かつての彼女が好きなこと
日曜の午後、自分の部屋でゲームをするのが好きだ。
クッションに座って一人、画面に向かってコントローラを握って黙々と冒険するのも、相手を吹き飛ばすのも、キャラクターを攻略することも……全てが私を肯定していてくれる気がするから。
この日は先日発売されたばかりのとある新作RPGを昼食を取ってからずっとプレイしていた。
「蘇生アイテム安いわね。まあ、金策要らないのは楽でいいけど。たまに異常に高い作品あるわよね、うん」
誰に言うでもなく、寂しさを紛らわすためだけにそう呟く。口からいくつかのゲームタイトルを並べて、蘇生アイテムの手に入りやすさを思い出す。
「フェニックスの爪、世界樹の枝、ネクタリン、ふっかつジュース、タスケル、げんきの破片……これくらいかしらね? こうやって並べると私、RPGそんなやって無いのよね」
自分のにわか知識を思い返して勝手に生まれる恥ずかしさのようなものに対して、誤魔化すように苦笑いする。
そんな風に自虐的な思いが頭によぎってしまうと、私は何かに夢中な人間……いわゆるオタクには決してなれないのだと思い、軽い自己嫌悪に陥ってしまって、首を振る。
「なりたいって積極的に思うわけでもないのだけど」
だけど、今よりマシだとは思う。夢も希望も、能力も、好きだと胸を張って言えるものもない。そんな状態よりは、何かを好きになってしまえた方がよっぽど健全だ。
「あー、ダメね。この思考。ゲームしないと」
私は思考によって止まった手を再び動かすと、キャラクターたちを次の目的地である洞窟へと進めていく。
そのまま道中の雑魚を狩りつつ、難なくボスを撃破した。難易度としては難しさはなく、むしろ単調さが目立って、思わずあくびが口から出てしまった。
「……ん、退屈ね。一旦終わろうかしら」
私はベッドの脇にある目覚まし時計へと目を向ける。日の当たる位置にあるせいで少し色がくすんだ赤色の時計は三時を示していた。
私はゲームの電源を落としながら、今から何をしようかと、ぼんやりと思い浮かべた。
「……まだこんな時間。勉強でも、しましょうか。あと五カ月もないんだし」
退屈さを紛らわすのに勉強はうってつけだ。正しい事が当たり前なのは、する理由を探してしまう私にとって心強い。
「受験……どこに行けばいいのかしら。……まあ、どうせ近くの頭がいい私立、よね。そこがどんな高校なんて知らないけど、きっと間違ってないんだから」
数学だけは自信が無いが、他の教科や内申点を考えても私なら十分合格できるだろうと、たかをくくりつつ勉強に手をつけ始めた。
*
勉強に没入すると、時間はすぐに過ぎ去って行って、あっという間に時間は五時を迎える。
「流石に疲れたわ……」
そう言って私は勉強机に体を預けるような体勢で倒れこむ。
数学を中心に勉強をしたけれど、やはり他の教科に比べると頭に入って来ず、間違いが目立つ。ゲームが好きというのもあって数字に対する忌避感というのは無いのだけれど、不思議なくらいに点数が伸びない。
「諦めてるから、いいのだけれど」
わざとらしく、自分を納得させるためだけに声を作ってそう呟く。私が落ち着きたい時の常套句だ。
諦めるのは楽でいい。
絶望しなくて済むんだから。
最初から期待しないし、望まない。
今の自分が出来ることをそこそこの力でやっておけば何も間違っていないのだから。
「どうせ、何が出来るわけでもないのだし」
一人でそんな負の感情のこもったことばかり呟く。
その事実が自分自身が現状に納得していない証拠なんて自覚して、自嘲して苦笑を浮かべる。
顔を上げて軽く自分の頬を叩く。ぺちん、と心地よい音がした。
「どうせ私なんてクソガキなんだから、未来なんて何も考えなくていいのよ」
開き直るようにそう言うと、私はそろそろ始まるであろう夕飯の準備を手伝おうとキッチンに向かうべく立ち上がり部屋のドアノブに手を掛けた。
その瞬間ドアノブに窓から差し込んだ夕焼けの赤い光が反射している事に気付いて、窓の外を見るべく振り返る。殺風景な部屋の様子が目に入る。
ベッドに机、テレビと本棚、そしてゲーム機。あとはクローゼットがあるくらい。
飾り気がないといえば聞こえはいいけど、好きなものが特にない事の象徴な気がして、思わず悔しさに口を引き結ぶ。
「……本当は、もっと何か」
やるべき事があるのかしら……なんて。
しばらく窓の外を見て考え込んでしまうけど、積極的に好きになれるものなんて想像も出来ない。
何も思いつかないうちに自己嫌悪が積み重なっていき、無為に時間だけが過ぎていく。
「……私は、自分の事が、嫌いじゃない。嫌いじゃない……嫌いじゃ、ないの」
自分を誤魔化すべく何度も何度も繰り返す。……本当はそんな事、思っていないのに。
「別に、私の事なんていいじゃない。今は如月の事、手伝うべきよ」
独り言を言ってから、自分の部屋を出た。
日曜の午後、自分の部屋で過ごすのは好きだ。
……だって、それ以上に好きなものなんて、何も無いんだから。




