神様の知らないだれか
エリスと話を終わらせると、部屋には麗さんの寝息のみが残る。
僕はさっきまでの会話で興奮を感じてしまたので、麗さんを起こさないよう静かに息を吐いて落ち着きを取り戻す。
そこで、いつもエリスと会話した後の疲労感が極端に薄い事に気付く。
「なんだろう。……まさかと思うけど、麗さんに疲れが押し付けられたとかないよね?」
さっきまで、風邪も治った様子で元気そうにしていた彼女が通話後、急に咳き込んで倒れ出したのだから不自然だ。
恐らくまたクソ女神がろくでもない事してるのかと思った時、頭の中に焦ったような声が響く。
『ちょっと!? 今のはなに!? なんで君、あんな事が出来てるんだよ!?』
「わあ!?」
『わざとらしく驚いてるんじゃないよ! 今どうやってあの女と話してたんだ!」
「どうって……携帯からいつも通りに」
なぜかエリスからの着信という形ではあったけれど、それ以外は今までと変わりない物だっただろう。
『そのエリスからっていうのが問題なんだ! あの女にそんな力があるはずないだろう!』
しかし、僕が考えると、その思考を読んだ女神は激昂してくる。
僕たちからすれば得られた結果が変わらないのでいつも通りだが、こいつからすると中身が違うのだろうか。
と、そんな事を考えていると、となりにいる麗さんが目に入る。机の上ですっかり眠りこけてしまっていて、起こすのを忍びないと思ってしまうほどだ。けれどこのまま寝かせておいて体調を崩すのもダメだろう。
僕はクソ女神と話すことよりもそちらの方が今は大事だと思って断りを入れる。
「ちょっと待ってて」
『なんだよ? 君に僕の話を拒む権利なんて……』
「いや、あとで聞くからさ」
僕はそう言ってから寝ている麗さんの肩を叩いた。彼女が少し体をよじる
クソ女神は無視する僕に対して、騒ぎ立て続ける。
『君たちの事情なんて知らないんだよ! これは君たちだけの問題じゃないんだ! これはルール違反なんだよ! ふざ……』
突然に女神の声が途切れる。
それと同時に麗さんが顔を上げた。
きょろきょろと周りを見る彼女に対して、僕は声をかける。
「ごめん、起こしちゃって。……布団で寝ないと風邪ひくと思って」
「そうね……なんだか疲れた気がして、意識が飛んじゃった。まだ風邪が治ってなかったのかしら」
「もう寝たい?」
「……ん」
静かに麗さんはそう意思表示してきた。
彼女は目を一度擦る。傍目からでも眠いのはよく分かる。
「じゃあ、お風呂だけ明日の朝にしてあったかくして寝ようよ」
「そうする……けど、夕ご飯の片付けは」
「僕がやっとく。ダメだよ、まだ寝てないと。さっきみたいに倒れこんで寝るって、まだ治ってない証拠だと思うし」
「……そうね、すぐ寝る。心配だから、ちょっと付いてきて」
そう言って彼女は手を差し出してくる。僕はその手を取って、ゆっくりと麗さんを立ち上がらせた。
*
麗さんの寝室の前。僕たちは扉を挟んで向かい合う。
「じゃあ、おやすみ。電気は消しておくから安心してね」
「ごめんなさい。迷惑ばかりかけて」
「いいよ、麗さんの頼み……と言うか、人の頼みかな? だいたい全部言われたら聞くよ」
「本当に壺買わされそうね、あんた。……おやすみ」
僕をなじって呆れた様子で見ながら、短く小さな声で寝る前の挨拶をする麗さん。
僕はそれに頷いて、人にあまり向けないせいで慣れない笑顔を作る。
「ゆっくり寝てね」
「うん。おやすみ」
そう言葉を交わすと、麗さんがベッドへと向かう姿を確認してそっとドアを閉める。
食器だけ洗って帰ろうと思った矢先、再びクソ女神の声が聞こえ出す。
『……さっきのは何? なんで、君が私の声を無視できたんだ?』
混乱しているみたいで、その言葉に軽く吹き出す。最初に会った時の僕みたいな困惑具合だ。
「安心するね。神っぽくない神様の姿を見るのは」
『皮肉にしては低レベルだけれど、否定できないのも辛いところだね。……君、何かしたよね?』
確信めいた口調で言うけれど、僕に心当たりなんてないから言いがかりでしかない。
けれど、さっき不自然なタイミングでこの女神の言葉が消えたのを見ると単なる言いがかりでも無いのだろう。
『何もわかんないのか……。そうだよね、君はそもそも一般人だもんね』
「煽ってるのか困ってるのかはっきりしてくれよ……」
『ああ、ごめんね。悪気はないよ、興味もないけど』
「結局、どうしたのかな。エリスから電話がかかってくるのがそんなに問題なの?」
『君、考えてるようで結構いい加減だよね。おかしい事は分かってるでしょ?』
確かに違和感はあった。通話後に普段は倦怠感を覚えているのだけれど、今日は無いし。当然エリスから連絡がくる事だっておかしいし。
「……って、こんな話してる場合じゃ無いんだよ。皿洗いしながらでいい?」
『……いいけどさ、私を蔑ろにしてバチが当たっても知らないよ?』
「自分で言うんだね、それ」
水道に行き、食器を洗いつつそう言う。小物感の漂うセリフだなあ。
『で、さっきの事だけどね。君に覚えが無いのなら、他の誰かに原因があるんだけど……心当たりはあるかな?』
そんなものない……と思ったけれど、一つだけある事に気付く。
「麗さん……かなあ」
『誰? その女。君の周りを見てるけど、そんな女見たことがないよ。妄想じゃないの?』
「……え、全部観察されてるの?」
『君が一人で部屋で自家発電するところも、学校で無様な姿を晒したことも、全部ね』
「だったら、おかしくない? なんで、麗さんの事知らないの?」
『何を言ってるのさ、そんな人物君の周りにはいないだろう』
そう言うと確認のためか、如月さん、霜切さん、細野さん、司書さん、それと六角くんとその妹なんて、僕の周りの人物を並べ立てる。
けれど、僕にとってエリスが居なくなってから一番多くの時間を過ごしたのは間違いなく麗さんなので、そこの齟齬が気になってしまう。
「……噛み合わないなあ」
『……そうだね』
「でも、おかしいのは確かだよ。間違いなく、彼女には何かある。……可愛さとか、愛らしさとかじゃ無くてね」
『のろけ? 端的に言って死んで欲しいね。……というか、君がエリスへの好意を失ってしまえば計画は全てお終いなんだ。……頼むから、裏切らないで欲しい』
人ののろけに死ねと言う恋愛の神様がいて良いのだろうか……?
「大丈夫だよ。二人とも好きだから」
『刺されても文句言えないと思うよ? それ』
「……そこなんだよね」
『まあ、そんな話はいいんだよ。……君さ、その子に探りを入れておいてくれないか? そんなイレギュラーに仕事が邪魔されればたまったもんじゃ無いからね』
「……そういうの、ちょっと心苦しいんだけど」
『そんな事言ってたらエリスがどうなるか分かるかな? 私がどうにかしようと思えばいくらでも……』
「ゲッスいなって言いたいけど、必要だと思うし、なんとか聞いてみる」
そう言って食器を洗い終えると、テーブルを拭こうと布巾を洗う。無言にテーブルの方へ向かうとクソ女神が珍しく弱気な声をかけてくる。
『……正直、なりふり構ってられないんだよ。もう、仕事が終わるまで時間は長くない。君たち人間が神である私のために尽くすのは当然だけど、頼むよ。……できる事であれば、いくらでも手伝ってやるからさ』
「随分殊勝だね。話しやすくていいけどさ。……いいよ、あんたの力があればエリスとまた会えるかも知れないしね」
後片付けを終えながら僕は言うと、恨み言を呟く。
「……絶対、許す気は無いけどね」
『根が深い怒りだねえ』
けたけたと馬鹿にしながら、クソ女神はそう言い放ったのだった。




