325 (呪い子)王都の花屋の看板(で殴ろうとする)娘
「む」
さて、看板を掲げながら大通り目指して歩くこと数十秒。
私は早速......獲物を一人、視界に捉えた。
<いや、獲物って>
オマケ様......私が思うにお客の呼びこみって、狩りなんだよ。
お客様という獲物を、お店と言う巣穴へと引きずりこむ。
それが......呼びこみ。
<つまり呼びこみとは、人間社会へと落としこまれた、現代の狩りの一様式に他ならない、と......?>
つまり、これから始まるのは、生死をかけた駆け引き。
<生きるか......死ぬか>
......オマケ様。
<何ですか、エミー?>
何言ってんの?
<それは、私が言いたい言葉ですね!!>
まあ、とにかく!
私は獲物を......裏通りを一人で歩いてくる、若いお姉さんを......じっと睨みつけた......!
<この場合、睨むのはおかしくないですか?>
「ねえ」
「あ......?お、珍しい。黒き人......?」
タバコをくわえながらぼうっと歩いていたそのお姉さんは、進路上に立ちふさがった私を、怪訝な顔で見つめた。
このお姉さん、化粧は濃いめで露出が激しく、微かにお酒の匂いがする。
<夜にお酒を出す飲食店に勤めているのでしょう>
「お花......あの、お花......」
さて、ここで私は困った事実に気づいた。
私は看板を製作することにだけ夢中になるあまり、いざ呼びこみの場で、何を言えば良いのか......考えていなかったのだ!
言葉が......言葉が出てこない!
「おや、お花屋さんごっこかい?悪いねぇ、うちは別に、お花はいらないかな?頑張れよー!」
お姉さんはにかっと笑って私の頭をぽんぽんとすると、そのままあくびをしながら裏通りの奥に向かって歩いていってしまった。
「............」
失敗した。
私は去っていくお姉さんの後姿を見つめながら、がっくりと肩を落とした。
<そう落ちこむことはありませんよ、エミー。よく、知らない人に声をかけることができましたね!偉いですよ!>
......そうだよね?
私、頑張ったね?
でも、緊張してこんなに言葉が出なくなるとは、盲点だったね。
<なら、次は、宣伝文句を考えてから声をかけましょうね>
何て言えば良いと思う?
<『キレイなお花はいかがですか?お花のご用命は、ヌムブリ鮮花店までどうぞ!』といった感じでしょうか>
す、凄い、オマケ様、凄い!
どうしてそんなにすぐスラスラとフレーズが出てくるの!?
<宣伝神の異世界転生配信で学びました>
宣伝神......!?
神様のバリエーションって、本当に豊富だなぁ。
<あ、ほら!また人が歩いてきましたよ!>
あ、本当だ。
前方に目をやると、次に歩いてきたのは、紳士的な身なりをした髭の生えたおじさんだ。
お金に余裕がありそうだ。
『キレイなお花はいかがですか?お花のご用命は、ヌムブリ鮮花店までどうぞ!』。
『キレイなお花はいかがですか?お花のご用命は、ヌムブリ鮮花店までどうぞ!』。
『キレイなお花はいかがですか?お花のご用命は、ヌムブリ鮮花店までどうぞ!』。
......良し!
<頑張ってくださいね!>
私はオマケ様の応援にも後押しされて......意を決して、おじさんの前に立ちふさがった!
<......良く考えたら、立ちふさがるのはちょっとおかしいですが、まあ些細なことですね>
「ねえ」
「ん?おや......どうしたんだい、英雄色の、お嬢ちゃん?」
おじさんは私を見て立ち止まり、余裕のある大人の笑みを浮かべた!
「あの、あの」
「何だい?」
しかも、もごもご言っている私の発言を、ちゃんと待ってくれている!
とても余裕あふれる態度だ!
話を聞く気がある!
あとは、オマケ様に考えてもらったフレーズを、言うだけだ......!
「キレイな......花!用命......ヌムブリ!」
<ちょっと!?随分と端折りましたね!?>
し、しまった!
つい、セリフを言おうと思うと、緊張して......!
「『キレイな花嫁ヌムブリ』?いやあ、おじさん、もう子どももいるしねぇ?結婚の斡旋は、結構かな?」
おじさんは、ははは、と優しく笑いながら私の頭を一なでして、裏通りの奥に向かって歩いていってしまった。
「............」
失敗した。
私は去っていくおじさんの後姿を見つめながら、がっくりと肩を落とした。
<すみません、エミー......あなたはどうやら、決められたセリフを言おうとすると、緊張してしまうようですね。もしかすると、難しいことを考えず、いつもの自分を出していった方が、良いのかもしれません>
いつもの......自分!?
<そうです!自然体です!自然な自分を、見せるのです!>
あ、また人が歩いて来たぞ。
今度は若い兄ちゃんだ。
少しがらが悪い。
いつもの自分。
いつもの自分!
いつもの、自分!!
良しッ!!
気合が入った私は、全身に魔力をみなぎらせて、【身体強化】!
やる気を滾らせながら、がらが悪い兄ちゃんの前に、立ちふさがった!
<いや、【身体強化】は不要では?あ、これ、致命的にアドバイスの仕方、間違えましたね......>
「おい!!」
「ああ?何だてめぇ、呪い子じゃねぇか!きめぇんだよ、話しかけてくんな!」
がらの悪い兄ちゃんは、さっきまでの二人とは違い、この世界における一般的な反応を示した!
いくら黒髪黒目に理解のある人が多いアーシュゴーと言えど、それなりにこういう人はいるのだ!
だけど、むしろ私にとっては好都合!
いつもの自分を......出しやすい!
「黙れッ!!」
私は、柄の悪い兄ちゃんに【威圧】を放つ!
ミシミシミシッ!
周囲の空間が軋み、悲鳴をあげる......!
「ひッ!?ガ、ガキ......何だ、テメェ、やんのか、こら!!」
対する兄ちゃんは後ずさり冷や汗を流しながらも、未だに敵対的な姿勢だ。
ふん、少し手加減してやったのが、仇となったか。
さらに【威圧】を強める。
「ぐ、あああ......何なんだ、何なんだ、テメェ!?」
兄ちゃんはついに私の【威圧】に耐え兼ね、尻餅をついた。
その反抗的な瞳に怯えの色を含みながら、私のことを睨みつけてくる!
「私は......花屋だ」
「花屋だと......!?」
さあ、話をしやすくなったな。
本題に入ろう。
「お前......花を、買えッ!!」
「............!?」
私は兄ちゃんの胸倉を掴み片手で持ち上げると、端的に私の要望を伝えた。
兄ちゃんは私の言葉を聞き、しばし呆然としていたが......。
ぺっと。
私の顔に向けて......唾を吐いた!
「へ......オレはなぁ......誰かに、命令される!それが何よりも、嫌いなんだよぉッ!!」
そして、そう吠えた!
その瞳に滲む怯えの色はさらに増し、体はがたがたと震えている!
しかし、その兄ちゃんは、思いきり口角を吊り上げ、笑っていた......!
こいつの心は......まだ、折れていないッ!!
「なるほど」
私は兄ちゃんの体をぽいと放り投げると、看板を両手で構えた。
そして......【投石】の際に、石ころを強化する【凝固】の要領で、看板を魔力的に強化する。
言葉での脅しでは、埒があかない。
こうなってしまえば、もはや......暴力に訴えるしかないッ!!
「やめんかーーーッ!!!」
しかし、その時だった!
気配を消し、隙を突き!
すこーん、と!
私の頭を、杖で叩いた人物がいた!
「............」
顔を向けるとそこにいたのは、ぜえぜえと苦しそうに肩で息をする、長い白髪を後ろで一つに縛った老婆だ。
それは、つまり、私がここ最近、お世話になっている人物。
ヌムブリばあちゃん、その人だった。
「エミー!あんたって子は、何をやってんだい!『夜明けの日』まであと三日っていう、このおめでたい時に!」
「『夜明けの日』?」
私は聞いたことの無い言葉に首を傾げる。
ヌムブリばあちゃんはそんな私を一旦放っておいて、がらの悪い兄ちゃんのことを助け起こし、ぺこぺこと頭を下げた。
「ああ、あんた、兄ちゃん!うちの子が、悪かったねぇ!ばばあに代わりに、謝らせとくれ!すまなかった!」
「おい、いや、その......年寄りに頭下げさせる、趣味はねぇ......こっちも、態度が悪かった、すまねぇ......」
「エミー!あんたも謝るんだよ!そして、ほら、店に帰るよ!」
ヌムブリばあちゃんは私のことを掴んで無理やり頭を下げさせると、ずるずると私を引きずって、お店の方に向かって歩き始めた。
がらの悪い兄ちゃんは、ぽかんとした顔で、私たちのことを見つめていた。




