弱い僕と強いふたり
僕はつい先日名前を知ったばかりの後輩を見る……正確には別の自分がもっと前に知り合っていたはずなのだけれど、細かい事はいいのだ。
その存在を認めた時に、ひどく安心したような心持ちになってしまう。
この状況をなんとかしてくれるんじゃないか、なんて浅ましい考えを持ってしまったからだ。
彼女はドアの前を封鎖したままに僕の言葉を待っているのか、黙り込む。
けれどずっとそんな時間が続くわけもなく、女子集団は細野さんに声をかける。
女子Aが静かに怒りを含ませて言う。
「……邪魔なんだけど」
けれど細野さんは気にせず返す。
「大丈夫です。そんなこと分かってますから」
相手を見下したように女子Cが言う。
「は? 舐めてんの? 一年でしょ、あんた」
けれど細野さんはそれに論理で対抗する。
「声を荒げてバカみたいな妄言吐き捨てた上に逃げ出そうとしてるあなた達に払う敬意なんて必要ないでしょう?」
感情のままに女子Bが言う。
「意味分かんない。どいてよ」
けれど、細野さんも感情で返す。
「嫌ですね。後ろ、空いてますからそっちから出ればいいんじゃないですか?」
そう言って、僕がいる教室の後ろ側を指差す。
女子集団の目がこちらを向くと、不快そうに目を細められる。
僕がいるから面倒だと思ったのだろうか、そのまま女子Aは舌打ちをチッと挟んで、再び細野さんと話し出す。
「なに? あんたもコレを返せ、なんて的外れなこと言ってくんの?」
「いえ、私自身は特には思わないですけれど」
それを聞いて女子BとCが不満そうに漏らす。
「じゃあ、どきなさいよ」
「そうよ。うちら、帰りたいんだけど」
それを聞いて、細野さんは首を横に振って答える。そのまま、目の前の人間を説得しにかかる。
「いえ、先輩が困ってるみたいなので、どうです? あなた達の物って証拠があれば先輩も納得するんじゃありませんか? 例えば、一ページだけ、見せても大丈夫なところだけ見せればいいじゃないですか」
「はあ? なんで、あの男のバカみたいな発言に付き合わなきゃなんないの?」
……こっちが言いたいくらいだけど。
けれど、完全に無視を決め込んでしまえば、証拠なんて出てくるはずもない。
目の前の存在がついに耐えられないほどにわずらわしくなったのか、女子Aは彼女がドアとドアの間に掴んでいる腕を取ると、思いっきり引っ張る。
「……邪魔なんだよ」
そう言って無理矢理に細野さんをドアから剥がすと、女子Aが教室を出ようとする。それに残り二人も続く。
……追いかける気概もない。
さっきやり込まれてしまって、すっかり疲れてしまったからだ。
細野さんにまで迷惑をかけて、麗さんの物は守れない。
周りからすれば小説の書かれたノートなんて、黒歴史まっしぐらだ。
そう思わない人間だっているはずなのは分かっているけれど、あんな悪意のある連中の周りでまともな扱いをされる訳がない。
あそこに名前の書かれた僕にも無関係ではないけれど、そんな事は些末なことで。
……きっと、僕のせいで麗さんが悪意に晒される。
こんな、たったノート一冊が盗まれる話を恐ろしいなんて思う時が来るとは思わなかった。
僕が無力感に苛まれて立ち尽くしていると、廊下から声が響く。
「お前ら、何やってんだ?」
反射的に声のする方を見る。
そこにはさっきまで図書室にいたはずの図書室の管理人……司書さんが立っていた。
僕は、呆けたままに見たままの事をただ口から出す。
「司書、さん」
けれど、女子集団の反応は少し違っていた。
「ひっ……番長」
「えっ、図書室の……」
「せ、先生、うちらは何も……」
なぜか、怯えたようにして司書さんを見て、さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、縮こまるようにしている。
「無理矢理に手出ししたら危ないぞ。怪我させる事だってあるんだから、気をつけろ」
司書さんはさっき、細野さんが腕を掴まれたのを見ていたようで女子集団にそんな事を言ってくる。
そして、教室の状況と、泣きそうになっている僕の顔を見ると、すぐに僕たちの間に何かあったのを確信したらしく、初めに僕に聞いてくる。
「何か、あったよな?」
僕は声を出すことも出来ず、ただ首を縦に振ることしか出来なかった。
「ふーん。何があったんだよ、なあ?」
何気なく、純粋な興味から。そんな言葉が似合うような気楽な感じに司書さんは女子達に聞く。
それなのに動揺したように女子三人はやたら目を合わせて、軽く言葉を交わす。生け贄を決める村の取り決め、そんな表現が頭に浮かんだ。
生け贄はノートを持っているからか女子Cに決まったらしくて、しどろもどろになりながら司書さんへと事情を話す。
「……い、いや。あいつがこのノートはクソチビ……あ、桜ノ宮のだって言ってきて」
「ほお、お前が持ってるって事は違うのか?」
女子Cはそれを聞いて首を縦に振る。
司書さんは片眉を上げて少し納得の行かないような表情を作る。
「どうなんだ? 坂川。これは桜ノ宮の物なのか?」
そしてその納得の行かなさを僕へと向けてくる。僕は話を急に振られてどきりとした。
けれど、その心臓の跳ねに息を呑み、口の中に新鮮な空気が入り、体の中に活力が戻るような感覚に襲われた。
そのまま熱さを取り戻しそうになる思考にセーブをかけながらゆっくりと事実だけを話す。
「いえ、分からないです。ただ、元々ノートを桜ノ宮さんの机の上で見ていて、ノートのタイトルが同じだったのでそうなんじゃないかって思っただけです」
僕の話を聞いて、司書さんは頷く。
「ああ、なるほどな。じゃあ、確認させて貰えばいいじゃないか」
「いえ、彼女達の私物だって事なので、駄目だと言われました」
「そうなのか?」
僕の答えに対し、司書さんが驚きの声を上げ、そしてそれはそのまま三人組に対しての質問へとなった。
流石に司書さんに怯えた様子の三人がこれに対し首を横に振るわけにもいかず、こくりと全員が頷いた。
「じゃあ、流石に確認した方がいいだろう」
「……でも先生、私達のプライバシーが」
それに対し、司書さんはけらけらと笑い女子達へと返す。
「これから一年半ずっとあいつに難癖つけられながら生活するよりマシじゃないか。理数科はクラス替えも無いんだろ? 地獄だぞ? 大丈夫だ、坂川は秘密を言いふらしたりする人間じゃ無いよ」
僕の方を軽く顎で示しながら司書さんが語る。
……話の前半における僕の陰湿さと、最後の信頼が結びつかない気もするんだけれど。
けれど、女子集団はその言葉のもっともらしさと教師の言うことに逆らう事も出来ないみたいで、女子Cが不満そうに「……はい」とだけ言うと、僕の方へとノートを持ってくる。
僕は無言で差し出されるノートを受け取る。
「……ありがとう」
なにがありがとうなのかはさっぱり自分でも理解できないけれど、向こうも理解できないような気味が悪いものを見たような顔をしているのが確認できる。
ぱらぱらと流し見する。……何度も見た文字列の束、虚構のはずなのになぜかどこか覚えのある文章が僕の目に入る。
正直、分かっていたことではある。
けれど、ここまできてなお、僕はこれを自分の物だって証明出来る気はしない、適当に取りつくろわれてしまえばそれまでだ。
無理矢理に奪おうとすればきっとそれも可能だけど、それをしてしまったら目の前にいる連中と同レベルになる気がして嫌だった。
僕はひとまず手元にノートが戻ってきた事に安心をして、どうやってこれを取り返そうか考える。
(……相手に、これは自分のじゃ無いって言わせりゃ勝ちなんだよね。……つまり、ここに書いてある事を恥だって思わせれりゃいいんだよね)
すぐに一つ思いついて、上手く相手の神経を逆なでするように可能な演技にならないようにと、喋る内容を整理する。
「どうなんだ、坂川?」
黙ってページをめくる僕に対して司書さんが言ってくる。
そして、それに便乗して女子Aが喋ろうとする。
「だから、それは私達のなんで……」
「あ、これやっぱり君たちのなんだ。うわ、嬉しいなあ」
僕はそいつが言い終わる直前に言葉を奪い、被せるように大きな声で喋り出す。
急に意味不明な事を言い出した僕に、その場にいる全員が奇妙なものを見るような目を向けてきた。




