まさか修羅場になんてなるはずない
通話の呼び出し音だけが無音で過ごす二人の部屋へと鳴り響く。すぐに出るべきなんだろうけど、僕は唖然としてしばらく行動も言葉も無くして画面を注視してしまう。
「どうしたのよ? そんなに動揺しちゃって……電話なんて私も滅多にしないから、驚くのは分かるけれど」
そう言って麗さんも音を発するスマホに目を向けると、目を見開いて驚いている。
「……鹿宮、エリス」
麗さんは画面に映る単語をぽつりと読みあげる。そのことから、これは僕にだけ認識出来る現象じゃなくて、麗さんも知覚可能な出来事なのだと理解して、更に混乱を強くする。
戸惑いながら、そっとスマホに手を伸ばそうとする。けれど、麗さんの存在がやたらと気になってしまって、すぐにまた動きを止める。そんな事を数回繰り返す。
「……出ないの?」
そんな姿を見かねてか、麗さんは僕に対して急かすようにしてそう言い放つ。その言葉で背中に一筋の汗を流しながら、スマホへと思いっきって手を伸ばし通話を受ける。
「も、もしもし」
自分からエリスへとする分には慣れてきて緊張は無くなってきたはずなのに、なぜか自分が連絡を受ける側だと緊張してしまう。
電話の向こうからは数秒音が聞こえなかったけれど、すぐに数度の通話で聞き慣れた女の子の声がする。
『……奈月くん!? また、連絡してくれたのね!』
声は少し変わってしまったけれど、態度はエリスそのものの声が電話の向こうから聞こえる。
麗さんがその声を聞こうと、電話へと顔を寄せてくる。……近い。
僕はエリスへと「ちょっと待って」とだけ伝えて、麗さんへと聞こえるようにスピーカーに切り替えて、机の上へと再びスマホを戻す。
「これが、エリスなのね」
麗さんはわくわくしたように顔を綻ばせながら、画面を見つめて言う。ただ、名前が表示された無機質な画面だが、彼女からすれば小説にこの名前を生み出したのだから、思い入れがあるのかもしれない。
その声はエリスの方にも届いていたようで、電話の向こうにいる彼女はその声を聞いて、不信感を含ませるように低い声で返してくる。
『……誰? 奈月くん、誰かいるの?』
それに対して、僕と麗さんは別の反応を返す。
「あ、えーっとね……」
「はじめまして、エリスさん。坂川奈月の婚約者、桜ノ宮麗です。……こいつの彼女とも名乗れずに居なくなったどこかの誰かと違って、今現在の婚約者ね」
不穏さの感じられる態度のエリスへ口ごもりながらなんて言おうか考えた僕とは対照的に、挑発するような口調で答えていく麗さん。
「ちょ、ちょっと!? どうしたの!? さっきまではエリスの事を心配するような感じだったのに」
そんな彼女の態度が予想外すぎて、どうやって紹介しようかなんて思考は吹っ飛んで、慌てて麗さんをたしなめる。
エリスは麗さんにそんな挑発的な態度をされてむしろ余裕を持ったように、低めの声でゆっくりと喋る。
「へえ……。お二人でご一緒の中で連絡してくるって何かしら? 結婚の連絡でもしてきたのかしら?」
「ちょ、ちょっとエリスも待ってよ……」
「あらあら、奈月の近くにいる事も出来ない哀れな女のひがみ? 安心しなさい、『まだ』してないから」
まだ、の部分を強調して麗さんがエリスを煽る。
……な、なんで、こんなに険悪というか話して数秒でこんな舌戦を始めたんだ!?
「や、やめよ!? と、とりあえず。色々、エリスに話したい事があるからさ! まず、そこからにしようよ!」
『ふふ、良いわよ。……ほら、あなたの事なんて奈月くんは興味無いみたいだけど?』
「……ふん、何よ、奈月? 早く話しなさいよ」
「なんでそんな不機嫌なの……?」
麗さんは不思議なくらい不機嫌になりつつ、僕に話を進めるよう促す。
困惑しながらも、僕はエリスへと質問する。
「これってエリスから連絡してきたんじゃないの?」
『……何言ってるのよ? 私から出来るわけ無いじゃない。いつもと同じ。奈月くんの声が、不自然に頭の中に聞こえてきたの』
「……え、そんなことして無いよ?」
「そうね、私も奈月が連絡してないのは見てるわよ。携帯にあんたの声が聞こえてきたのよ」
麗さんも僕の言葉に同調する。
エリスもその話に不自然さを覚えたらしく、原因を考え始める。
『……なんでかしらね、私は身に覚えなんてないわ。最後に奈月くんと話して四日経つけれど、特別な事なんて何もないし』
「四日……そうか。それくらいの時間になるはずかな」
僕からすればエリスとは昨日話したけれど、向こうでは四日経過している。
これは最初話した時、こっちで一週間経つうちに、向こうでは一ヶ月経ったという話だったから、特段おかしくはないだろう。
『奈月くんもなにも無かったの?』
「まあ、そりゃ僕からしたら昨日の今日だし。しかも今日だって、ただ学校に行ってきただけで、特別な事なんて……」
無かったよ、と続けようとして放課後の出来事が頭をよぎる。女子達との口論なんて、普段するはずのない出来事だから特別なものだろう。それは今の状況とは関係ないから、言う必要がない事は理解している。
けれど、何も無かったというのも自分で納得できないので、一瞬考えて言葉に間が空く。
『何か、あったのよね?』
「なに隠してんのよ?」
その間に意味を見出さない彼女達では無く、すぐに僕が黙り込んだ理由について追求される。
特に、麗さんにはじっと顔を見つめられて問い詰められるので妙な緊張感があるz
「いや、特に関係ない、話……だから、別に何もないよ」
あまりにも言葉に詰まってしまい弱々しい語尾になる。その事に彼女達の追求は更に強まっていく。
『あら奥さん、この子はぐらかし方が下手すぎだと思いませんこと?』
「誰が奥さんよ、誰が。……ま、はぐらかしてるとは私も思うけどね。学校で何してきたのよ?」
さっきまであんな険悪な様子だったのになんで急に結託して僕を吊し上げるんだ!? いやまあ、仲が悪いよりは遥かにマシだけど……。
僕は、追求をかわすべく話題を変える。この話を続けると、根掘り葉堀り……それこそ、教室で女子にセクハラまがいの行為をしたのまで話さないと行けなくなりそうだからだ。
必死になって早口に言葉を発して話題を切り替える。
「ま、まあ、そんな事どうでもいいじゃんか。ほら、連絡がエリスから来た以上、話は出来るんだからさ、なんでって話は置いといてさ。二人とも初めて話すんだし、詳しく自己紹介とかしようよ!」
「……奈月の事を見とくと、私も嘘の一つや二つ、言えた方がいいんじゃないかって気がするのよね」
『分かりやすいわよね。奈月くん。一緒に居て楽しかったからいいんだけど』
麗さんの言葉にエリスが次いで同意して、それをお互いに聞いて二人でくすくすと笑い出す。その言葉を聞いて僕は恥ずかしくなって顔が熱くなってしまう。
……二人にからかわれないように、たまには嘘がつけるようになろうと決心をしたのだった。




