彼女と彼女のつながりは
僕は麗さんが返事をしてくれないのを見て、話を進めようともう一度聞いてみる。
「ええと、週末こっちで一緒に過ごすのってダメ?」
同じような事を二度繰り返して聞く。
彼女は二回目だからか驚くことはなかったけれど、代わりに座ったまま顔を近くへと寄せて目をじっと見られる。コミュ障ゆえ後ろへ仰け反って距離を取る。
そして何事か考え込むと、質問に対して質問を心配そうな口調で返してきた。
「奈月、大丈夫? エリスって子の事」
「……へ?」
驚きすぎて口からへの字が出る。汚い……じゃなくて。
なんで急にエリスの名前が出て来たのだろうか? 話の流れとはまるで関係ないと思うんだけど……。
そう思って、何て言ったらいいか分からずに間抜けに聞き返してしまう。
「どうしたの、急にエリスの事を聞いてくるなんて」
「その……夢を見たの」
「夢? エリスが何か関係あるの」
僕の質問に麗さんは言い淀むと、なぜか恥ずかしそうにして話を変えてくる。
「そ、そんなのはどうでもいいのよ! そもそも……あんたここ何日か私の事ばっかり心配してたり、気に病んでたりするじゃない」
「そ、それは……」
彼女は完全に質問の答えをはぐらかし、別の事から僕を責め出す。
確かにトラブルが有ったのも含めて、エリスのために何か考えるなんてしていなかった。
一応、エリスと話すこともしたけれど、それだけ……と、思った時そういえばと思い返す。
「そ、そうそう! ほら、この前は麗さん見えないなんて言ってたけど、これ! エリスの連絡先! 昨日も一緒に話したんだ」
ポケットからスマホのメッセージアプリを取り出して、麗さんへと見せる。
けれど、反応は怪訝で、顔を画面へと近づけて、じっくりと画面を見て彼女は呟く。
「……だから、何もないじゃない」
「……え、そんなはずないって。ほらここにあるでしょ?」
画面を指差しながら言うけれど、麗さんは分かってくれない。
「ちょっと待って」
僕はエリスの連絡先をタッチして通話しようと試みる。昨日の夜も通じたから、今日も出来るだろうと、勝手な確信を持ちながら連絡を取る。エリスの声が聞こえる事を想像して身構えながら、スマホを耳に当てる。
しばらく待っても、アカウントが存在しないと示すように呼び出し音が続くだけ。
……この前もこんな風に麗さんの前だと連絡が出来なかったと思い返す。
クソ女神が何かしら制限を掛けているのかもしれないと、今更になって思う。最初に麗さんに見せた時に気付かなかったのが馬鹿みたいだ。
「どうしたのよ、慌てちゃって。何か変なところでもあったの?」
「あ……その、本当に見えないんだよね?」
「だって、無いじゃない。そんな名前のアカウント」
彼女からすれば当然とも言える答えが返ってくる。見えないものを見えないと言って何がおかしいのかって話だ。
頭の中が今のやりとりでぐちゃぐちゃになってしまった気がする。
僕は頭の中でクソ女神に何度目か分からない愚痴をこぼす。
(これ、他人に会話を聞いてもらうことも出来ないって事……だよね。完全に自分のためにしか、この能力を使えないようにしたって事か)
エリスとの会話を誰かに聞かせる事は出来ないのだと仮説を立てる。
(だから、エリスとこっちの世界の誰かが繋がるって事は出来ないようになってて……エリスの存在が『僕の妄想』でしか認識できないようになってるのかも)
行動力も、頭も、能力もない僕がエリスに干渉する方法なんて他に当てはなくて……そこまで考えると頭の芯まで冷えてしまうような恐ろしい気持ちになって、思わず体を抱いて震えさせてしまう。
(……結局、エリスを救うなんて無理なのかな)
勝手な妄想で、エリスを助けられるかもしれないなんて自惚れを抱いていたけれど、僕は結局あのクソ女神の力を借りているだけなのだと実感してしまう。
僕の力で成したことなんて一つも無く、麗さんの助言や超常的な力でしかエリスの力になれないのだ。
ぼんやりと、ただスマホの画面を見る。『鹿宮エリス』と書かれているアカウントの名前が見えた。
……ご都合主義ならどこまでもご都合主義であってくれよと、恨み言が吐きたいけれど、麗さんがいる手前そんな事をする気にもなれない。
そんな風に投げやりになっていると、麗さんから声がかかる。
「ねえ、奈月、奈月ったら! ……どうしたのよ、急に思いつめちゃって」
麗さんが心配そうに顔を覗き込む。さっきまで元気だった僕が急に喋らなくなったからだろう。
僕はなんて説明したらいいのか分からなくて、自分の考えた仮説……もとい妄想を麗さんへと伝える。
「あのね、麗さん。エリスの名前、僕にしか見えないんだ。……多分」
「……また、突拍子もない話をするつもり?」
「うん、ただこれは推測なんだけどね」
僕は自分の言葉で、出来るだけ自分の感じた事だけを主観的に、客観性を一切排除して伝える。
「これは、女神って存在がエリスの事を認識できなくしてるんだ。きっと、多分……恐らく」
「すっごく自信無さそうね……」
「ま、まあ……根拠ないし」
「いいわ。だから見えないって話なのね。あり得ない話じゃないとは思うけど、奈月はそれで何かエリスとやり取りはしたの?」
一応と言った様子に彼女は僕の言う事を認めてくれる。
「そうだね……エリスが異世界で何をしてる、なんて話、とかかな」
「ふーん、例えばどんなのかしら? まさか、ドラゴン退治とか、魔族の砦を破壊したりとか……宿屋であんたの事を想って一人で……その、とか」
そこで麗さんは言い淀む。なんだろう、何か思うところがあったのだろうか。
ただ、僕はそれ以上に彼女の話す内容に驚いて、そこに関しては何か言う気にはならなかった。
僕は前半二つの内容に聞き覚えがあったから、それについて麗さんへ尋ねようと彼女の方を向いた。
「あのさ、それって……」
小説に書こうと思った続きの話?
と、聞こうと思った瞬間、机の上に置いてあったスマホがけたたましく音を立てる。誰かからの着信だ。
僕は珍しいなんて思いつつ、誰からの電話かと確認するため画面を見る。
「……へ?」
再び口から驚きでへの字が漏れる。
だって、そこに表示されていたのは連絡を掛けるなんて出来る訳のない『鹿宮 エリス』の名前だったのだから。




