囲などが増大していく。
バーニングはこれを、暗殺で使用できるレベルまで鍛えあげている。
ちなみに、この異能。
実はエミーが最初期から習得している異能と、同じ物である。
しかし彼女は、これを専ら焚火の火つけ等の普段の生活にのみ使用し、戦闘には活用していない。
殴った方が早いからだ。




