327 (中級)さあ返り咲けデオガンダイ!
ごろごろ、ごろごろごろ......。
今日も暗黒大陸サーディサンヌの空は黒雲に覆われ、不気味な雷鳴が鳴り響いている。
「クカカカカ......!」
だがしかしこの男、魔王軍中級指揮官デオガンダイは、そんな不気味な音など気にもとめずに上機嫌だった。
思わず、笑い声が漏れ出てしまうほどには。
ピシャアアアアンッ!
デオガンダイの執務室がある魔王城の近くに雷が落ち、轟音を響かせた。
そしてその光が、哄笑する彼の姿を照らす。
現在の彼は竜のような翼と尾、角、そして鱗まみれの巨大で鋭い両手と、ついでに同様の両足を備えた、異形の姿をしている。
そんな彼が雷鳴の光を浴びて濃い影をまとう姿は、映像通信先のアーシュゴー国の元貴族マケテラには、実に悪役的で非常に恐ろしく映ったことだろう。
「......さて、ピッ、と......」
マケテラの側で通信が切断されたことを確認してから、デオガンダイもちょこちょこと立ちあがって移動し、同じく通信装置のスイッチを切った。
無駄に起動させっぱなしでは、魔力の無駄遣いだ。
こういう魔道具は、起動させているだけで待機魔力と呼ばれるエネルギーが消費されるのだ。
こまめにスイッチを切って、光熱水費を抑える。
魔王軍の適切な収支状況は、こういった日々の努力が支えているのだ。
「クカカ!リヒエド攻略の失敗から、もうすぐ2年......!ついにこのオレにも、運が向いて来たようだ」
ずしん、と乱暴に椅子に座り、デオガンダイはにやりと笑いながらそう独り言ちた。
......独り言ちながら彼は、少し腰をあげては座り直し、腰をあげては座り直し......を繰り返している。
今の彼には竜のような太い尻尾が生えているので、座るのが難しいのだ。
適切なお尻のポジションを見つけるのも、一苦労なのだ。
さて、デオガンダイのお尻事情はさておき、彼はリヒエドでの敗北を機に、人間との戦いの最前線からは、すっかり外されてしまった。
割り振られる任務は、例えば魔境における拠点基地の作成であったり、侵略予定地域の魔物の生態調査であったりと......地味なものばかり。
その任務の重要性を彼は理解できてはいるのだが、華々しい戦功を求める彼は、決して現状には満足していなかった。
必ずや、第一線に舞い戻る。
そして己の力を、魔王軍上層部の連中に、見せつけてやる。
そう、デオガンダイは密かに闘志を燃やし、その機会を狙っていたのだ。
「そして、ようやく訪れた、この機会......アーシュゴーへの、報復攻撃任務......クカカ」
デオガンダイは笑いながら、椅子の背もたれに身を預け......ようとしては、一旦背筋を正し、再度身を預けようとしては、またしても背筋を正し......という行動を繰り返した。
今の彼には竜のような翼が生えているので、背もたれを使うのが難しいのだ。
良い感じに楽な姿勢で椅子に座るのも、一苦労なのだ。
ちなみに背中の翼はそれなりの大きさがあるので、扉をくぐる際もいちいち横を向いて通り抜けなければならないし、尻尾と翼のせいで仰向けに眠れない。
側頭部に生える角のせいで、首を横に向けて寝ることもできない。
さて、デオガンダイの不便な日常生活はさておき、彼は新たに与えられたこの任務を利用して戦功をあげ、第一線に返り咲くことを画策していた。
もともとはこの任務、王都を滅ぼすなどと言う大それた成果を上層部は期待しておらず、人間への嫌がらせ程度の認識である。
というのも、これはデオガンダイを含め多くの魔王軍構成員が知らないことであるが、既に魔王軍の次なる主な攻撃目標は、幻想大陸の諸都市なのである。
何故ならば、原因不明の足止め期間がありはしたが、勇者トーチは既に幻想大陸へと渡り、そこで冒険を開始しているからだ。
邪神と聖神にとっては、どこまでいっても魔族とは、勇者を引き立てるための駒、敵役である。
勇者のいる場所こそが第一線であり、戦の舞台だ。
まあ、神々目線での事情はともかく、とにかくデオガンダイに与えられた任務は、彼と同じ中級指揮官のドデカボンボを勇者と共に討ったアーシュゴー国に報復のため、嫌がらせ程度の攻撃をすることだ。
所詮は嫌がらせなので、与えられた予算は少ない。
とてもじゃないが、王都滅亡などという成果を求めていないことは、明白だ。
しかし、だからこそ。
この状況で、王都を滅ぼすことが、できれば。
......その輝かしき戦果は、デオガンダイを、第一線の舞台へと返り咲かせるだけの、力を持つ!
「クカカ......クカカカカッ!」
デオガンダイは野望でその瞳を爛々と輝かせながら、マケテラからの通信が来るまで行っていた魔物の生息状況調査報告書を仕上げるため、ペンをその手に取った。
ボキッ!
すると力み過ぎたのか、そのペンは容易く折れた。
「............」
デオガンダイは一瞬で真顔になり、ペン立てから新たなペンを摘み取ろうと、その竜のようなごつごつとした右手を伸ばすも......。
失敗した。
彼はまた、新たなペンも、握りつぶしてしまったのだ。
彼が手に入れたこの巨大な竜のような両手は、常に怪力を発揮してくれる。
戦いの場においては頼りになるこの手も、日常生活においては無用の長物である。
ちなみに、同様の変化を果たしている両足について言えば、こちらも出力は上がっているが、巨大すぎて靴を履けないというデメリットがある。
あと、歩きづらい。
「あああああ......くそッ!」
ダンッ!
苛立ちのあまり、デオガンダイは執務机を叩いた!
バキッ!
すると執務机は、真っ二つに割れた!
「ぐあああああッ!くそーーーッ!イラッイラするぅーーーッ!!」
デオガンダイは、地団駄を踏んだ!
ここで思い切りだんだんやってしまうと床が抜けてしまうことは明白なので、慎重に、優しく優しく、地団駄を踏んだ!
......余計にストレスがたまる!
「憎いッ!憎いぞッ!このオレを追いこんでこんな第5形態まで変身させ、不便な日常生活を強制するきっかけを作った人間が......憎くてたまらないぞッ!」
デオガンダイの瞳が憎しみと復讐心の炎で燃えあがる!
「うおおおおおーーーッ!!」
そして、デオガンダイは、意味も無く吠えた!
しかし、その時だった!
「ちょっと、デオガンダイ様、うるさいんですけど」
ノックも無しに扉を開け、彼の直属の部下である背の低い魔族女性、下級補佐官ロンジヌがその両腕に資料を抱え、入室してきたのは。
「あ、また机壊して......魔道具の魔力節約をうんぬん言う前に、そういうとこ、気をつけるべきじゃないですか?」
「あ、はい、すんません......」
「あと、冷房装置はつけたり消したり、頻繁にしないでください。その方が魔力がかかるんですって」
「え、マジですか?」
デオガンダイはペコペコした。
彼はリヒエド攻略の失敗以降、すっかりこのロンジヌに頭が上がらなくなっていた。
何故なら、緊急召喚魔法を起動させ、勇者にとどめを刺されようとしていたデオガンダイの命を救ったのは、このロンジヌであったからだ。
それと、ボロボロになり寝こむデオガンダイのことを看病してくれたのも、ロンジヌだった。
それ以降デオガンダイは、ただのちびとしてしか認識していなかったロンジヌに対する態度を改めた。
改めたというか、なんか強気で対応できなくなった。
もし彼が何か横暴な態度をとると、ロンジヌは蔑むような冷たい視線を送ってきて、以前は全く気にならなかったその視線が妙にこたえるというかなんというか......。
「いやっ!そんなことはどうでも良いッ!ロンジヌよ、アーシュゴー国王都襲撃に必要な暗黒魔狼、そしてデストロイブンブンの準備は整ったか!?」
しかし、デオガンダイはロンジヌの上司であるため、偉そうにはするのだ。
ふんぞり返り、低身長なロンジヌを見下ろしながら。
......そして、書類運びを手伝いながら。
「はい、問題ありません。中規模転移魔法の準備も整っております」
「よろしい!」
「しかし、デストロイブンブンの実践投入は、本件が初めてのはずです。大丈夫なのでしょうか?」
「クカカ......問題はない。オレは“魔操”のデオガンダイ。甲虫一匹、御しきれんでなんとする」
デストロイブンブンとは、軽自動車程の大きさを誇る、超巨大甲虫である。
でかくて、硬くて、力強い!
そして、角が5本も生えている!
5本だぞ、5本!
クワガタですら、2本しか生えてないのに!
「あれは、はちみつに目が無いからな。ある程度の操作方法は習得しているし、ダメ押しではちみつの準備も指示している。クカカ、何も問題はない!」
デオガンダイは胸をはってそう答えた。
マケテラへの不可解な指示は、デストロイブンブンを城壁に突撃させ、防御を打ち破るための布石であったということだ。
「さあ、見ておれよ、人間共......ドデカボンボの、仇討ちだ」
書類を運び終えたデオガンダイは、窓から暗黒大陸の荒野を見渡しながら......そうつぶやいた。
ドデカボンボ。
優秀な、中級指揮官。
デオガンダイが、(勝手に)ライバル視していた男。
それほど言葉を交わす機会もなかったが(そして相手がデオガンダイのことを認識していたかどうかも怪しいが)、それでもドデカボンボは、互いに功を競い合った(とデオガンダイは思っている)魔王軍の仲間だ。
その仇討ちともなれば、デオガンダイの肩にも自然と力が入る。
「さあ、覚悟せよ、アーシュゴーッ!!」
ピシャアアアアンッ!!
先ほどよりも大きな雷が落ち、気合に満ちたデオガンダイの体を、真っ白に照らした!
「............」
そんなデオガンダイの背中を見ながら。
(ちょっと、気合入りすぎじゃない?)
と、ロンジヌは思った。
その様が、何故だか、リヒエド攻略直前の彼の様子と、重なって見えた。
(一応今回も、緊急召喚魔法の準備だけは、しておこう)
ロンジヌは自分の世界に浸り始めたデオガンダイを放置して、そのための事前申請処理をするため、執務室を後にした。
【ロンジヌ】
魔王軍下級補佐官。
デオガンダイの部下である小柄な魔族女性。
戦闘能力は低いがメンタルは強く、かつてはデオガンダイの嫌味を全く気にせず受け流していた。
最近ではデオガンダイの態度が軟化したので、ふてぶてしさに磨きがかかった模様。




