奈月くんの好きな人たち
エリスと麗さんの笑いが止むのとほぼ同時に、彼女達は改めて話を始める。
『さて、自己紹介だったわね。ま、奈月くんは私の事よく知ってるでしょうからいいとして、婚約者さんにはどうやって伝わってるのかしらね』
「恋に溺れて死んだ馬鹿……って、確か小説に書いた覚えがあるのだけど、それね」
『あ、私も自分で思った覚えがあるわ。自分でも間抜けで好きよその表現。……にしても、その口ぶりだと、本当に私の事を書いたんだ』
「こうやって話すと、なんだか嘲られてるみたいで腹も立つし、こんなキャラクター書かなきゃ良かったとも思うけどね」
そこまで話すと麗さんは机に置いてあるお茶に口をつける。時間が経って少しぬるくなったお茶を飲んだ麗さんは、軽く息を吐いてからコップを元の位置へ戻す。
そして再び喋り出す。今度はエリスではない、僕の方へ向けてだ。
「……というか、奈月、この女に私が小説書いてる事まで伝えてあったの?」
半眼でじいっと睨むように、麗さんが僕の方を見てくる。……つ、伝えなかった方が良かったんでしょうか?
「いや、そのあの」
『奈月くんが私の追求に耐えられずに、あなたの事を話してくれたの。……とはいえ、まさか私と面識もない人間に、私が主人公の小説なんて書かれてるとは思わなかったけど』
説明のために麗さんに向けて言い訳しようとすると、エリスが状況をより的確に分かり良く話してくれる。
麗さんはその言葉に納得するように首をすると、僕に対して心配するようなそぶりを見せてくる。
「……押しに弱すぎるんじゃない?」
「……だって断れないじゃん」
『奈月くん、基本ちょろいから、しょうがないのよ』
「壺とか絵を押し売られそうね」
「言いたい放題だよね、きみたち」
……とはいえ、断るという行為が苦手なのは確かだから否定はできないんだけど。
エリスはそんな僕の性格に対して、麗さんに釘を刺す。
『優しさにつけ込んで、奈月くん押し倒したりしたら駄目だからね』
「しないわよ。そんなこと」
僕はその言葉に昨日の夕方、ほぼ無理矢理キスさせられそうになった事を思い出して、つい言ってしまう。
「昨日、半ば無理矢理に迫られませんでしたっけ……?」
「最終的にはあんたからしたんだからセーフよ」
『……キスしたっていうのは聞いたけれど、奈月くんからその女にキスをせがんだっていうの? まるで獣じゃない』
「奈月、わざわざ浮気報告までしてるの? 勇者ね」
『獣欲の勇者……年齢制限かかってる作品だわ間違いなく』
「ためらいなく下ネタに走らないで欲しいんだけど……」
「……あんたらが何言ってんのか分かんないわ」
話せば話すほど自己紹介も何もあったものでは無くなっていく。流れを断ち切るべく、割り込んで話を進める。
「……これこのままだと話できないよね」
『私、奈月くんとだったらこのまま何時間でも話せるわよ? この前は話し足りなかったし』
エリスが楽しそうな口調で話す。
けれど、楽しい話ばかりを繰り返すわけにもいかない。
「そりゃ、何回一緒に夜を越したか分かんないけどさ……そうじゃなくて、麗さんもいるし、エリスがまたこっちで暮らせるようにしない?」
僕がそう言い切ると今まで元気だったエリスが電話向こうで一瞬無言になって、
『……分からないのよ。どうしたらいいなんて、分からないんだもの』
それだけそっと呟くと、また何も言わなくなってしまう。
麗さんもそれに影響されるように無言になりながら、僕の方を見つめてくる。
無表情で何を考えているかは分からないけれど、だからこそ何か僕の態度に問題があったのかもしれないと焦ってしまう。
重くなってしまった空気を変えようと、もう一度何か言おうと、行き当たりばったりに声を上げた。
「そ、そのさ……」
僕がそう言って続けて喋ろうとした時、麗さんが重ねるようにして話し出す。
「私は、あんたに会わないといけないの」
それは僕にではなくて、スマホの方を向いて、エリスへと届けるための言葉みたいだった。
「決着をつけるべきだから」
意味が分からなかった。決着……ってなんの話だろう。
麗さんのその言葉を聞くとエリスは息を漏らしたらしく、スマホからその音が響く。そのまま、拗ねたように呟いた。
『それは……あなたの圧勝でしょう? たった一週間で、奈月くんの信頼を勝ち取って。その上、私と違って奈月くんのそばにいれない『死者』では無いんだから』
エリスは言ってから自嘲し、息を漏らして笑う。……彼女の言葉に決着というのに、僕を取り合う意味が含まれていることに気付いて、恥ずかしさに頰を掻く。
麗さんさんは、そんなエリスの言葉に怒りを向けるようにして言葉を叩きつけた。
「ふざけないで。奈月があんたをどれだけ好きか、それを理解してないのに、勝ち逃げなんて許さない」
『何が勝ち逃げよ。私は恋愛したいなんて哀れな願いのために奈月くんを利用しただけよ。契約は履行されたんだから、それで終わりなの』
二人して強い言葉をぶつけ合う。割って入った方がいいのかとも思うけれど、何を言えばいいのかなんて分からない。
麗さんはエリスを慰めるかと思ったのだけれど、まさか相手を攻撃するような話をするなんて思わなかった。
「あんたが哀れな恋愛脳な事くらい知ってるわよ。だから、奈月がそんな脳内お花畑より、私の事の方が好きな事くらい分かってるの」
『だったらいいじゃない、奈月くんと好きにすれば! ねえ、奈月くん!?』
エリスが叫ぶ。麗さんの言葉が完全に逆鱗に触れてしまったみたいだ。
流石にこれは麗さんをたしなめないと考え、声を出す。
「……麗さん、違うよ僕は」
けれど、またまた言葉は遮られる。
「黙って。この女が私ごときの存在を認めたくらいであんたを諦めるのは嫌よ。奈月が好きな人には、かっこよく在って欲しいもの」
麗さんがそうエリスにまで聞こえるように言うものだから、電話の向こうから悔しそうな声が聞こえる。
『黙ってれば好き勝手に言うわよね』
「だって、諦めたんでしょう? 会いたくないんでしょう?」
『諦めなんてしないわよ。……ただ、考えると怖くなるだけ。奈月くんは、あなたと一緒にいた方が幸せなんじゃないかって、話してて思ってしまっただけ』
「そう? あんたと話してる奈月、すっごい充実してそうだけど」
『それだって、あなたがいるからかもしれないでしょう? ……話してみて安心したわ、奈月くんと楽しそうに話をしてるんですもの』
そう言ってにふふっと上品に軽く笑うエリス。……相変わらず綺麗な笑い方だなあ。
『……ダメね、婚約者が居るって聞いてたのに、実際に話してみるともっと絶望しちゃう』
「あんたがいたから私は奈月と出会えたの。勝手に降りるなんて許さない」
『……強いわね』
「あんたと同じくらいにはね」
今度は麗さんが不敵に笑う。
『いいわよ、勝負しましょうか……奈月くんに面と向かって、好きって言われる方はどっちかってね』
「じゃあ約束よ。きっと、こちらへ戻ってくるって」
『……出来るか分からないけどね。けど、あなたも協力してくれるんでしょう?』
「そうね、奈月だけじゃ頼りないでしょ?」
『よく分かっていらっしゃる事で』
今度は二人して声を上げて笑う。……なぜ僕に流れ弾を飛ばす時は息がぴったりなんだ?
そうしてひとしきり笑うと、麗さんが僕の方を見て話す。
急な事だったので、ビクッと反応してしまう。
「じゃあ、奈月、約束よ」
「う、うん? どんなの」
麗さんの代わりにエリスが答える。
『私がそっちに戻ったら、その子と私……どっちの方が好きかってはっきりと伝える事』
「もう決定事項だから」
『ま、奈月くんは私の方が好きに決まってるから、この子には悪いけど』
「舐めないで欲しいわね」
僕の意思とは関係なく、彼女達は仲良く、変な契約を締結させていた。
当然、どちらの事も好きな僕としては疑問が出て。
「え……? どっちも好きって言ったら……?」
「刺すわ」
『潰すわ』
「物騒では!?」
なんで急にそんなに病んだんだ二人とも!
僕がそういうと、エリスがくすりと笑って喋る。
『そうね、奈月くんはこうやってくだらない事を全力で言ってるのが似合うわ。重苦しい話ばかりしてたから、忘れてたかもね』
「私はこういう話、し放題だけどね」
『まーた、自慢話かしら? いいわよ、今は譲ってあげる。……その時を震えて待ちなさい』
「ふん、いいわよ。……っと、けほ」
そこで麗さんが軽くよろける。忘れていたけれど、彼女は今日風邪を引いていたのだ。休んでもらった方がいいかもしれない。
僕は麗さんを休ませるべく、エリスへと言う。
「ごめん、麗さんが辛そうだからここまでにするね」
『あ、そうなのね。じゃあ、今日はここでお開きかしらね』
「……このくらい大丈夫よ」
麗さんはまだ会話をやめる気は無さそうだけれど、僕は首を振って諭す。
エリスがそんな麗さんを笑いながら煽る。
『ひねくれてバカ正直よね』
「ロマンチック馬鹿にそう言われたくはないのだけど……奈月が優しくしてくれるから、やめてあげるわ」
皮肉るようにして麗さんは返した。
またバトルを始めるのかと思われたけど、エリスは特に何も語らずむしろ麗さんを心配するように語る。
『じゃあまたね、奈月くん。……その子、大事にしてあげてね』
「そうするよ。……無理、しないでね」
「私と顔を合わせる前に死んだりしないようにね……けほっ!」
麗さんが咳を再び漏らす。僕はそれに慌ててしまって、エリスに思い切り声を掛けた。
「エリスごめん! じゃあ、また今度!」
『ん、愛してるわ』
「会話が成立してなくない!?」
僕がそう突っ込むと、携帯を操作する事もなく通話が切れる。
それと同時に、麗さんが机に突っ伏すようにして倒れこむ。
「……言いたい事、言ってやったわ」
そう言って、すーすー音を立てて優しく寝息を立て始めた。




