会いたい時には理由が欲しい
走る、走った。
口からはあはあと息が漏れる。
けれど、いつもならすぐにでも疲れを訴える体は、走ることをやめてくれなかった。
ただ、無我夢中に走って……気づいたら自分の住むマンションに着いていた。いつもなら十五分かかるところを今日はその半分くらいで走ったらしいと、スマホを見て気づく。
僕はその理由をぽつりと呟く。
「麗さんに会いたい、気がする」
自分の気持ちに確証が持てなくて、自分で確信を持つつもりに言う。……結局自信のない言葉になっちゃったけれど。
そのままマンションの階段を登り、二階にある自分の部屋を目指す。
階段から近い位置にある麗さんの部屋が先に見える。
インターフォンを押そうとしたけれど、直前で思い留まる。電気の付いている様子が無かったからだ。ひょっとしたら、うちに来ているのかもしれない。
だから、先に自分の部屋へと戻ろうと鍵を出し扉を開けた。
玄関に入って、靴を見る。如月さんのお陰で整頓された綺麗な玄関には、麗さんの靴は見当たらない。
彼女の靴は黒いシンプルなデザインで、如月さんよりサイズがひとまわり小さめなので見ればすぐ分かるのだ。
僕がそうやって玄関で少しの間立ち尽くしていると、如月さんが僕が帰って来た事に気付いたらしく、足音が聞こえてくる。
リビングの扉を開ける如月さんの姿が見えると同時に、彼女は声をかけてくる。
「お帰りなさい、奈月くん」
「ただいま、如月さん」
「寒く無かったですか? 今、ご飯の準備を始めますね。ささ、着替えて下さい」
如月さんはいつもと変わらないように甲斐甲斐しく僕に気を使ってくれる。
僕はそれに頷いてから、麗さんについて尋ねる。
「ちなみに如月さん、麗さんは来てないですか?」
「ええ、そうですね。部屋で休んでいると思うので、呼びに行って頂けますか?」
「わかりました」
元々、会って話がしたい気分でもあったから、僕は駆け足に部屋へと行き荷物を置くと、すぐに制服を着替える。フードのついたパーカーに、パジャマとして使っている少しぶかぶかのズボンを履いた。
そのまま鍵だけを持って玄関に向かい外に出る。
「昨日は気にならなかったけど、寒いね」
昨日はもっと麗さんと一緒に同じように外に出たはずだけれど、気にならなかったのが嘘みたいに寒い。そのせいで体が震えてしまう。
「そりゃ風邪引くよね、こんな寒空の下で長い時間話したら」
昨日、麗さんとここで長い時間話し込んだことを思い返し、ぽつりと呟く。
寒さから逃れようと早く中に戻ろうと、隣の部屋のインターフォンを押す。けれど、しばらく待っても反応がない。
「……留守、な訳ないし、電気も消えてるから寝てるのかな?」
首をかしげつつ、そう言ってから念のためもう一度インターフォンを押す。
やっぱり、しばらくしても反応が無かった。
「……寝てるのか。そっか」
無理して起こすのも悪いと思うし、これ以上インターフォンを押すのはやめておこうと思う。
麗さんと話したいのはやまやまだけど、無理して彼女に迷惑は掛けたくないと思い、そのまま僕はオートロックのかかった自分の部屋の鍵を再び開ける。
そのまま、玄関にまた入ろうとして、ちらりと麗さんの部屋を見る。別に、扉が開いたりはしない。
「あとで連絡だけは入れとこうか」
口元が寒くて、そうやって一人でまたこぼす。
少しだけ寂しい、なんて思いながらも麗さんが早く元気になって欲しいと願うのだった。
*
如月さんと二人だけでの食事はほぼ一週間ぶりだ。
僕は麗さんが寝ているであろう事を如月さんに伝える。
如月さんは心配そうに目を細めると、麗さんを気遣うように話す。
「昼頃に様子を見に行った時には元気そうで一緒に昼食も取ったので、大丈夫かとは思うんですけれど……やっぱり不安ですね」
「多分、寝てるだけとは思うんだけど……麗さん一人で何があるかわからないですし怖いですよね」
違う家で生活すると色々と不便な事もあると実感してしまう。
如月さんは台所のほうをチラリと見て呟く。
「食事も麗様の分を作ってあるので、どうにかして食べて貰いたいです」
そうやって話をしていると重苦しい雰囲気になってしまって、僕は麗さんが大丈夫か不安に駆られてしまう。
そんな僕の硬い表情に気づいたからか、如月さんは笑顔を作って喋る。
「まあ、大丈夫ですよ。お医者様の話では単なる風邪って話でしたし、薬も飲んでいましたからすぐにでも元気になります。奈月くんは麗様のために楽しそうにしておいてください」
励まされて、僕もそれに笑顔で返そうとする。……無理に笑おうとして、神妙な顔になってしまった気がする。
そんな僕を見て頷くと、如月さんはまた笑顔になって話を切り替える。
「はい! ではこの話はおしまいです! 面白い話をしましょう。ほら、奈月くんの学校生活とか」
「……え、それって楽しい話になり得るんですか?」
僕の学校生活は基本、あまりに起伏のないものだから、それが楽しい話になるなんてその感性はよくわからない。
けれど如月さんは本当に楽しい物と思っているみたいで、話を続ける。
「なりますよ。ほら、今日麗様がいなかったじゃないですか。寂しかったとか、無いんですか?」
「……寂しいなんて、そんなの」
思わなかった。はずだ。
ただ放課後、女子三人組からノートを取り返した時、その瞬間に麗さんに会いたいと思った。
「……なんでだろ?」
自分でも理由をまとめ切れなくて、けれど直感としてそれを自分が感じた事は理解できた。
矛盾するみたいだけど、会いたい理由をはっきりとするためにも僕は麗さんに今すぐに会いたい。
勝手な願いではあるけれど、それがとても大事な事のような気がして、呟いた。
「会いたいな」
そんな風に一人で考えた挙句に独り言を漏らす僕を如月さんがくすくすと笑う。
「やっぱり、寂しかったんじゃないですか」
「ち、違いますって! 何か、出ちゃっただけですって!」
「あはは、寂しくない人が、会いたいなんて言わないですよ」
そうやってからかわれながら僕は食事を進めていく。
……如月さんと話しても、なんで麗さんに会いたいのかなんて事に結論は出ないのだった。




